表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界グリッジスピードラン  作者: じょな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

5

私は辟易した。


魔王討伐から一夜。王城の大広間では、私の偉業を称える祝賀会が執り行われていた。

吟遊詩人が竪琴をかき鳴らし、私の武勇伝を――事実とは似ても似つかぬ英雄譚を――高らかに歌い上げている。


長い。


あまりにも長い。


ゲームであれば、エンディングのスタッフロールは「スタートボタン」と「セレクトボタン」の同時押しで強制スキップできるはずだ。あるいは、特定のコマンド入力で隠し画面へ遷移できるはずだ。

だが、この現実リアルという名のクソゲーには、それがない。


王が、金色のメダルを手に、厳かに歩み寄ってくる。


「勇者よ。そなたの働きにより、世界は光を取り戻した。この勲章こそ、我が国の感謝の印……」


(イベントアイテム『王家の勲章』。売値0ゴールド。所持重量1。不要だ)


私は、王がメダルを私の首にかけようとした瞬間、その場で高速で屈伸運動を繰り返した。


端から見れば、王の御前でスクワットを始めた狂人である。だが、これは違う。

キャラクターの座標軸を上下に激しく振動させることで、アイテム受け取りの判定をすり抜けようとしているのだ。


「おお……なんと!」


王の手が空を切り、メダルを持ったまま硬直する。

隣に控えていた宰相が、感涙に咽びながら叫んだ。


「見よ! 勇者様は、勲章を拒絶しておられる! 『平和こそが報酬であり、地位や名誉など不要』と、全身を使って表現しておられるのだ! なんという無欲! なんという清貧!」


(違う。インベントリがいっぱいなだけだ)


私は舌打ちした。判定が消えない。

このイベントは「不可避」か。開発者の悪意を感じる。


ならば、物理的に消えるしかない。


私は視線を巡らせた。会場の隅に、ポリゴンの継ぎ目――もとい、壁と床の境界線に、わずかな隙間を見つけた。

あそこだ。あそこに身体をねじ込み、特定の角度で視点を回転させれば、床判定を突き抜けて「裏世界」へ行けるかもしれない。


私は走り出した。


「勇者様!? どちらへ!?」


王女の悲痛な声が響く。

私は答えず、会場の隅へ突進し、壁に向かって斜め四十五度で身体を押し付けた。

顔面を壁に擦り付けながら、カニのように横歩きを繰り返す。


ズズズ、ズズズ。


摩擦音が響く。背広の肩が破れ、頬から血が滲む。それでも私は止まない。


「壁と……語らっておられる?」


会場が静まり返る。

王女が、はっと息を呑み、震える声で解説を始めた。


「わかったわ。勇者様は、この城の『傷』を癒やしておられるのね。魔王との戦いで傷ついた世界の歪みを、ご自身の身を挺して修復しようと……! 私たちは祝杯を上げているというのに、あの方はまだ、戦い続けておられる!」


嗚呼、王女よ、それは妄想だ。

私はただ、この退屈な宴会場から「・デバッグルーム」へ脱出したいだけなのだ。


不意に、身体がフッと軽くなった。


(抜けた!)


壁の判定が消失する。私の身体は、床下へと吸い込まれていく。

視界が暗転し、祝賀会の喧騒が遠のく。


「勇者様が……沈んでいく!?」

「光となって、大地へ還られるぞ!」

「神よ! 感謝します、神よ!」


頭上からは、万雷の拍手と感謝の祈りが聞こえてくる。

私は、無限の奈落へと落下しながら、安堵の息を吐いた。


これでいい。

英雄としての名声も、王女とのロマンスも、エンディング後のやり込み要素も、私にはノイズでしかない。


私はただ、速くありたい。

何もない虚無空間ヴォイドの中で、私はようやく、誰にも邪魔されることなく、次のランの構想を練ることができるのである。


落下速度が増していく。

風切り音だけが、私の友であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