00-プロローグ
七月の朝。
高校へ向かう途中にある駅前は、春よりも少し……いや、かなり賑やかになっていた。
この過疎った街で見ることのなかった数の制服のリボンとスカートが、駅前を埋めているという風景にやっとある程度慣れてきた。
俺——葛城雪斗はそんな様子の駅前を横目に見ながら、いつものように学校へと向かう。
周りは女子ばかりだ。
5月GW明けからずっとこうだ。
男子が1人しかいない。
目についた範囲だと駅前で客待ちをしているタクシー運転手の白髪の男性か、コンビニでレジを打っている店員さんしか男の姿がない。
街のことを考えると『周囲に人間が俺しかいない』から『男が俺しかいない』というのは、良いことなのだろうかと考えながら学校へと向かう。
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俺の通う地元高校——青垣高校が突然再編されたのは、GW明けのことだった。
各学年1クラスの……3年生はいないから、全学年で2クラスしか無い。
しかも1年生は俺を含めて合計3人しかいなかった過疎高校だった。
2年には先輩が2人居るが普段あまり交流はなかった。
明日には潰れるんじゃないかと冗談で笑っていたのに、突然都内の名門女子大とその附属高校に吸収されたのだ。
合併ではなく吸収。
結果、うちの高校はその大学――白鷺女子大学と付属高校の関西キャンパスになってしまった。
先生の話では、既存の学生との共学化と地元枠を設けることが条件だったらしい。
そうは言うが、そもそも男は俺と2年の先輩しか在籍していない。
去年まではもっと男子もいたらしいが、卒業や引っ越しで俺が入学する頃には男子2名になっていたのだ。
ちなみにその2年の先輩は、学校に来て居ないのか、一度見たきり見かけたことはない。
……引きこもりか?
そんな過疎高校に都内から編入してきた女子生徒が大量に増えた。
全学年併せて男子2人、女子4人の高校に女子高生だけで90人以上増えたのだ。
結果——。
学校はほとんど女子校状態になった。
そして当然、1年生の男子は葛城雪斗……俺だけだ。
何度考えても意味がわからない。
誰がこんな高校生活を予測しただろうか。
なぜこうなったんだ。
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駅前のロータリーには制服姿の女子が集まって、数人ずつの集団となり学校へと向かう。
スマホで地図を見ている子もいれば、周囲の店を珍しそうに見ている子もいる。
「山だけの景色やっと慣れたよね……」
そんな声が聞こえてくる。
駅の周りこそ店はあるが、少し歩けば山と田んぼだらけだ。
駅前を抜け、学校へ向かう最後の坂道は自転車を降りて歩き始める。
気合いで登ることもできるが、わざわざ汗だくにってまで自転車を漕いで行く気力はない。
通学路には同じ制服の女子が前にも後ろにも歩いており、次々と声をかけてくる。
「雪斗おはよー」
「ゆっきーおはー」
「葛城くんおはようござまいます」
動物園に展示された動物の気分を味わいながらら、違う視線が混じっているのを感じた。
振り向くと、三輪ひなたが立っていた。
「おはよう、雪斗」
「……おはよう」
昔から聞き慣れている声に返事をすると、ひなたは自然な様子で隣に並んできた。
幼馴染の彼女とは昔からかなりの頻度で一緒に登校してきた。
幼稚園から小学校、そして中学の頃も。
だが、高校に入る頃に少し距離が出来た。
多感な時期に周りからしつこく夫婦みたいだとか、いじられ続けたからだろう。
ひなたはそういう状況を恥ずかしく感じたのか、いつの間にか俺と距離を取るようになり、会話も減っていった。
俺もあえて踏み込まなかった。
もともとお互い自己主張が強い性格ではない。
結果、ひなたとの会話は自然と減った。
だから高校に入る頃には、二人の関係は少し気まずいままだった。
……はずだった。
坂を登りながら、ひなたが微笑みかけてくる。
「今日から隣の席だよね」
「……そうだな」
うちのクラス、先生の趣味か定期的な席替えがある。
そしてそのたびに少し騒ぎになる。
理由は単純だ。
男子が俺しかいないから、珍しい生き物扱いなのだ。
さすがに今は落ち着いているが、それでも状況は変わらない。
「ふふっ、よろしくね。テストも頑張ろうね」
「……ああ」
短く返事をしながら、少しだけ首をかしげる。
最近のひなたは、前よりよく話しかけてくる。
話しかけてくると言うか、押しが強い。
都内から来た友達の影響なのは間違い無いのだが……。
こうして普通に隣を歩くことは珍しくなかった。
だが、肩が触れ合う距離で歩いてた記憶はない。
しかも、たまに俺が気づかないうちに、横からそっと制服の裾を掴まれていたりする。
……こんなキャラだったか?
そんな事を考えながら歩いていると坂の上に校舎が見えてきた。
俺たちが使っていた校舎棟は女子大附属高校の関西キャンパス、もう一棟は部活棟。
そして残りは女子大のキャンバスになった校舎だ。
校則も授業も、この春から一気に変わった。
学校の環境だけでなく家も変わってしまった。
母の希望で俺の家が下宿になったのだ。
うちは昔からある大きいだけの家だ。
ボロいくせに広さだけはある、田舎あるあるの家。
母屋、離れ、蔵。
建物はいくつもあり、空き部屋だけはやたらと多い。
学校再編で女子生徒が急に増えた。
しかしこんな田舎には一人暮らし向けのマンションなんてない。
結果、生徒が住む場所が圧倒的に不足した。
半数以上は近隣の駅……といっても急行で30分近く掛かるようなところから通っているらしい。
学校から近隣の在校生、卒業生の保護者へ相談が回ったらしい。
編入生を下宿として受け入れてくれる家庭を探している。
人助けというか、こういうお願いを断るのが嫌いな母は、俺に相談することもなく引き受けたらしい。
俺が知ったのは、最初の下宿生が引っ越してきた当日の朝だった。
今、家には女子大生と、同じ高校に通う姉妹が下宿している。
そしてこれからさらに増える予定らしい。
学校でも女子だらけ。
家でも女子だらけ。
……いや、本当にどういうことだよこれ。
「ねえ、雪斗」
「なに?」
「今日さ……うちでご飯食べてかない? お母さんも久しぶりに会いたいって」
俺はその言葉にまた首を傾げる。
確かに小学生の頃は、しょっちゅうお邪魔していた。
ただ、それ以来ひなたの家に届け物をすることはあってもご飯を食べに行ったような記憶も無い。
うちの下宿人の姉妹と仲良くなるに連れ、ひなたもやたらとグイグイくるようになった。
周りも含めて、急激に変わってしまった高校生活のせいだろう。
葛城雪斗の平穏な高校生活は、入学から1ヶ月だけで終わったのだ。




