その28
「お、遅かったな、矢城功司!」
ある程度の間をおいてから再び倉庫の中へと足を踏み入れると、郷華の座るソファーの傍に立っている、先ほど気まずい面会をしてしまった男からぎこちない声を投げかけられた。
「あまりに遅いから、その、アレだと思ったぞ、アレ!」
それになんと反応すべきかを考えあぐねていた俺に、男はかなりあやふやな言葉を続ける。
「あー、えっと、まぁ……」
俺も俺で、結局かなり曖昧に言葉を濁してしまった。
「…………」
「…………」
そして先ほどと同じような気まずげな空気が、沈黙とともに訪れる。
「……薫、この空気、どうすればいいと思う?」
「まぁ、あっちが喋り出すまで待ってればいいんじゃないか?」
どうしようもなく行き詰まってしまった感が否めない中、俺に続いて倉庫の中へと入ってきた薫に小声で助言を求めると、どこかいいかげんなアドバイスを寄越してくれた。
「待ってるって、この気まずさは結構ツラいんだが」
「耐えろ。我慢弱い男は嫌われるぞ?」
「じ、自己紹介がまだだったな!」と、再び男が、無駄に通る声を少しどもらせながら発する。「俺は御更木 甲斐。『何でも屋』の現リーダーさ!」
「…………」
いやまぁ、名前は初めて聞いたけど、後半の割と大事だったような部分は知ってるんだが。
「反応に困ってるのなら、少し驚いてやってくれればいいと思うぞ」
背後から薫が助言を送りつけてくる。えぇ、なんだよそれ……とは思ったものの、対応に窮していたのは本当だったので、その言葉通りにする事にした。
「……何でも屋って、まさか……」
「そう、そのまさかさ!」
我ながら呆れるほどの棒読みだな、と思っていると、御更木弟が自然に演技がかった反応を示す。
「矢城功司、君によって五月の末に、組織としての面目を潰された「何でも屋」さ!」
「驚いてやってくれ」
「な、なんだってー(棒読み)」
再度とどいた薫からの助言に従って、驚いたようなリアクションをとる。
「そして俺たちが君の妹さんをさらった理由はただ一つ。復讐さ!」
そう言って、御更木弟は傍らの郷華を指さした。
「え、えと……タ、タスケテー、オニイチャーン……」
さされた郷華は困り顔と恥じらい顔を7:3くらいの割合で混ぜた感じの表情で、ものすごい棒読みを披露した。……その反応、俺的にはアリ……だな。
「随分と呆けた顔をしているな」
「いや別に今の棒読み可愛かったな、とか思った訳じゃないぞ? どんな形であれ『兄』と呼んでくれてうれしく思ってる訳でもないからな?」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「あー、ゴホン。いいかな、矢城功司」
と、うっかり薫に本心を漏らしてしまった危ないところを、御更木弟の声が救ってくれた。
「あ、ハイどうぞ」
「ゴホン」彼はもう一度咳払いをする。「それで、ここまで話せばこの後の展開が……分かるだろう?」
「…………」
いや、分からないんですけども。
「なに? 普通、こういう復讐だなんだので人がさらわれた時っていうのは、拳による言語での解決を図るだろう?」
「…………」
『そうなのか?』という表情で薫の顔を見れば、『私に聞くな』という表情を返された。
「という訳で、だ。君の妹を返してほしくば、俺たちを倒すんだな!」
「……マジでやるのかよ」
個人的に、熱血というか汗くさいというか、まぁそういう流れは嫌いじゃない。だけど自分でやるのはなぁ……。
「おっと、君に拒否権などないぞ! 妹さんがどうなってもいいのかな!?」
「……え?」
御更木弟に再び指をさされた郷華はきょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。が、その直後に何かに気づいたような表情になり、少し慌てた感じに「た、助けて」とちょっと恥ずかしそうに小さな声を出した。
「…………」
フム。
「さぁ、どうする少年?」
「……まぁ、仕方ないな」
暴力とかそういうのは、本当は推奨されるべきではないのだけれど。
「可愛い妹の頼みとあっちゃぁ、聞かないわけにはいかないからな」
