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異世界グリッジスピードラン  作者: じょな


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7/7

7

私は帰ってきた。


無機質な電子音が響く、暗黒の空間。目の前には巨大なロゴタイプが浮遊し、「PUSH START」の文字が明滅している。タイトル画面である。


私は疲労していた。しかし、その瞳には狂気じみた光が宿っていた。

先ほどの記録、十三分二秒。あれは決して悪いタイムではない。世界ランキングでも上位に食い込む好タイムだ。

だが、私は知っている。魔王城の階段で、一度だけ足が引っかかったことを。あの一瞬のロスがなければ、十二分台の壁を突破できていたことを。


(妥協するな。己を許すな。フレームの神は、細部に宿る)


私はコントローラーを握り直した。

指先が震えているのは、恐怖からではない。武者震いだ。


私は押した。

ためらいもなく、「はじめから」を選んだ。


暗転。


ファンファーレ。


そして、三度みたび、私は石造りの床に膝をついていた。


「よくぞ参った、異界の勇者よ。我が国は今――」


王の顔がある。

数分前(彼らにとっては数千年の歴史の果てか、あるいは一瞬の夢か)に見たばかりの、威厳に満ちた髭面だ。


私は立ち上がった。

前回のランでは、玉座の裏の壁を抜けた。

だが、今の私は学習している。あのルートは移動距離が長い。もっと速いルートがあるはずだ。


私は王を見据えた。

そして、無言で王の頭上へと跳躍した。


「ゆ、勇者よ!?」


王が仰天し、首をすくめる。

私は王の王冠の上に両足で着地した。ふわりと乗ったのではない。全体重をかけ、王の頸椎がきしむほどの勢いで踏みつけたのである。


「ぐ、ぐえぇっ!?」


「お父様!?」


王女の悲鳴が上がる。

だが、私は止まらない。

このゲームの物理エンジンには致命的な欠陥がある。「キャラクターの頭上に乗り、ジャンプとしゃがみを特定の周波数で連打すると、反作用で天井を突き抜ける」という、通称『ハイジャンプ・バグ』だ。


私は王の頭頂部で、高速の屈伸運動を開始した。


ガクン、ガクン、ガクン。


王の首が上下に激しく揺さぶられる。もはや虐待である。

しかし、これを見る王女の眼差しは、またしても私の想定を遥かに超えていた。


「ああ……なんという光景! 勇者様は、父上の頭を踏み台にすることで、『王権よりも上位にある概念』を示しておられるのね! 権威に頼らず、己の足のみで天を目指すという、究極の独立宣言……!」


(違う。当たり判定のめり込みを待っているだけだ)


「う、うむ……! 苦しいが……勇者の靴底から、熱いパッションを感じるぞ……! 行け、勇者よ! 余を踏み越えていけ!」


王もまた、何かに目覚めていた。


次の瞬間、私の身体はロケットのように真上に射出された。


天井の石材を透過し、城の尖塔を突き破り、私は大空へと舞い上がる。

眼下に広がる世界は、前回と同じく美しく、そして広大であった。


風が頬を打つ。

私は空中で微笑んだ。


このルートなら、いける。

先ほどよりも、五秒は速い。


さあ、走ろう。

魔王が待っている。世界記録ワールドレコードが待っている。

私には、エンディングの余韻に浸る暇などないのだから。


勇者は、赤面などしなかった。

ただ、タイムだけを見つめていた。


(完)


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