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その7

「…………」

「…………」

 ……朝の食卓には、微妙な空気が流れている。

 いつものダイニングの席に座り、納豆をこねる俺。左隣には、昨日の一.五倍ほど俺からイスを離して焼き魚を突っついている郷華。

「…………」

「…………」

 先ほど郷華と顔をつき合わせてから、郷華はずっと無言。俺は挨拶をするも、そっぽを向かれてしまった。

 普段だったら俺もそんな行動を取られたらそれなりの行動をするだろうけど、今回の件は全面的に俺が悪いためどうしようもない。

「……はぁ」

 ため息を吐き、テーブルの中央に置かれた醤油に手を伸ばす。すると郷華に大げさに身を引かれた。

「…………」

 お兄ちゃん、悲しい。

「どう、郷華ちゃん。ご飯おいしい?」

 反抗期の娘を持った父親の心境に似たものを味わっていると、キッチンから母さんがやってきた。

「あ、はい、おいしいです」

 母さんからの言葉には普通に反応する郷華。

「なら良かった」母さんはニコニコと笑いながら俺の前の席に座る。「好きなものとか食べたいものがあったら、遠慮なく言ってね」

 無言でうなずく郷華。俺はそんな二人のやり取りを眺めつつ、醤油を入れた納豆をさらにこねる。

(昨日よりは少しだけ砕けた感じだけど……本当は昨日の風呂場でのやり取りの時みたいな喋り方に近いんだろうな……)

 少しキツめというか、そういう感じの。

 やっぱり今はまだ無理をしているというか、ていうかそもそも、まだ色々あった直後で自然でいろというのは酷な話だろう。

(つか……俺はこれから口を利いてもらえるのか?)

 昨日の過ちを戒めるため、自室の壁には「ノックをしろ」と書いた紙を貼り付けたりしたが、それでも起こってしまった事はなかったことには出来ない。普通の人間には歴史を食べる程度の能力は備わっていないのだ。

「そういえば、昨日けっこう大きな声で何かお話してたみたいだけど……何かあった?」

 と、母さんから何か地雷的なキラーパスが放たれる。俺の納豆をこねる手も止まる。

「……いえ、別に何も……」

 俺の未来を左右しかねない質問に、郷華はフイと顔をそむけて答える。頬が少し赤らんでいるのが横目に見てとれた。

「…………」

 俺も俺で、出来れば早くなかったことにしてほしい事なので黙っておく。

「功ちゃん、何かした?」

 出来ればそのままずっと黙っていたかったのだが、母さんは俺に話を振ってきた。

「いや、ちょっと着替えを覗いただけだよ」などと言おうものなら、俺の社会的な死は免れないものになるのは確定的に明らかなので適当な言葉でお茶を濁そうと思う。

「いや、ちょっとした事故があって……」

 平静を装いつつ、納豆を茶碗に盛られた白米の上にのっけるフェイズに移行する。

「事故?」

「そう、事故」

 左隣から何か睨まれているような気がするが、気にしない。

「事故って、着替え覗いたとか?」

 ノペッと。

 俺の手が震えた拍子に若干の納豆が食卓にダイレクトアタックを敢行した。

「……功ちゃん?」

「な、なななんですかお母さま?」

 ダイレクトアタックした納豆を手近にあったティッシュで片づけながら、出来るだけ冷静に平静を装おうとしつつ母さんの言葉に応える。

「……覗いたの?」

「な、何のことでございませうか?」

「そういえばお風呂の方から大きな声が聞こえてきたけど、まさか――」

「いえおヘソしかああっともうこんな時間だぁ!!」

 思わず口走ってしまった失言を言及される前に俺は席を立ち真っ赤になって睨んでくる郷華や何か言いたげな母さんを物ともせずにスタコラと玄関に向かって玄関に置いてあるカバンを手に取り靴をつっかけて家を出た。

 有り体に言うと逃げたのだ。

「……どうしよ」

 そして玄関先でへたりこむ。ついうっかり全力で逃げちゃったが、どう考えても修羅場を先送りにしただけだ。

「功司君?」

 へたりこむポーズから絶望のポーズへフェイズシフトしようとしている俺にかけられる声。顔をあげれば、そこにはちょうど対面の東家から出て来た東が不思議そうな顔をして立っていた。

「ああ、東か……おはよう……」

「おはよ。……で、どうかしたの?」

「いや……」

 ちょっと妹の着替えを覗いたことがバレて立場が危うくなったから逃げてきた……なんて言おうものなら、確実に俺の未来が絶たれて終わって生まれ変わる。変態に変態する。

「気にしないでくれると助かる……」

「はぁ……?」

 東は不思議そうに首を傾げていたが、深くは聞いてこないようだった。



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