「よくぞ言った矢城功司! それでこそだ!」
郷華の真摯なお願いに奮い立った俺の言葉を聞き、御更木弟は嬉々として応える。
「……矢城はシスコンなのか?」
「違う。少し家族愛が強いだけだ」
そして訝しげな表情で俺を見つめてきた薫にはそう返しておく。ていうかシスコンって言うな。百歩譲っても兄バカと言え。
「なんだかウチのあのバカと同じような雰囲気がする……」
「俺はあそこまでバカじゃない」
「バカなのは否定しないんだな」
「さぁ少年、お喋りの時間はオシマイだ!」
俺と薫の会話が、両手を広げた御更木弟の張りのある声に遮られる。その声は何ともいえない妙な迫力に満ちていて、まるで舞台役者とともに同じ舞台に立ってしまっているかのような気後れを俺に感じさせる。両手を広げた大仰な仕草でさえもやけにしっくりするほど、今の御更木弟はイキイキとしていて、なにかカリスマじみたものに溢れていた。
「君がそう決断した以上、もう後には戻れない! 今こそ戦いの火蓋は切り落とされる! さぁ行け、お前たち!」
大仰すぎる動作で――ともすれば、日常の中では痛く感じられるような動作で、御更木弟は自分の部下たちを指さし、その手を俺へと振り払う。そのどれもが憎らしいほど様になっていた……
「え~」
……のだが、肝心の仲間からは嫌そうな声があげられた。
「え、え~ってなんだお前たち!」
その反応に、今までの振る舞いもどこへやら、御更木弟のカリスマは霧散していく。同時につい身構えてしまっていた俺の体からも力が抜ける。
「だってさ、女の子をさらってくるだけでもかなりセコいのに、今度は多人数で一人に襲いかかれってさ……」
「カッコ悪いよね」
「男じゃないよね」
仲間の男三人からそんな言葉を投げられる御更木弟。
「し、しかしそうは言っても、こう、話の流れってもんがあるだろ!?」
「話の流れのせいにするなんてだらしないわね。そんなものなんて無視して男張ることも出来ないの?」
「ぐっ……」
さらに仲間内の唯一の女性からも、なかなかに辛辣な追い打ちを喰らって言葉に詰まってしまっていた。
「……なぁ、薫」
「なんだ、矢城」
「いつもこうなのか?」
その内部分裂を遠目に、俺は薫にそんな事を尋ねた。
「まぁ甲斐はイジられ系だからな。矢城みたいに」
「俺はあんなんなのか?」
「割とあんなだぞ」
ものすごく心外だった。
「分かった、分かったよ、俺が行けばいいんだろ!」
と、そうこうしている内にあちらの内部分裂も終わったようで、仲間と話していた御更木弟が若干ヤケ気味そう言って俺へと向き直る。
「さっすがリーダー!」
「それでこそ男だ!」
「一生ついてくぜ!」
その背後から男三人がもてはやすような声をあげる。
「ったく、調子のいい奴らめ……まぁいい。とにかく、行くぞ矢城功司!」
先ほどの情けない姿からは一転、御更木弟はボクシングのようなフォームをとる。そして俺へとかなり素早い動きで踏み込んできた。
「うわ……!」
彼我の距離はおよそ五歩半という感じだったが、御更木弟はその距離を一息で詰めてきた。そして俺の目の前で力強く最後の一歩を踏み込むと、構えていた右手を繰り出してくる。
「っと……?」
その拳は目で追うのも難しいくらいの速さだった。それに加え、いきなりの事で反応が出来なかったのだが、何故か御更木弟の拳は俺の顔のすぐ横を通り抜けていった。
その事に疑問を覚えたが、今はそれどころじゃないと思い慌てて御更木弟から距離を取る。御更木弟も俺を追撃しようとはせず、一歩身を引いた。
「…………」
俺はその距離で、御更木弟の姿を見据える。ファイティングポーズを取りつつ、一定のリズムで体を揺らしているその姿からは、奴の真意が読みとれなかった。
「どうかしたのか、矢城?」
「いや……」
今の一撃。突然のことだったのに加え、予想外に鋭い攻撃だった。それはかわせるハズのないものだったのに、俺には当たらなかった。
「…………」
あいつの狙いが外れた……という事も、まずないだろう。目標の目の前にいて目測を誤るだなんて事は、極度の近眼でもないかぎりは起こるハズもない。
なら……わざと外したのか……?
