エピローグb
「いい天気……」
朝の陽射しが惜しげなく大地に降り注ぐ、平日の午前八時。変な人たちに誘拐されて兄さんに助けられて、それから抱きしめられたり着替えを覗かれたり押し倒されたりと、本当に色々とありすぎた日から五日たった金曜日。いつも通りに慌ただしく朝食をとる兄さんの隣で、同じくゆっくりと朝食をとり終わった私は、自室の窓からなんとなく外を眺めていた。
「…………」
そういえば、少し前まではこうやってのんびりと外を眺める、なんて事はなかったな……とぼんやり考える。考えつつ辺りを見回すと、二、三週間のうちに見慣れたと思った風景が、どこか違ったものに見えてきた。
「不思議な感覚だな……」
それだけ私の心境も変わったという事なのかな、なんて思ってみる。
一通り辺りを見回した後、私は兄さんと東さんが歩いていった道の方を見る。……秋から私も通う事になる、秋葉学園へと続く道を。
(学校、かぁ……)
もう半年以上、私には縁のなかった場所。というより、私から縁を切っていた場所。
(どんなところなんだろう、秋葉学園って)
兄さんから聞いた話だと、ちょっと変わった理事長と先生がいて、グラウンドとかがバカみたいに広くて、全体的にどこか変わった学園……らしい。それと生徒の方も少し変わり者が多くて、兄さんとよく一緒にいる人たちもどこか変わってる、なんて言ってたっけ。
「……兄さんも少し変わり者だと思うけど」
ちなみに、秋葉学園へ通うに当たって必要なお金は、私の持っている通帳から払う事になった。最初、父さんと母さんは「自分たちが払うから、通帳は自分の為に使いなさい」と言っていたけど、そもそも学校へ通うのは私自身の為の事。それに、私たちは「家族」なんだから、そういう気遣いはいらないでしょう……と私の意見を真っ向からぶつけてみた。
すると父さんと母さんは、仕方ないなって感じに笑って頷いてくれた。なんでも、娘にそう言われたら、親としては引くしかないらしい。
(娘……か)
父さんと母さんのその言葉に、私は胸が少し温かくなった。その感触は今でも鮮明に残っている。……多分、この先ずっと、この温かさはいつまでも覚えていそうだ。
「それにしても……」
考えてみれば、私はかなり恵まれた環境にいる。
私は、私自身の能力のせいで少し大変な目には遭った。だけど、その能力のおかげで出会えた人たちはみんな温かい人ばかりだった。
おばあちゃんに始め、父さんや母さん、それに兄さんも、その友達も。
みんな、みんないい人ばかりだった。
「……私にも出来るかな」
秋から通い始める、秋葉学園。そこで私も、兄さんみたいな友達を作れるだろうか。それを少し不安に思う。
それに……私の能力の事も。
今はかなり落ち着いて、相手に直接触れでもしなければ能力は使えないけど、また人が多いところに行くと、緊張して能力が暴走してしまうかもしれない。
「でも、きっと大丈夫」
私もこれ以上まわりに迷惑をかけないように、プロミスリングを身につける事にした。兄さん曰く、ものすごく胡散臭いプロミスリングを。
以前は、何だかそれを付けてしまうと、色々と何かに負けたような気持ちになると思っていたけど……今は大丈夫。今なら私の能力の事も、少しは受け入れられそうだから。
ちなみにそんな話を兄さんにした時、「何なら俺とお揃いの色にするか?」なんて笑顔で言われたけど、即答で断っておいた。私にはおばあちゃんにもらったプロミスリングがあるし、そもそも兄妹でペアな腕輪なんて恥ずかしくて仕方なかったから。
「……さて」
断った時の兄さんのおかしな表情を思い出して笑いそうになった私は、気を取り直して、部屋の整理に取りかかる。
……兄さんが東さんにしょっぴかれている隣で、私が初めて母さんを「母さん」と呼べた時に、ものすごく嬉しそうな母さんから「何か欲しいものはないか」と聞かれた。私はそれに、本棚が欲しいと答えた。
そう、この部屋に来てからずっと、机の上に置きっぱなしだった小説だとかアルバムだとか、本棚がない為に放ったらかしになっていた本たち。それを整理する場所が、やっとできた。父さんがホームセンターで買ってきて、兄さんと一緒になって作ってくれた。
私は机の上で平積みにされたアルバムを手に取る。アルバムには、ほんの少しだけほこりが積もっていた。
大掃除の時によくある罠にかかった訳じゃないけど、なんとはなしに、アルバムを開いて中に目を通してみる。
そこには幼い私や、今より若いお父さんとお母さんが笑顔で写っていた。それを微笑みながら眺め、ページをめくっていく。
すると、いつかに私が涙を落としたページに行き着いた。私はその時と現在の気持ちの違いをどこかおかしく思いながら、残ってしまっていたシミを指で撫でる。
「……うん。私はもう、大丈夫」
そう言ってアルバムを閉じる。そして、それを本棚へ。
それからまた机へと手を伸ばし、残ったアルバムも全て本棚へとしまい、整理する。他の小説なんかも同じように。
「これで全部、と……」
最後の一冊を本棚にしまい終わる。それでも、大きな本棚にはまだまだたくさんのスペースが空いていた。
「…………」
それを見て、私は頷く。
(本当に、私はもう大丈夫だよ、お父さん、お母さん……それに、おばあちゃん)
そして遠くの空にいる、大好きな人たちの事を思う。
(まだ少しもたつくかもだけど……それでも、ちゃんと前には進めるから)
もっと、全部が全部、上手に整理できるようになったら、きっとまた会いに行くから。
「矢城郷華は、元気でやっていけます」
……私は窓を開けて、少し慌ただしくなった部屋の空気を入れ換える。それから深呼吸をして、外の新しい空気を体一杯に吸い込む。
「郷華ちゃーん、ちょっといーい?」
階下から私を呼ぶ母さんの声が聞こえる。
「はーい、今行くー」
私はそれに返事をして、部屋を後にした。
皆様どうもこんにちは。檜 楓呂です。
さて、あとがきです。あとがきなんですが。
とりあえず、
五月に書き始めて一月に書き終わるってどういう事なの。
という。
書き始めた頃は「どうせそんなに長くする気はないし、夏には書き終わんだろ」なんて思ってましたが……いやはや。終わってみればアレですよ、なんか普通に前回と同じくらいの文章量になっていますよ。どうしてこうなった。
まぁそれはきっと、郷華さんが可愛いせいですね。うん、ごめんなさい。意外かもですけど、僕にはそーいう属性が付与されちゃってる仕様なんです……。
話を変えまして、謝辞なんかを申したいと思います。
もう色々と、本当にかなりグダグダな内容だったり更新周期だったりしましたが、少しでも本編に目を通してくれた方から、こんな自己満足の結晶のようなあとがきまで読んでくれた皆々様方、本当にありがとうございます。
そして拙いお話でしたが、続きを楽しみにして下さった方がもしもいらっしゃったなら、これに勝る喜びはありません。もう震えるぞハート! 燃え尽きるほ(ryって感じです。
さてさて、本当に内容からあとがきまで一貫したグダり具合でしたが(特に内容の方なんかは、二年ぶりに続きを書きだしたせいか素で忘れてる設定とかありましたし……)、こんな場所まで読んでくれた方にはもう一度感謝の意を表します。ていうか何度でもお礼申し上げます。むしろ東京の片田舎から感謝電波を送りつけます。悪寒がしたらきっと僕のそれは電波です。ごめんなさい。
それでは機会がありましたら、またお会いしましょう。
檜 楓呂でした。
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