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その30

「…………」

「…………」

 春風駅から自宅へと続いている道を、俺と郷華は無言で歩いていた。というか、乗り換えで乗客の減った電車内で郷華と離れてから、俺たちの間で言葉は交わされていなかった。

 ……薫が言っていた、乗客がけっこう降りる駅。そこで半分くらいの乗客が電車を降りた。そして入れ替わりで電車に乗ってくる人数も少なく、車内は人と人との間にある程度余裕を持っていられるようになった。なので、もう郷華の能力を抑えていなくても大丈夫だろうと思った俺は、郷華から離れた。それでも郷華は、特に苦しそうだとか強張った表情だとかをしなかったため、それはそれで一件落着……だったのだが。

(……気まずい)

 仮にも兄と妹というそんな関係の二人が、傍から見たら抱きしめ合うような事をしていたのだ。一応ちゃんとした理由があるにはあったのだが、それでも思春期な俺らにとっては、その、なんか色々と辛いのです。分かってください。

(薫もなんか変な顔してたしなぁ……)

 郷華と俺に余裕が出来てから、薫にも少しの説明をした。郷華のトラウマなどには触れない範囲で、なんで俺たちが抱き合っていたのかを。

 しかし薫は「へー」だの「ほー」だの言いつつも、何やら悪い笑みを浮かべていた。なんとなく『また弱みを握られたな』的な事を考えてそうな表情だったが、それは気のせいだと思いたい。切に、そう信じたい。

 そんな薫とも春風駅で別れ(改札口を抜ける際に切符を見られてしまい、結局御更木に七百円を請求することになってしまった)、俺と郷華は並んで家に向かって歩き出した。二人して無言で。顔も見ずに。

「…………」

「…………」

 そして今に至っても、その沈黙は破られていなかった。変な空気のまま、もう駅からかれこれ十分くらい、なかなかのスピードで歩き続けていた。

(どうしよう)

 黙々と歩きながら、俺は考える。この現状をどうにかする方法を。

(やっぱり、とりあえず何かしらの会話をしないと……)

 そうは思うものの、なかなか口が動いてくれない。どんな言葉をかければいいのか思いつかない。ああ、本当に頭が痛い……。

(能力使ったせいで本当に頭痛もするし……)

 二つの意味での頭痛に耐えながら、やっぱりここはお兄ちゃんからどうにか突破口を開くべきなんだろうと思い、俺は何かを喋ろうとする。

「……なぁ」

「……ねぇ」

 と、ここにきて最悪の事態が発生する。とりあえず喋ろうと考えなしに口を開いた俺に、郷華の何かを尋ねるような声が被ってしまった。

「な、何だ、郷華?」

「い、いえ、そちらこそ……」

「…………」

「…………」

 そしてお互いに譲り合ってまた無言になってしまった。

(……えぇい、まだるっこしい)

 その現状にいい加減に嫌気がさしてきた俺は、覚悟を決めて、言おうと思ってたけどなんとなく言うタイミングのなかった言葉を口にする。

「今日はすまん」

「今日はごめんなさい」

 そしたら何故かまた被る言葉。

「……なんで郷華が謝るんだ」

「……そっちこそ」

「いやだって、今日は……なんていうか、俺のせいで変なゴタゴタに巻き込んじゃった訳だし。それに、その、さっきの電車の中でも……アレだったし」

「そんな事言ったら、私の方こそまた迷惑をかけちゃったじゃない。わざわざ休日を潰してまで私の事を迎えに来てくれたし。電車のアレだって……その、私を守ってくれたみたいだし……」

 俺に抱きしめられてしまった事を思い出したのか、郷華は顔を赤くさせる。

「でも、そもそも郷華が『何でも屋』にさらわれたのは、俺があいつらに軽く恨まれるような事をしたからなんだぞ?」

「私はその事をよく知らないけど、こっちから先にあっちに手を出した訳じゃないんでしょ?」

「ん、まぁ……」

 五月末の『何でも屋』とのいざこざは、一応あちらが先に東に手を出した……という事になるのかな……。その後は薫の反抗期に付き合っただけだし。

「なら、別にあなたは悪くないじゃない。……私は、その、電車でもものすごい迷惑をかけちゃったし……」

 そう言って肩を落としてうつむく郷華。

「いや、あれは何ていうか、むしろ俺の気の回らなさが招いた事態だし――」

「でも!」それを見かねた俺の言葉が遮られる。「そうだとしても……あなたがそうなってしまうと……色々と大変なんでしょう?」

 郷華が俺の瞳を覗き込む。ありえないくらいに翡翠色になってしまっている、俺の瞳を。

「あー、別にそんな苦労はしないぞ?」

「……本当に?」

「ああ。まぁ、あれだ。少し頭が痛くなるくらいで……」あとは一週間ぐらい眼鏡をして生活しなくちゃいけなかったり、多分家に着いたくらいで一旦意識を失ったり、二日酔いじみたものに悩まされるくらいで。「そんな大した事じゃないから」