「どうした少年。怖じ気付いたのか?」
「別にそんな事はないけど……」
ちょっと拳の速さには驚いたけど。
「ならばかかってきたらどうだ。そちらから来ないと言うのなら、こちらから行くぞ!」
言葉と共に、御更木弟はもう一度俺へと踊りかかってくる。
奴の真意が計れないものの、襲いかかってくるのならばなんらかの対応を取らないわけにはいかない。俺は自分の中のリミッター的なものを、少しだけ外した。
「フッ!」
再び俺へと踏み込んできた御更木弟。やはりボクシングのフォームから、今度は左手は俺の顔の辺りを穿とうと迫ってくる。
「……!」
俺はそれを、強化した視力でギリギリまで引きつける。御更木弟の拳はそれでも尚速く見え、完璧にはその動きを捉えることが出来なかった。
……しかし。
ヒュッ、という風切り音が、耳のすぐ横を通り抜けていく。俺はそれをほとんど動かずに聞いた。
「…………」
俺は今一度、御更木弟から一歩下がる。すると、先ほどと同じように御更木弟も身を引いた。
(……めっちゃ怖かった)
一発くらいは受けるつもりで構えていたけど、なかなか高速で迫ってくる拳にビビって体が少し逃げてしまった。……しかしまぁ、それでもひとつ分かった事があった。
(当てる気、ないのか……)
それは、御更木弟が俺に攻撃を当てる気がないんじゃないかという事だった。
(でもなんで?)
あちらからケンカ(?)をふっかけてきたっていうのに、ほとんど動かなかった相手に二度も攻撃を外す。アレか、舐めプレイってやつなのか?
と、そんな事を考えていると、ものすごく心配そうな表情をした郷華と目があった。それに『心配してくれてるのか?』という感じの視線を送ると、『べ、別に……』みたいな感じにそっぽを向かれた。その反応に俺は思わず笑ってしまいそうになる。
「矢城、顔がマジメ顔とニヤケ顔の中間で大変な事になってるぞ」
「え、マジか」
薫からの指摘に、俺は慌てて自分の頬を手で押さえ、どうにか表情をシリアス寄りに持っていく。それから気持ちを引き締める。
(うん、とりあえず、こんな妙な茶番はさっさと終わらせて、郷華と帰ろう)
なんだか死亡フラグみたいだなこれ、なんて考えつつ、俺は改めて御更木弟に向き合った。
「なかなかいい表情じゃないか」
割と隙だらけだった俺に対し、律儀にもファイティングポーズを取ったままで待ってくれていた御更木弟は、ニヒルな笑みを浮かべる。
「そいつはどーも」
応えつつ、俺はどうしたものかと考える。……が、すぐに考えたってしょうがないかと思い至る。
(相手の考えてる事なんて分かんないんだし)
とりあえず、このケンカっぽい何かにノって、さっさと話を進めよう。その内あっちの真意も分かるかもしれないし。
「……行くぞ、誘拐犯。妹を返してもらう」
「かかってこい、兄バカ男――!」
一回深呼吸してから、折角の茶番だったので、普段は絶対に言わないであろう気取ったセリフを吐く。御更木弟も、俺に応えて吼えた。
それを皮切りとして、俺は自身のリミッター的なのをギリギリまで――プロミスリングからの警報が体に迸る寸前にまで外す。
「はっ」
そして御更木弟と比べると大分不様なフォームで――されど強化された身体能力を駆使した速さで、俺は前へと足を踏み出す。
こちらとあちらの距離は三歩とちょっと。それを、一息に詰める。
御更木弟は、ただ突っ込んでくる俺を不動のフォームで待ちかまえていた。
