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01-春の坂道と、生徒5人の高校

 四月の朝は、山の上だとまだ少し寒い。

 中学を卒業して、近くの高校に入って数週間経った。


 俺……葛城雪斗は家の土間で自転車を引き出しながら、空を見上げた。

 今日もよく晴れていて近くの山に霞がかかっている。

 こういう日は昼には暖かくなるが、朝は普通に冷える。


 この辺の天気は駅前より、だいたい少しだけ厳しい。

 玄関を出ると、山の空気がそのまま顔に当たった。


 家の前の道は相変わらず静かだ。

 田んぼに畑、その向こうに山。


 見慣れた景色だが、ここから学校まで自転車で一時間弱と思うと、たまにため息が出る。


 このあたりに住んでいる人間にとっては当たり前の距離。

 だが当たり前という事実と、それを受け入れられるのは別の話だ。


 大人は「近いやん」と平然と言うが、たぶん慣れすぎて、そして自分たちは車だから感覚が壊れているのだ。




 俺はは自転車にまたがり、坂道を下り始めた。

 山道は静かで鳥の声と川の音しかしない。

 人の気配はほとんどない。


 たまに軽トラが通る程度の道で、前方に自転車にのった女子高生が見えた。

 この時間に知り合い以外で制服姿の高校生と出会うことは無い。


 三輪(みわ)ひなた。

 一応俺の幼馴染。



 肩のあたりで揃えた黒髪が、自転車をこぐたびに揺れている。


 小柄で細いのに、坂道でも妙に安定しているのは、昔から山道に慣れているせいだろう。

 ひなたが少しスピードを落とし、振り向いた。



「おはよう」

「……おはよう」



 それだけだった。

 別に喧嘩しているわけではない。


 ただ、こうなった。

 小さい頃はもっと普通に話していた。


 だが中学くらいから、なんとなく距離ができた。

 原因は周りの連中のせいだと大体わかっている。


 大きくなるたびに夫婦みたいだとか、将来結婚するんじゃないかとか、そういうことを面白がって言うやつが増えた。



 言われる側は普通に気まずい。

 ひなたも嫌そうだったし、雪斗もわざわざそこに踏み込もうとは思わなかった。



 思春期ってやつだろう。

 


 珍しくそんなことを考えながら自転車を漕ぎ、駅前が近づくと前方にもう一台の自転車が見えた。



 同じく幼馴染の植村葵(うえむらあおい)だった。


 地元高校に進学した数少ない同級生でもある。

 つまり、1年生3人のうちの一人だ。


 葵は背後から近づく俺達に気づくと振り向いて軽く手を上げた。


「ひなたも雪斗君もおはよーさん」

「おはよう葵」

「おはよう」



 葵は自転車をこぎながら弱音をこぼし始める。



「今日も朝から疲れたわぁ……」

「毎日言ってるよな、それ」

「遠いの事実やん」



 否定はできない。



 駅前に近づくにつれて、たまに人を見かけるようになる。

 といっても都会の駅前のような混雑はない。


 コンビニ、銀行、薬局、昔からある店が並び、朝はそれなりに人がいる……くらいの規模だ。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 駅前を抜けて学校の坂を上り、校門をくぐる。



 静かだった。

 ……静かすぎる。



 高校は運動部の声もなければ、校舎からざわざわした気配もない。


 校庭はただただ広いし、校舎も古いが小さくはなく巨大だ。

 一昔前の高度成長期に大量の子供を受け入れるために作られた高校だ。



 見た目だけなら市内の県立高校より大きい。



 問題は中身だろう。

 1年A組の教室……広い教室に、多すぎる机。



 だが少なすぎる生徒……1年生は3人しかいない。



 葛城雪斗。

 三輪ひなた。

 植村葵。



 これで高校が成立していると言い張るのは、なかなか勇気がいる気がする。


 雪斗は席に座り、教室を見回した。

 それぞれが座る席を決める意味はあるのだろうか?

 前も後ろも横も空席で、どこに座っても結果は同じだと思う。



 葵が机に鞄を置きながら言う。



「相変わらず教室、広すぎよね?」

「三人しかいないからな」


「体育館みたいやん」

「それは言い過ぎだろ」



 半分くらいは合っている気もする。

 そんな話をしていたら担任が入ってきた。



「おはよう」

「おはようございます」



 3人で返事をするとなんだか会議みたいな響きになる。

 先生は出席を取るために名簿を開いた。


 開く必要はあるのだろうか。

 あるか……それも決まりなんだろう。


「葛城」

「はい」


「三輪」

「はい」


「植村」

「はい」



 出席確認、終了。

 30秒もかからない。



 先生は一瞬だけ遠い目をしてから名簿を閉じ、黒板に向かった。



「……よし、授業やるか」



 チャイムと同時に普通に授業が始まる。

 何が大変かといえば、人数が3人だと逃げ場がないのだ。



「葛城、ここ分かるか」

「……たぶん」

「説明してみ」



 葵が横から言う。



「雪斗くん先生みたいやな」

「やめろ」



 人数が少ないクラスの最大の問題はこれだ。

 先生の質問が確実に来る。



 一時間目、二時間目、三時間目。


 授業は普通に進むが、三人しかいないと妙にテンポが速い。

 教室も静かすぎて、チョークの音がやけに響くのだ。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 昼休み。


