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その6

 ……時刻は午後十時。

 我が秘宝の在処が暴かれたり、幼馴染みにご主人様と呼んでもらったり、義理の妹が出来たりと、いつもより慌ただしかった今日も終わろうとしている。

 義理の妹のわがままを言う姿を想像しつつズボンのファスナーに手をかける……という動作は客観的に見るまでもなく非常に危ないと思った俺は、きちんと用を足してから、自分の部屋でその事について考えてみた(それもそれでちょっと危ない気もするが)。

 とりあえず色々と様々な事を考えてみた結果、郷華が早く馴染めるように努力をしよう、というやる気が沸いた。

(もしかしたら、俺ってシスコンなのかな……)

 郷華に対する結論が出たところで、一日の疲れを落とすべく湯浴みを目論む俺は、風呂に向かいつつそんな事を考える。

(……いや、多分普通の事だよな)

 もう十年以上も一緒にいるような本当の妹に対してそんな気持ちを抱くのなら、それは確かにシスコンかもしれない。だけど、まだ妹になってから一日も経ってない子に向ける気持ちならば話は別……なハズ。

 もしかしたらこれは、同情とか憐憫とか、そういう感情から生まれるものなのかもしれない。それでも郷華の事を気にかけないよりは遙かにマシだ。キレイ事じゃないんだよね、世の中。

 そんな歌があったな、と思いつつ、俺は風呂場へと続く扉の前に来た。

 そして、その歌を口ずさみながら、俺は扉を開けた。


 そしたら郷華がいた。


「…………」

「…………」

 状況がよく飲み込めないため、とりあえず硬直する俺と郷華。

 ……ここで冷静に、この場面を解析してみよう。

 まず、今俺と郷華がフリーズしている現場は、洗面所兼脱衣所となる空間だ。

 当然ここでやる事と言えば、主に顔を洗ったり髪型をセットしたり歯を磨いたりお風呂に入る為に服を脱ぐ事だ。

 現在時刻は午後十時七分。朝の時間帯であれば、顔を洗ったり髪型をセットしたり歯を磨いたりするという選択肢も十分に生きてくるが、この時間だとどうだろう。

 多分、ほとんどの人がお風呂に入るべく服を脱ぐだろう。かく言う俺だってそれが目的なのだ。

 と、言うことは、だ。

 現在、郷華もその目的を遂行すべく洋服の裾に手をかけて、たくし上げようとしていたんだろう。

 そこに突然俺が入ってきた。

 だからおへそがチラリ状態で固まってしまっているんだろう。

 ついでに二人の関係もおさらいしてみよう。

 矢城功司→今日から義理の兄。シスコン疑惑あり。齢十六。

 矢城郷華→今日から新しい家族。義理の妹。キレイ系の可愛い子ちゃん。齢十五。

 結論。

 俺、加害者。

 郷華、被害者。(←ここまで約三十秒)

 そして時は動き出す。

「へ、へへ、変、態ッ!!」

「いや待って冷静にほぐぁっ!?」

 頬が真っ赤になった郷華から繰り出される、右ストレート。

 血の気の引いた俺の顔にめり込む、右ストレート。

 廊下まで吹っ飛ぶ俺。勢いよく閉じられる風呂場への扉。

「……少しでも優しくていい人だと思った私がバカだったわ……」

「い、いえ、あの、郷華さん?」

 扉から漏れてくるくぐもった声。ああ、いい人だと思われてたんだ、嬉しいなぁ~……なんて思うわけがなく。

「少し、ほんの少しだけでも弁明の余地をば……」

 今は少しでも、俺に貼られているであろう変態のレッテルを取り消してもらわなければ……!!

「なんですか、変態さん」

 その返答を聞く限り、何かもう色々とアウトな気がする。だけど引くわけにはいかない。

「いえですね、そもそもこれは誤解なんです」

「何がです?」

「偶然なんです。ものすごいうっかりしていて、ついやっちゃったんです」

「偶然? うっかり? そんな簡単な言葉で……安易な気持ちで……私の……誰にも見られた事なかったのに……」

 うわーぉ余人に聞かれたら俺の未来が潰えてしまいそうなワードがチラホラと。

「いや本当にすいませんゴメンナサイ申し訳ありませんでした」

「知りません」

 扉に向かって全力土下座する俺に放たれる、冷たい一言。

「悪意はなかったんです、本当です」

「悪意がなければ殺人は許されるんですか? 窃盗は裁かれないんですか? 覗きは免罪なんですか?」

「いえそういう意味で言ってるんじゃなくて……」

「じゃあどういう意味なんです。私の……私の、その……着替えを……」

 ごにょごにょと後半になるにつれて語気が弱くなる郷華。ヤバイ、もしかして泣かれる!?

(ど、どうしよう、こんな時はどんな言葉をかければいいんだ!?)

 褒めればいいのか!? いやでもここで「綺麗なおヘソだったよ(キリッ)」とか言ったら絶対に駄目だろうし、「大丈夫、全然見えてなかったよ」って言うのも確実にバレる嘘だし……!!

「ていうか……あなたはいつまでそこにいるつもりなんですか……?」

「は、はい?」

 ぐるぐるぐ~るぐると色んな言葉が思い浮かんでは消えていきと近年稀に見るテンパリ具合でいた俺は、郷華の言葉の意味が分からずにそう答える。

「そこにあなたがいたら……」若干のタメ。「恥ずかしくて服が脱げないでしょうが――!!」

「はいぃ!! そうですよねスイマセンでした――!!」

 そして放たれた言葉の強さにおののいた俺は、ほうほうの体で自室へと引き返したのだった……。

 今日の教訓:ノックする事を覚えましょう。

「はぁ……」

 部屋に戻ってから、ため息を吐く。

「……どうしよ……」

 確実に飛躍しすぎたコミュニケーション。明日からどんな顔をして郷華と接すればいいんだろうか?


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