「はぁ!」
その体めがけて、やや力任せな右拳を叩き込む。
「おっと!」
しかし御更木弟はそれを大仰な動きで、右へと回り込んでかわす。その一つ一つの動作が非常に様になっていた。
俺は息を詰め、突き出した右腕をしならせ、御更木弟の体を追って払う。しかしそれもバックステップで軽くかわされる。
「フッ!」
右腕を払ったところで隙の出来た俺に左フックが飛んでくる。俺は体を低く落としてそれを回避。頭上を風が通りすぎ、俺の髪の毛を揺らす。……どんだけ速いフックを打ったら、こんな風が起きるんだろうか。
身を低く落とした姿勢から、俺はさらに身を落として足払いをかけるが、やはりそれもかわされてしまう。
「――っと」
足払いを後ろへと下がってかわした御更木弟に合わせ、俺も一度距離を取る。そして少し乱れた呼吸を整える。そうしながら御更木弟を見やれば、奴はまったく息を乱さずにファイティングポーズをとっていた。
(何者だよあいつ……)
リミッターの範囲内だとは言え、今の自分の身体能力はナウマン象を狩猟していた原人程度は越している。頑張れば、今なら新体操の全国区レベルの動きすら出来る。なのに、御更木弟は涼しい顔で俺からの全ての攻撃を回避していた。
「どうした、矢城功司。その程度では妹を救えないぞ?」
「うるせ、黙ってろっつの……」
俺は一つ、息を深く吸う。そしてゆっくり吐き出した。別に波紋を疾走させる為の呼吸法を練習しているわけではない。
(なんというか、なんていうか……)
どうにも自分の能力を解放していると、暴れたい気持ちが心に生まれてしまう。しかもこっちの攻撃をことごとく、涼しい顔してかわしている野郎なんざに対しては、特に。
(やべーよ、俺中二病だよ邪気眼だよ)
まるで自分の中に芽生えてしまった受け入れ難い性癖を拒みながらもそれに陶酔してしまう、えっちぃゲームのヒロインのような心境だ。心の中の天使さんは「やっちゃえやっちゃえ」と快楽を推奨すれば、対する悪魔さんは「テメーみてーな存在が自分の思い通りに動こうだなんて甘いんだよ」と被征服欲をくすぐる逆転ご褒美状態。
そんなまとまらない思考を焦がしながら、俺は再び御更木弟へと飛びかかる。
「ハッ――」
短く息を吐くと同時に、今度は力任せではなく、御更木弟の肩口を突くような、キレを重視した拳を見舞う。
「当たらないな!」
しかしそれもかわされる。いとも簡単に。上半身を軽く捩らせただけで。
それを確認するが早いが、俺は次いで相手を腰からなぐように右足を振るった。が、まるでそう動くのが分かっていたかのような動作で、御更木弟は身を引いて避ける。
「!」
そして御更木弟はすぐさま、大きな動作で空振りをした俺の懐へと踏み込んできた。身を低くし、体を右に軽く捻り、確実に俺を打つストレートを放つ構えで――!
「ぃっ……!」
シッ、という御更木弟の短く吐く息。それが鼓膜を振るわせるのとほぼ同時に、右拳が俺を打つ。俺はとっさに、拳に吹き飛ばされるような形でその衝撃を緩和させた。
「……っ」
右足を空振ったあとの不様な姿勢のまま吹っ飛ぶ最中、俺はロンダートのような形で受け身を取り、御更木弟に背を向けて着地。そしてすぐに奴へと向き直る。
「なかなかの身のこなしじゃないか、少年」
御更木弟からの余裕を感じさせる言葉が俺に投げられる。それが妙に頭にきた。
(つーか……なんかあいつ、手ぇ抜いてないか……?)
