人間機能不全
窓の外はいつも穏やかだ。
朝の光はカーテンを透かして畳の目を浮き上がらせ、白い湯気が弁当箱の隅からゆっくりと立ち上る。
母の笑顔は電話の向こうでだけ優しい。
父の眉間はいつでも仕事の書類に引かれている。
家の中にあるのは、私のために用意された余白のような席と、誰かのために張られたスポットライトだった。
兄は何でも上手だ。
テストはいつも一番で、先生は彼の名前を黒板に書くときに声が少し高くなる。
家に帰れば褒め言葉が雨のように降ってくる。
父は「お前も見習え」と言うけれど、その声には温度がない。
母は兄の靴を揃えながら目を細め、私が宿題を忘れてもそれを怒らない。
私を見えなくしてくれるからだろうか。
私が何をしていても、誰も振り向かない。
机の引き出しに入れた手紙は、返事も読まれることもなく日々に埋もれていく。
学校では、私の提出物は空気になって、誰の目にも留まらない。
先生が授業中に私の名前を呼ぶことは、ほとんどない。
呼ばれて答えるとき、教室のどこかにある小さな穴に声が吸い込まれるような感覚がする。
声が返ってこないと、胸の奥が冷たくなる。
「がんばれよ」とは言われる。けれど、それは針のない時計の針のような言葉で、単に音だけが私に当たって跳ね返る。
兄の成績表はリビングに広げられ、父はそれを誇らしげに指で辿る。
私は隣で牛乳をこぼしてしまっても、誰も気にしないふりをしてくれる。
気にしないふりは、私の存在を溶かしていく。
夜になると、私は自分の胸のなかを探る。
そこにあるのは、小さな痛みと、どうしようもない問いだ。
なぜ私はここにいるのか。
なぜ褒められたかったのか。
なぜ、兄と同じようにすれば、誰かの視線が私に向くのか。答えは、いつも喉元でつかえて消える。
誰かに殴られたいと思った夜がある
殴られることが、関心の証になるのなら、拳を受け止めることくらいは、いっそ歓迎するかもしれない。殴られたあとに口にされる言葉、「ごめん」でも、「気づかなかった」でも、どんな下手な言い訳でもいい。
たった一瞬でも、私に視線を向けるならば、その暗闇は少しだけ薄くなるだろう。
暴力でも嫌悪でも殺意でも、なんでもいい。
とにかく見てほしい
消えないように、ここにいると証明してほしい