 弁当を広げるが3人しかいないので、自然と机を寄せることになる。



 ひなたは葵と一緒なら良いらしいが、葵としては俺が1人で食べることに気になって仕方がないらしい。結果、初日から飯の時だけは3人で集まって食べることになったのだ。



 葵が弁当を開けながら言う。


「この高校さ」

「なに」

「ほんとに続くのかな」


 俺はは少し考えてみた……確かにこれが会社なら確実に潰れているだろう。


「……どうだろうな」

「先生の方が多いよね」

「めっちゃ手厚い教育やね」

「ポジティブすぎないか」


 そうやっていつも通り、シーンとした教室に3人があつまりお弁当を広げる休み時間が過ぎていくのだった。


 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 午後の体育。

 体育館も広い。


 バスケコートが何面も取れるサイズの体育館に、1年生が3人並ぶ。



 俺達を見回した先生が少し考えてから「今日はバドミントンな」と言った。


 学習指導要領に沿っているのか怪しいが、チョイスは合理的だろう。

 少なくとも授業でバスケやバレーは出来ないのだ。



 バドミントンなら3人でも成立するが、授業としては絵面がおかしい。

 葵がシャトルを打ちながら言う。



「これさ〜体育というより遊びだよね」

「それは思う」



 ひなたも笑いながら返事をするのをみて、先生が腰に手を当てた。



「じゃあ持久走にするか?」

「バドミントン楽しいです、先生」

「打ち方教えてください!」



 先生は真面目にフォームの説明をしているが、その熱意を受け止める生徒が俺たちだけで、なんだか申し訳ない気持ちになったのだった。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 放課後。

 俺は学校を出て、駅前へ向かった。



 駅前にある『喫茶しおり』……いつからあるのか解らないビルに、内装だけがやたらと綺麗な喫茶店。



 ここが俺のバイト先だ。

 ドアを開けるとベルが鳴る。



「お、雪斗」



 カウンターの奥からマスターの森野しおりが顔を出した。



「今日は早いな」

「体育が軽かったんで」


「軽いってなんや」

「人数が少なすぎて盛り上がらないんです」

「相変わらず大変やな」



 俺はエプロンをつけ手を洗うと、グラスを拭き始める。

 カウンターにいた名前も知らない常連のおじさんがこちらを見る。



「学校どうなん?」

「相変わらずですね」


「3人かぁ……」

「2年いれたら5人ですね」


「先生の方が多いやん」

「多いですね」



 店の中は落ち着いていた。

 コーヒーの匂いと新聞を開く音、たまに特急が通過する音。


 駅前だが、忙しすぎることもない。

 放課後に体力を使いすぎることもなく金を稼げるこの環境は素晴らしい。



 そんなことを考えながらグラスを拭いていると、ベルが鳴った。



 入ってきたのは制服姿のひなただった。

 店に入ってきて、すぐに俺と目が合う。



「……どうも」

「……どうも」


「おじゃまします~」



 ひなただけかと思ったら、葵も後ろから入ってきた。

 2人でカウンターに座り、メニューを開いた。



「ちょっと休憩です」



 俺はカウンターの中で皿を片づけながら、二人を見る。

 一応仕事中なので、あえて雑談をする必要はない。


 同じ学校に通っているだけの同級生だ。

 少なくとも、今は。



「そういえばさ」

「なに」

「学校の奥、工事してるよね?」


 そう言われて手を止め、思い返してみる。


「……してるな」


 ひなたもうなずく。


「業者来てたよね」

「なんやろうね~トイレとか新しくなるんかなぁ」

「そこか」



 ひなたが少し笑い、ほんの一瞬だったが昔に近い笑い方だった。

 俺はそれ以上何も言わず、また皿を片づけ始めた。




 確かに部活棟の向こう、倉庫になってる校舎に騒音防止の幕が貼られて居た。

 外壁工事のようだが、工事の理由は分からない。



 ただ、なんとなく落ち着かない。

 生徒三人の高校で、今さら工事。


 四月の終わり。

 まさか取り壊しだろうか……この1ヶ月たったタイミングで?



 勘弁してほしい。



 榛原駅前の夕方は静かで、喫茶店の窓から見える空もまだ明るい。

 このときの俺はまだ知らなかった。



 ゴールデンウィークが明けたら、学校の様子がまるごと変わることも。

 そしてその変化のせいで、自分の高校生活がわりと騒がしくなることも。


 少なくとも今は、まだ平和だった。


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