カッカしそうになる感情をどうにか抑えつつ、俺は今しがた受けた一撃について考える。
……俺は、攻撃を空振りした後の隙だらけなところに、若干のタメを作った拳をもらってしまった。なのに――多少の痛みはあったものの――攻撃を受けたところが痺れただとか、そういう威力みたいなものがほとんどなかったように思える。
(確かに俺は懸命になって衝撃を消したけど……)
俺からの攻撃を避け、当てる気の感じられない拳を繰り出し、当たったと思ったら大して力の感じられない攻撃だった……と。
(……本当に何がしたいんだよ)
まるで舐めプレイを受けているような感じや汲み取れない真意、それに加えて能力を解放している事で血の気の多くなっている俺は、段々とイライラしてきた。御更木弟の涼しい表情にも何かムカついてきたし、更に郷華がなんか本当に心配そうな表情をしているのにも……させてしまっているのにも憤りを感じる。
(てかそもそも、復讐がなんだのとか言ってたけど……全体的になんか中途半端じゃねーか)
段々、段々と、何でもない事にまで腹が立ってきた。
(しかもなんで郷華を巻き込むんだよ。せっかくあいつとも仲良くなっていけそうだってのに、もしこれがきっかけで「お兄ちゃんなんて大ッ嫌い」とか思われちゃったどう責任を取るつもりなんだっての)
あー、マズいマズい。いかん、危ない危ない危ない……と、俺の中の割りと冷静な部分は考えている。
(もう……プロミスリング外しちゃおっかな……)
と、理性が最後の手綱を手放してしまおうかと考えたところで、俺は頭を振って冷静になろうとする。
「……なぁ、薫。ちょっといいか?」
俺はドス黒くなってしまいそうな気を紛らわすため、着地したところの近くにいた薫に話しかける。
「なんだ、矢城」
「そろそろ、なんつーか、この茶番の真意を教えてくれないか?」
「茶番とはなんだ、少年!」
「うるさい黙ってろ」
俺からの言葉に、御更木弟は少し気圧されたように口をつむぐ。……我ながら、随分と暗く怖い声だなと思った。
「ああ、これらの真意か……」薫はそんな俺に怖じ気づくような気配すら見せない。「まぁ、ネタバレしてしまうとだな、これは劇の一環だ」
「ちょ、ちょっと薫ちゃん!?」
俺の背後から狼狽えるような御更木弟の声が聞こえた。しかし、薫は気にせずに続ける。
「『何でも屋』のリーダーがウチのバカからあいつに変わった事は言ったろ? その時に、ついでに組織の方向性も変わったんだ」
「どんな風に?」
「色々と、法律に触れてしまう事までを『何でも』やる組織から、映画や舞台劇に関連する事なら『何でも』やる組織に、だ」
「……ほぅ」
なるほど。薫からの話で、大体のこの茶番の目的が分かった。
「つまり、だ。この誘拐は、そういう劇の一幕としてのものだと?」
「まぁそういう事になるな」
へぇ、つまりはそんなものの為に、今回俺と郷華はけっこうな迷惑を被る事になったんだと。
そう頭の中で結論付けると、俺の中で何かが弾けちゃったような気がした。
「ちなみにそうなった経緯はな、甲斐が元々――」
「いや、もういいよ薫」
更に説明を続けようとした薫を制す。そして一つ長い息を吐く。
「オゥコラ、御更木弟」
そして御更木弟へと向き直り、けっこう不機嫌な声を俺は出す。
「な、なんだね、矢城功司」
「……そっちにどういう理由があるのかとかは知らねぇ。もしかしたら俺には与り知れない、何か重大な事の為にこんな事をしてるのかもしれない。だけどなぁ……」
プロミスリングに手をかける。もう俺の心の中では天使と悪魔が二神合体に成功して大変な事になっている。
「けどなぁ、それだからって他人を巻き込んでいいなんて理由にはならねぇんだよ。てめぇの大切な事なんて、てめぇ自身にかける迷惑だけで解決しろってんだ」
どうしようかな、これ引きちぎっちゃおっかな、かな……と、最後の最後に理性が考える。
「だから……いいぜ、てめぇが何でも思い通りにこの茶番を通そうって言うなら……まずはそのふざけた劇をぶち壊す――!!」
プロミスリングへかけた手に、力を込める。もうなるようになれ、というか、本当、一発くらい御更木弟の顔を殴りでもしなきゃ納まらない……!
