10-まるで女子校じゃないか
1年A組の教室は、昨日までとはまるで別の場所になっていた。
まず、机がすべて生徒で埋まっている。
それだけで、こんなに空気が変わるのかと思う。
窓際にも真ん中にも前まで人がいて、椅子を引く音や小さな話し声が絶えず聞こえる。
3人しかいなかった頃には、チャイムが鳴るまで教室の中にほとんど音がなかったのに。
「……すご」
葵が小さくつぶやいた。
かぐやは2階へ上がる前に一度こちらを振り返り、少しだけ視線を合わせてから2年生の教室の方へ向かった。
俺たち4人は1年A組の中へ入ると、教室にいた何人かの女子がこちらを見た。
ひなたと葵、俺は青垣高校の制服、みつきは白鷺附属の制服。
並んで教室に入るとかなり目立っていた。
……分かってはいたけど、実際にこうして教室に入ると落ち着かない。
教室の前の方の席から、小さくひそひそ声が聞こえる。
「あの子?」
「たぶん」
「ほんとに一人だけ男子がいるんだ」
聞こえている。
聞こえているけど、聞こえていないふりをするしかない。
「雪斗くん、こっちおいでや~」
葵とみつきに手招きをされ、窓際のほうへと固まることにした。
葵の声でまた何人かがこちらを見た。
やめてほしいが、たぶん葵は何も考えずいつも通りなんだろう。
葵が小さく笑う。
「雪斗くん、めっちゃ見られてるやん」
「言うな」
「動物園やな」
みつきが「取ったー」と言いながら窓際の一番後ろに座るので、その前に葵が鞄を置いた。ひなたは何も言わずみつきの隣に座ったので、俺は自動的に葵の隣、ひなたの前に座ることになった。
席に着くと、前の方にいた女子が振り返った。
白鷺附属の制服。
肩のあたりで髪を切りそろえた、委員長タイプのような真面目そうな子だった。
「おはよう」
「あ、おはようさん~」
俺と隣の葵がすぐ返事をすると、その女生徒は挨拶をした後、俺の斜め後ろに座るみつきに視線を向けた。
「あ、九条さんだったよね」
「うん、久しぶりーお互い無事に新天地にたどり着いたね」
「ふふ、またよろしくね。えっと、私、桐生あやめ。よろしく」
桐生はそのまま自然な流れで俺たちの方にも視線を向けた。
やはり都内から来た生徒の中では中心にいるタイプだろう。落ち着いてるし、声のかけ方に変な遠慮がない。
「地元組だよね?」
「うん、そやでー」
葵が答えると、後ろのひなたも同じように続けた。
「植村葵」
「三輪ひなたです」
「葛城雪斗」
桐生は俺の名前を聞いて、ほんの少しだけ目を瞬かせた。
「葛城……雪斗くんね、男子一人らしいけど、よろしくね」
「そう、この人が噂の一人ぼっちの男子高生」
隣で葵が茶化すように指でつついてくる。
「葵、説明が雑」
「事実やん?」
そのやり取りを見ていた桐生は少しだけ笑って細く白い手を差し出してきた。
「よろしくね、葛城くん」
「えっと、うん、よろしく」
軽く握手をしたところで、予鈴のチャイムが鳴った。
教室の空気が少しだけ引き締まる。自然と全員が前を向いた。
担任が入ってきて、教壇で名簿を開く。
昨日まで3人に向かって授業していた先生が、今日は20人に向かって立っている。
その光景だけで、もうなんだか非日常を感じてしまう。
「はい、おはようございます!」
「「おはようございますー」」
今までとは比べものにならないくらい大きな返事が起こり、葵が小さく笑う。
「ちゃんとクラスっぽい」
「今までもクラスだろ」
「人数的には個人塾やったやん」
確かに否定できない。
先生は出席簿を開いて、少しだけ周りを見た。
「まあ……一応、改めて言っとくか。1年A組の担任の佐藤や。今まで青垣にいた3人も、今日から来たやつらも、全員まとめてよろしく」
教室のあちこちで小さく笑いと拍手が起き、先生も少しだけ肩の力が抜けたようだった。
「今日は授業というよりオリエンテーションと顔合わせやな。教科書の確認とか、校舎の説明とか、そのへんや」
斜め後ろのみつきが小さく息を吐いた。
「よかった、いきなり授業じゃないんだって」
「授業がよかったのか?」
「よくない」
それから一人ずつ簡単な自己紹介が始まった。
白鷺附属の生徒たちは、思っていたよりずっと普通だった。
もっとお嬢様っぽいというか、すました感じの子ばかりかと思っていたが、実際はそうでもなかった。
落ち着いている子は多いが、別に近寄りがたいわけではない。
みつきの番になる。
「九条みつきです。昨日から葛城くんの家でお世話になってます。よろしくお願いします」
教室のざわつきが一瞬で収まり、先生まで言葉の意味を考えているのか表情が消えた。
「……葛城の家?」
しまった、という顔をしたのは俺だけだった。
葵は笑いをこらえているし、みつきを振り返った時に見えたひなたは無表情のまま前を見ていた。
だが、周りの反応なぞ気にしていないと言わんばかりに続ける。
「下宿ですよ? お姉ちゃんも一緒に住んでます」
「ああ……あぁ、そういえばそうか」
先生が納得したように、出席簿をめくり始める。おそらく備考にでも連絡先などの情報が書かれているのだろう。
前の方からまたひそひそ声がする。
「えっ、男の子と同じ家?」
「え、すご」
「いいなぁ」
