その3
――その夜。
大した事も思いつかずに、ただ悶々と思考を走らし回せている間に、もう父さんが例の子を連れて帰ってくる時間になってしまっていた。
「…………」
俺はただ黙ったまま、ダイニングのイスに座っていた。机を挟んだ対面には母さんが妙ににこやかな表情で座っている。
(なんか嬉しそうだな……)
きっとこの母親の事だ。新しく娘が出来るのが嬉しいのだろう。
暢気だな、と思いつつ、俺は視線を左へ向ける。そこには来客などが訪れて来た時に使われるイス。多分、今日からその子が座ることになるイス。
(どんな心境なんだろ)
学校ではみんなの手前、ものすごくオブラートに包んで簡潔に説明した。
しかし、実直にその子の状況を言ってしまえば……一言で表してしまうのなら。
まだ見ぬ彼女は実の両親に捨てられたのだ。
彼女自身の中に芽生えた、異能のせいで。
「…………」
例の超能力が目覚めてしまう事についてなら、よく分かる。俺だって同じ苦しみを味わったのだから。
だけど、俺と彼女では少し事情が違った。
矢城功司が異能に目覚めたケースでは、周囲の人々の対応が温かかった。
例えば得体の知れない能力が備わった息子に、今まで通りに接してくれる両親。
例えば得体の知れない能力が備わった甥を、普通に心配してくれる叔母。
例えば得体の知れない能力が備わった友人と、変わらず付き合ってくれた友達。
しかし、だ。
彼女の場合はどうなんだろう。
その子の周囲の環境は知らないけど、少なくとも両親の反応は違った。同じような状態だった俺とは正反対だ。
「……はぁ」
ため息がもれる。ただでさえ、自分の一つ年下の女の子との接し方が分からないのに、そんなデリケートな問題まで絡んでくるのだ。俺にどうしろと言う。
「どうかしたの、功ちゃん?」
この考え方ってなんか失礼じゃないか? なんて思考が逸れかけたところで、不意に母さんから話しかけられた。
「いや、どうもしないけど」
「そーぉ? その割にはずいぶんと何か思い悩んでるみたいだったけど」
「まぁ……」
普通、年頃の男の子がいきなり義妹ができるって状況になったら思い悩むものじゃないか? 龍鵺とかなら手放しで喜びそうだけど、あいつは普通じゃないし。
「……母さんは、なにか考えないの?」
「なにかって?」
「うーん、例えば……いきなり家族が増えて大変だなー、とか?」
「大変だなーとは思わないけど、楽しみではあるよ」
「楽しみ?」
「ええ。だってほら、娘が出来たら一緒にお買い物に行ったり、お料理作ったりとか、そういうのが色々できるじゃない? 功ちゃんはそういうの嫌がるし」
「当たり前です」
高校生にもなって母親と買い物っていうシーンは、なんかこう、プライド的なものが許さない。知り合いに見られたら恥ずかしいし。
「そうやって断られちゃうから、いつもお母さん寂しいなーって思ってたんだけど、娘が出来るのならそんな気持ちともグッバイ。一緒にお洋服とか買いに行ったりできるからね」
「ふーん」
……どうやら母さんは、その子の背景とかはあまり気にならないらしい。いや、実際は気にしているだろうけど、きっとそんな事はおくびにも出さないんだろう。
母さんは俺よりも圧倒的に強くて優しい。自然体でその子の接して、自然に馴染んでしまうんだろう。
ならば俺も母さんのように接すればいいのだろうか。
「……違うな」
頭の中に「血の繋がらない妹キター」とか言ってる自分の姿が思い浮かび、それが龍鵺の姿ともろかぶりした。
「ふむ……」
ある程度、その子に対する色々な態度を脳内シミュレートしたところで、東の言葉を思い出す。
(俺らしくしてればいい、ね……)
まぁどうせ一つ屋根の下で暮らすんだ。変にキャラを作ったところですぐに化けの皮は剥がれてしまうだろう。
ならそうするしかないか、と結論が出たとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。