「そうだな、小僧の言う通りだ」
と、若さ故のテンションに流されて後悔するであろう行動をとる寸前だった俺を、やたら渋い声が止めた。その声がした方を見れば、ちょうどドアを開けて倉庫の中に入ってきた御更木の姿があった。
「あ、兄貴!?」
その姿を確認した御更木弟が驚いたような声を上げる。俺もプロミスリングに手をかけた状態のまま止まってしまっていた。
「随分と遅かったな」
「ああ、いつも使うコインパーキングが満車でな。少し遠い場所に止めに行っていた」
薫からの言葉に、御更木は厳つい顔を弟へと向けたまま答える。……ていうか、路上に駐車しないあたり、本当に律儀だな。
「それでだ、甲斐」
「な、なんだい、兄貴?」
御更木弟は焦ったように声を上擦らせる。
「この状況は、なんだ」
「いや、これは……その、俺たちが映像関係の『何でも屋』として活動するためのプロモーションの撮影というか……」
「それは分かった。では、それに何故、矢城功司が絡んでいる?」
「それは、あ、兄貴が矢城功司になら迷惑をかけてもいいって……」
「……オイ」
「確かにそれは言ったが、」
「オイ!」
弟からの大分聞き捨てならないセリフを肯定する兄。そしてツッコミを入れた俺を無視するという対応。なんて兄弟だ。
「しかし、小僧はともかくとして、そっちの少女はなんだ」
俺からのガンつけを完全にシカトしつつ、御更木はソファーに座った郷華を指さした。さされた郷華はイマイチ展開についていけてなかったのか、「はい?」という風に、まるで自分が当事者ではないような反応を見せた。
「この子は……その、プロモを撮る上での演出というか……」
「俺はそういう事を言っているんじゃない。その子は、ちゃんと全てを同意させた上で連れてきたのかと聞いている」
「え、や、それはその……」
目が泳ぐ、という動作のお手本のような仕草を見せる御更木弟。
「どうやら無理に連れてきたようだな」
それを見た御更木は、ゆらりと弟へ向けて歩き出す。
「い、いやでも兄貴! 矢城功司になら迷惑をかけても――」
「迷惑をかけていいと言ったのは、あくまで小僧単体だ。その関係者にまで迷惑をかけていいなどとは一言も言っていない」
いや普通に俺にも迷惑かけんのはアウトだろ……ってツッコミを入れたいんだけど、ダメかな……。
「まったく……いつもいつも、他人様に迷惑をかけるなと言っているだろう」
どうにかツッコミを入れられるタイミングは見つからないだろうか、と思っていたが、弟の目の前にまで移動した御更木の言葉により完全にツッコミタイミングを逃してしまった。
「え、えと、その、あの、兄貴様?」
「なんだ」
言いつつ、御更木は『ガッ』と弟の肩を掴む。
「もしかして、もしかすると……またあの更正プログラムとか……やらないですよね?」
俺と対峙していた時とはまるで別人のように、恐々とした表情で顔を青くさせる御更木弟。あんな表情をさせるなんて、更正プログラムってのはそんなにヤバいんだろうか……。
「ああ、あれはもうやらない」
「よ、良かっ――」
「聞き分けのない奴には、もう一段上の矯正プログラムを執行するからな」
一度は安堵した御更木弟の顔が、急転直下で完全に凍り付く。
「ああ、お前たちはもう帰っていいぞ」そして「いやだー」だの何だの騒ぎだした弟を抑えつつ、御更木は『何でも屋』のメンバーに声をかける。「ウチのバカが変な事に付き合わせてしまったな。すまない」
「いえい~え~」
「大丈夫だ、問題ない」
「お疲れ様っした」
「じゃ、現リーダー、せいぜい頑張るといいわ」
御更木弟の『助けてくれ』という目を見つつそう言って、爽やかに帰り支度を始める『何でも屋』の皆さん方。
「ちょ、兄貴様、本当に俺めっちゃ更正するからさ、その変なプログラムは止めにしないか?」
