02-いつもの日常と、迫りくる変化
数日後。
四月も終わりに近づくと、朝の空気は少し柔らかくなってきた。
山の上でもさすがにもう霜は降りない。
とはいえ通学路は相変わらず長く学校が遠い。
俺は自転車をこぎながら、前を走るひなたの背中を見ていた。
その少し後ろに葵がいる。
この並びはだいたい毎朝同じだ。
「ねぇねぇ」
葵が後ろから声をかけてきた。
「なに」
「昨日さ、学校の横の道でトラック見たで」
「工事の?」
「うん。めっちゃでかいやつ」
確かに最近、学校の奥の方に業者が出入りしている。
校舎の一部は立入禁止になっているし、資材っぽいものも置かれていた。
だが、それ以上の情報はないし先生からも何も聞いて居ない。
聞かされて居ないということは、現時点では俺たちに知らせる必要がないか、知らせてはいけないことなのだろう。
「まさか取り壊すんかな」
「校舎を?」
「うん。あんな広いのいらんやん」
……それは確かにそうだ。
生徒5人であの校舎を使っているのは、どう考えても贅沢すぎる。
というか、維持費だけで普通に赤字だろう。
ひなたが前を走りながら言った。
「でも、取り壊すなら普通もっと前に言うよね」
それもそうだ。
とはいえ学校の経営事情なんて俺たちが知るわけもない。
俺たちは駅前を抜けて学校の坂に差し掛かり、自転車を降りて押し始める。
そして校門の前で三人とも自転車を止め、同時に校舎を見上げた。
……今日も静かだった。
「相変わらずやね」
「ほんとに学校?」
「そこからか」
教室に入るが、いつもの光景が広がっている。
広い教室に大量の机。
1年A組3人。
「これさー」
「なに」
「もし転校生来たらびっくりするよね」
「まあな」
「いきなり3倍とか」
「6人もくる前提か」
確かに3人が9人になったら3倍だ。
だが、流石に現実味がなさすぎる。
この高校にわざわざ転校してくる理由が思いつかない。
昔は大阪への通勤のためのベッドタウンとして賑わっていたらしいが、近年の核家族化、高年齢化による人口減少には抗えず、人は減る一方なのだ。
この街に引っ越してくる理由が見当たらない。
「田舎住みとか流行ってるやん?」
「あれ、橿原とか西大寺ぐらいの街レベルだぞ……」
昔『田舎の定義』論争をネットで見た気がするが、本当にその通りだと思う。
昔は里山再生を主題にしたテレビ番組もあったが、アレは仕事だからできるのだ。
少なくとも生きることを目的として新たに1からやるようなものじゃない。
そんなことを考えてると担任が教室に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
3人が挨拶を返すと先生は名簿を開く。
「葛城」
「はい」
「三輪」
「はい」
「植村」
「はい」
出席確認、終了。
「名前覚えてるよね」
「まあな」
「じゃあ出席いらないんじゃ」
「ルールやからな」
先生は葵のツッコミに苦笑しながらも答えた。
大人はだいたいルールに縛られている。
授業が始まり、黒板にチョークが走る音が響く。
「葛城」
「はい」
「ここ分かるか」
「……たぶん」
葵が横で小さく笑う。
「また当たってる」
「公平やね」
公平なのかこれは。
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昼休み。
いつものように机を寄せて弁当を広げる。
「葛城くんとひなたはゴールデンウィークどうするん?」
「別になにも?」
「どっか行く?」
「どこに」
「駅前とか?」
「近すぎる」
ひなたが少し笑った。
「えー……ゴールデンウィークやのに」
「遊ぶとこないし」
結局女子二人ら大阪へ買い物に行くことになったみたいだが、俺はどうせバイトと家の手伝いで終わるだろう。
午後の授業もいつも通り終わった。
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放課後。
校舎を出たとき、俺は少しだけ足を止めた。
工事の幕が張られている校舎の奥に今日はトラックが二台止まっていた。
こんな時間から業者が何かを運び込んでいるようだった。
葵が横に来た。
「やっぱ取り壊しちゃうかな?」
「どうだろうな」
「葛城くんの教室なくなるかも」
「それは困る……てか同じ教室やし」
ひなたも隣で少しだけ見上げた。
「……なんか大掛かりだね」
確かにそうだ。
ただの壁面補修にしては、資材の量が多い気がするにもするが、俺たちはそれ以上深く考えなかった。
まだ四月の終わり。
まだこのときは、ただの工事だと思っていたからだ。
ゴールデンウィークが終わったあと、校舎が見違えるほど綺麗になり、
そして――
学校の様子が、まるで別物になることを。
このときの俺たちは、まだ知らなかった。
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ゴールデンウィークに入ると、学校がないだけで生活のリズムはあまり変わらなかった。
俺はいつも通り自転車で駅前へ向かい、喫茶しおりでアルバイトをしていた。
この時期の駅前は、普段より少しだけ人が増える。
観光客だ。
この辺りには古い神社や史跡がいくつかあるし、少し山に入れば桜の名所もある。春から初夏にかけては、そういう場所を見に来る人がちらほらいるらしい。
地元民からしてみればなんでわざわざ……と思わないこともないが、観光名所なんて総じてそういうものだろう。
とはいえ、見かける観光客はほとんどが年配の人か、夫婦か、家族連れだ。
だからその日、店の扉が開いたときに少しだけ違和感があった。
カラン、と聞き慣れたベルが鳴り、入ってきたのは若い女の子3人のグループだった。
俺と同い年くらいか、少し年上に見える。
私服だったが観光客とは違う、都会っぽいというか、この辺ではあまり見ない雰囲気だった。
3人は店内を見回してから、奥のテーブルに座った。
「いらっしゃいませ」
注文を取りに行くと、そのうちの1人が纏めて注文をしてくれた。
「アイスコーヒー3つで」
なんとなく都会っぽい声を聞き、俺は頷いてカウンターに戻るとしおりが小さく笑った。
「珍しいお客さんやな」
「観光ですかね」
「たぶんな」
確かにこの時期ならあり得る。
ただ、この辺りに同い年くらいの女の子が来る理由は、正直あまり思いつかない。
観光地といっても、歴史とか神社とか、そういう場所が中心だ。
若い子がわざわざ来るような場所ではない。
コーヒーを持っていくと3人はスマホを見ながら何か話していた。
「ここって駅からどれくらい?」
「学校の方、坂すごいらしいよ」
「まじ?」
そんな会話が聞こえてくる。
学校?
俺は一瞬だけ引っかかったが、特に気にせずカウンターに戻った。
観光客が地図を見ながら話しているだけかもしれないと思ったくらいだった。