 けっこう大部分を隠し、俺は郷華を安心させるように言い聞かせる。

「……でも、電車の中ですごい苦しそうだったけど……」

「あれはほら、大して痛くもないけど、何かにぶつかった時って『痛い』とか言っちゃうだろ? それと同じようなもんだ」

 ……まぁ、実際はそれなりに苦しかったが。

「…………」

 そんな俺の胸中を見透かしているのか、郷華は不安と不満がないまぜになった顔をしていた。

「……よし、じゃあこうしよう!」

「え?」

 兄としては最後まで強がってカッコつけていたかったので、俺は話を変えるように明るい声を上げる。

「今日の件で、俺は郷華がさらわれる原因を作ってしまった。でも、電車でその分頑張った。これで二人の間の、どっちがどう悪いだのなんだのはチャラ。そんで、あとの残った分は全部、御更木弟が悪い。以上!」

「…………」

 郷華はその言葉を聞き、驚いたように目をパチクリさせていた。

「……それじゃ、ダメか?」

 郷華はしばらく何かを考えた後、

「そう、ね。うん、そういう事にしよう……かな」

 そう言って頷いた。

「うむ、そういう事にしておこう。それに今頃、きっとあいつは御更木に矯正プログラムを執行されてるだろうし、それであいつも許してやろう」

「……ぷっ」

 倉庫内で子供みたいに嫌だと喚いていた御更木弟の情けない姿を思い出したのか、郷華は小さく吹き出す。

「でも、坂上さんの話を聞くと、ちょっとやりすぎな気もするけどね」

「いやぁ、それはまぁ、利子だな」

「……ちょっとあの人が可哀想かも」

 そう言いつつも、少し顔が笑っている郷華。まぁ、御更木弟のキャラ的に、笑い事で済みそうな修羅場でも展開されてそうだしな。

「とにかく、これでこの件についてはもうチャラ。どっちも悪くなく、な」

「ええ、分かったわ」

 郷華は頷く。それを見て俺は笑う。

 それからしばらく、他愛のない話をした。『何でも屋』の人たちに奢ってもらったご飯の事や、薫と俺の事。ちなみに郷華が薫と俺の事を聞いてきたのは、どうやら東と俺がいわゆる男女のお付き合いをしていると勘違いしていた為だ。そんでもって東がやきもち妬くんじゃないの? という事を言いたかったらしい。……まったく、どこをどう見たら東と俺が付き合ってるように見えますか。

 そんな事を言って、郷華にものすごく「えぇ~」みたいな顔をされたところで、俺たちはやっとこさ自宅へと辿り着いた。

(時間は……午後七時ちょっと前か)

 ならちょうど母さんが晩ご飯を作ってるころで、もうあの二人がイチャついてるところを見ずに済みそうだな。

「ただいま」

 そう思い、俺は玄関の扉を開けて我が家に帰りを告げる。

「た、ただい、ま……」

 と、俺に続いて敷居を跨いだ郷華の遠慮がちで小さな声。その言葉を聞いて、なんとなく俺は嬉しくなった。

(あ、れ……)

 それと同時に、急に頭がクラッとする。

(あ、やば……い)

 郷華の嬉しくなる言葉や、やっと落ち着ける家に着いたせいか、張り詰めていた緊張の糸がプッツリと切れてしまったようだ。

「――?」

 郷華が不思議そうな表情をして、俺に何かを話しかけている。しかし、それも聞き取れないほど、頭がクラクラした。

(また……この展開か……)

 分かってはいたけど……多分、家に着いたくらいで倒れそうだなぁとは思っていたけど……。

「――――? ――、―――?」

 ものすごく心配そうな郷華の顔。実際、大丈夫かどうかで聞かれたら大丈夫じゃないけど、ここは兄として倒れる最後まで妹を安心させるのが、きっと正解だろう。

(悪い、郷華。ちょっとだけ……寝るわ……)

 言えたかどうか分からないけど、その言葉で郷華を安心させようとする。ていうかそもそもよく考えれば、倒れてしまうこと自体、郷華を大いに心配させるような事なんだけど――

 そんな思考を最後に、俺の意識はブラックアウトした。


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