自分の部下たちが頼りにならないと確信した御更木弟は、兄へと直談判を試みる。
「そう言って何度も変わらなかったのはどこのどいつだ」
「い、いや、兄貴、今度こそ、本当に今度こそは大丈夫だから――」
「うるさい黙れ」
なおも往生際の悪い弟の首筋へ、御更木は手刀を振る舞う。それを喰らった御更木弟は変な声を上げた後、ぐったりと大人しくなった。
「面倒をかけたな、小僧」ぐったりとした弟を肩に担ぎ上げつつ、御更木は俺に向き合う。「すまないが、俺はこのバカをある場所へと送り届けなければならない。だから、帰りは電車やタクシーを使ってくれ」
「あ、ああ……」
「その際にかかった金は、薫に言ってくれれば後日俺が払おう」
「わ、分かった」
「薫、小僧と妹さんを駅まで案内してやってくれ」
「言われなくてもそのつもりだ」
なんとなく状況についていけない俺を置いて、御更木と薫は言葉を交わし合う。
「矢城功司君」
「は、はい?」
とりあえずここは御更木に何か憎まれ口でも叩いておくべきなのか? なんて考え始めたところで、倉庫にいた『何でも屋』のメンバーの中で唯一の女の人が話しかけてきた。
「はい、妹さん」
郷華がその人に連れられ、俺の目の前にやってくる。どこかその表情が申し訳なさそうだ。
「ごめんなさいね、二人とも。厄介な事に巻き込んじゃって」
「あ、いえ、そんなご丁寧に……」
女の人の丁寧で柔らかい調子の言葉に、俺は何となく畏まってしまった。……ていうか、御更木弟に対した時と随分違うな、対応が。
「ウチのリーダー、別に全部が全部悪い人じゃないのよ。ああ見えて悪いのは頭だけで、他にはそれなりに良いところがあるのよ?」
「ああ、それはまぁ……」
何となく分かるけど……
「だから、ちょっと勝手な気持ちなんだけどね、出来れば憎まないであげて欲しいな、この人を」
ぐったりして兄に担がれた御更木弟の頭を撫でながら、女の人は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべる。……なんていうか、大人の女の人のそういう表情ってズルいような気がしないでもない。
「まぁ、郷華も何ともない……みたいですし……憎みはしませんよ」
それに流された訳ではないけど、一応ちゃんと無事に郷華も返ってきた事だし、俺の中では『嫌な……事件だったね……』レベルの出来事だと思っておこう。
「うん、ありがとう。それと、窮屈な思いさせてごめんね、郷華ちゃん」
「あ、いいえ、こちらこそご飯をご馳走になってしまって……」
謝られた郷華は畏まってそんな事を言う。……つか、ご飯奢ってもらったのか……。
「それじゃあ、またの機会があったら会いましょう。じゃあね、矢城功司君」
そう言って、女の人はドアの近くで待っていた他のメンバーと共に倉庫から出ていった。
「…………」
その後ろ姿を見送りつつ、思う。『何でも屋』には俺をフルネームで呼ばなければならない規律でもあるのかと。
(まぁ……どうでもいいか)
『後頭部』にする『デコ』ピンくらいどうでもよかった。
「では、悪いが俺もそろそろ行くぞ。薫、後は任せた」
御更木も別れの言葉を吐いてから、弟を担いだまま倉庫から出ていく。……まさかあのまま街中を歩くつもりなんだろうか。
(……歩くつもりだろうなぁ)
三人になって大分寂しくなった倉庫の中で俺は、警察とかに見つかったらなんて言い訳をするんだろうかと考えていた。
「じゃあ、俺らも行くか」
もし自分がそんな状態になったらどうするか、なんて益のない思考を切り捨て、俺は薫と郷華に言葉をかける。
「ああ、そうだな」
薫はそう答え、さっさと倉庫から出ていく。
「郷華も行こうぜ」
「あ、ええ……」
俺もどことなく申し訳なさそうな郷華を連れて、倉庫から外へと向かった。