1
私は連打した。必ず、かの冗長きわまる導入イベントを飛ばさねばならぬと決意した。
私にはゲームの情緒がわからぬ。けれどもタイムの短縮に対しては、人一倍に敏感であった。
気がつけば、石造りの冷たい床に膝をついていた。視界の端で、奇妙な光の粒子が舞い踊る。召喚エフェクトだ。私の網膜は、即座に状況を解析した。
(召喚ムービー、約十二秒のロス。許しがたい)
顔を上げる。視線の先には、豪奢な玉座。そこに鎮座するのは、威厳を演出しようと必死な初老の男――この国の王であろう。その隣には、不安げな面持ちでこちらを見つめる少女。王女か。
王が重々しく口を開いた。
「よくぞ参った、異界の勇者よ。我が国は今、魔王の脅威に晒されており――」
遅い。
テキストの表示速度が、致命的に遅い。
私の親指は、脳からの指令を待たずして、見えざるコントローラーの決定ボタンを痙攣したように連打し始めていた。
(飛ばせ。飛ばせ飛ばせ飛ばせ!)
現実世界における私の肉体は、微動だにせず、ただ王の目を真っ直ぐに見つめている。瞬き一つ許されない。これは乱数調整の儀式ではない。ただの効率化だ。私の精神は、王の言葉が意味を持つ前に、それを記号として処理し、破棄していく。
「……え?」
王の言葉が途切れた。私の「連打」が、会話イベントの強制終了判定に達したのだ。王は、まさか自分の口上が遮られるとは夢にも思わず、間抜けに口を開けたまま硬直している。
隣にいた王女が、息を呑む気配がした。
「お父様の言葉を、遮った……? いえ、違うわ。勇者様は、ただ沈黙をもって、全てを理解したと仰っているのね。なんという、全知の風格……!」
(何言ってるんだこのNPC)
私は立ち上がった。王女の誤解などに関知している暇はない。
視界の左上、虚空に浮かぶタイマーが、無慈悲に時を刻んでいる。
【Current Time: 00:00:45】
四十五秒。すでに四十五秒も経過している。本来なら、最初のダンジョンに入場している時間だ。
私は回れ右をした。目指すは城門ではない。正規ルートなど、凡人の通る道だ。
私が向かったのは、玉座の真裏に位置する、何の変哲もない石壁であった。
「ゆ、勇者様? そちらには扉などございませんが……?」
王女の困惑した声が背中に刺さる。私は無視した。
壁の前で立ち止まる。そして、壁に向かって走り出した。
ドン、と額が石壁にぶつかる。私は止まらない。さらに足を動かし、壁に身体を押し付け続ける。傍から見れば、発狂した男が壁に頭突きを繰り返している図であろう。
(座標ズレ、確認。コリジョン判定、不安定化。今だ)
私は身体を僅かに右へ傾け、そして、ありったけの力で「前転」の動作を入力した。
世界が裏返る。
石壁の硬い感触が消失した。私の身体は、物理法則を嘲笑うかのように、壁の内部へと滑り込んでいった。視界が一瞬暗転し、次の瞬間、私は城の外壁の外、空中に放り出されていた。
背後で、王女の悲鳴にも似た絶叫が聞こえた。
「壁を……すり抜けた!? まさか、王城を覆う絶対防御結界を、無詠唱の転移魔法で突破したというの!? これが、神に選ばれし勇者の奇跡……!」
(ただのグリッチだ。修正パッチが当たる前に使い倒す)
眼下には、広大な森と、遥か彼方に霞む魔王城のシルエット。
私は重力に従い、落下を始めた。だが、私は焦らない。
(落下ダメージ無効化バグ、準備よし)
私は風を切り裂きながら、次の工程へと意識を切り替えた。
走らねばならぬ。
誰よりも速く、世界の理を破壊してでも、エンディングへと到達せねばならぬ。