……聞こえている。
しかも「いいなぁ」ってどういう意味だよ。
そんなことを考えながら、無表情で机の上の筆箱を整える。
次にひなた、葵と続いて、無事に自己紹介は一通り終わった。
その後は校舎案内や時間割の説明があり、気づけば昼休みになっていた。
チャイムが鳴った瞬間に教室の空気が一気に緩み、みつきが後ろから声をかけてくる。
「ねぇ、お昼ってどうする?」
「どうするって」
「どこで食べよっか?」
「普通にここでいいんじゃないか?」
「そっか、じゃぁせっかくしくっつけよ」
みつきと葵が机を寄せ、俺も動かすかと思っていたところへ前の桐生が近づいてきた。
「もしよかったら、私も一緒に食べてもいい?」
「いいよー……あ、ひなた、葵、いいかな?」
みつきが即答しかけたところでひなたと葵に確認するのだが、俺はスルーされた。
これはあれか、俺は断らないとでも思っているのか。
そのまま成り行きなのか、近くの席の女子も2人ほど机を寄せてきて、気づけば小さな輪ができてしまった。
ちなみに俺とみつきが同じお弁当なのを見て、ひなたの視線がしばらく釘付けになっていたが、ここに居ないかぐやも同じお弁当なのだ。そんな顔をされても困る。
周りの女子たちもそれに気づいたのか、何か言ってるが聞こえないことにする。
……そんな感じで昼休み早々、女子に囲まれて観察されている気分だが、こういうのはみつきがいるといろいろと話が早い。本人は何を聞かれてもまるで気にしていないから、周りも自然に会話に入ってくる。
「葛城くんって、ほんとに地元なんだよね?」
「そうだけど」
「駅から遠くない?」
「遠い……かなぁ」
「毎日?」
「そりゃ毎日」
「すご……」
みつきが横で笑いながら補足する。
「しかも雪斗君、普通の自転車なんだよ……ひなたも葵も……すごいよね」
「えっ、坂すごくない? 電動じゃないの?」
「違う」
「なんで?」
「慣れてるから?」
実際は慣れているというより、それが普通だったため受け入れているという感じだろうが、向かいにいた子が少し首をかしげた。
「この辺の人って、みんなそんな感じ?」
「いや、そこまでは知らんけど」
「雪斗くんはちょっと変やから」
葵ががさらっと突っ込んで周りが少し笑う。
その流れのまま、各自お弁当を食べながら話題はこの辺のことに移った。
「コンビニって駅前だけ?」
「鹿とか猪が出るって聞いたけど」
「放課後ってどこで遊んでるの?」
弁当を食べているときでも質問がぽんぽん飛んでくるが、葵はそういうのに慣れているのか、いい感じに相手をしてくれている。
「コンビニは駅前か、あとちょっと先の国道沿いにあるよ~あと鹿は普通に出る……」
「遊ぶとこは……まあ、ないわね」
最後、ひなたも会話に入ってきたが妙に重い空気だった。確かに遊ぶところはない。子供のころは公園や広い敷地が遊び場だったが、高校生となった今、公園では遊びたい欲は満タンにはならないだろう。
「ないんだ」
「ないな」
「カラオケとか」
「駅前のちっちゃいのか……隣駅かなぁ…」
「映画館は?」
「ないよ~」
「ショッピングモールは?」
「ないわね」
「じゃあ何するの?」
葵が少し考えてから言う。
「ん~……おしゃべり?」
その場がまた少し笑いに包まれた。
ひなたは最初こそあまり話さなかったが、少しずつ会話に口をはさみだした。
「神社とか、桜の時期ならきれいな場所はあるよ」
「えー、行ってみたい」
「今度みんなで行ってみようか」
みつきが言うと、隣のひなたはすぐに頷いた。
そして昼休みも終わりを迎えるころには、教室の空気もだいぶ落ち着いていた。
最初に感じた居心地の悪さはまだ残っており、視線が集まる感じもあるが、少なくとも完全なアウェイではないらしい。
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放課後。
今日は午前中だけの予定だったので昼を食べたらすぐに下校になった。
みつきはチャイムと同時に筆記用具を鞄に詰め込み終わっていた。
「あれ? 雪斗君?」
「かぐや先輩が待っててって言ってたから迎えに行こうかなと」
「ふーん、じゃあ私も一緒に迎えに行く!」
「なんで」
「ここで待ってても暇じゃん。先に帰っても迷子になるかもしれないし」
そんなやり取りを聞いていたひなたと葵が先に帰るはずもなく、4人で2階へ向かった。
ほとんど足を踏み入れることのなかった2階にも制服姿の生徒が多いが、1階より少しだけ落ち着いた空気がある。
2年A組の教室から出てくる先輩たちの驚いた表情や視線を受けながら待っていると、すぐに中からかぐやが出てきた。
「待っててくれたのね」
「約束したしな」
「ありがと」
かぐやが内緒話のように小声をこぼしたのを拾ったのか、みつきがにやりと笑った。
「お姉ちゃん、不安だったの~?」
「別に」
即答。
待ってて欲しいとこっそり言われたことを思い出すと、おそらく『別に』ではないんじゃないかと思う。
5人で校舎を出ると、朝ほどではないがまだ人が多く、かぐやがふと周りを見回した。
「……さすがにまだ慣れないわね」
「1日目だしな」
「そうね」
今度は素直な返事が返ってきた。




