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その27

 俺と御更木がネチネチと変な牽制をし合う度に薫の叱責を受けたりしながら車に揺られる事、だいたい三十分弱。御更木の運転する車は郷華が拉致られているらしい住所の近くに到着した。

「……ここに郷華がいるのか」

 車内から後方に流れていく周りの景観を見回すと、目に付くのはフェンスに囲まれた何もない空き地や大小さまざまな倉庫ばかりで、およそ人が日常的に使うようなものが見当たらなかった。それに加え、道路自体の幅はそれなりに大きいが、車通りがほとんどなかった。

「それで、あれが私たちが集会に使っていた……今は矢城の妹が捕まっている倉庫だ」

 そんな郊外の一角にある倉庫を薫が指さす。その倉庫は少し大きな一軒家くらいのサイズで、周りにある倉庫に比べると小さく見えた。

「なんか……周りと少し比べると小さいな」

「それはそうだろう。せいぜい十人と少しの人数しか集まらない場所だからな」

「ふぅん」

 御更木の言葉に、俺は気の抜けたような声を返した。

「それにしても、誘拐っていうシチュエーションがこれ以上なく似合う場所だな……」

「人目につかないからな、この辺りは」

 薫からの返事を聞きつつ、俺はケータイで時間を確認する。

(現在時刻……午後四時三十分ちょっと前……か)

 五時くらいに行く、と伝えて、遅れてもいいから~なんて事を言われたけど、俺が早く到着する可能性はあちらの頭にあるんだろうか……なんていう妙な気遣いが頭に浮かんだ。

「どうかしたか、矢城?」

「いやなんでも……」

 ケータイを閉じ、俺はその気遣いを頭から追い出した。

「おい、小僧」

「あん?」

「俺は車を駐車場に止めてくる。お前は先に降りて、倉庫に向かっていろ」

 御更木はそう言って、ハザードランプを点けて目的地である倉庫の前に車を止める。それも広い道路の路肩にしっかり寄って。

「ああ、分かった」

 気遣いかどうかは分からないが、俺はその御更木の言葉に甘えて素直に車から降りる。

「私も行こう」

 それに続いて薫も道路に足を着けた。

「俺も車を止めてからすぐに向かう。薫によからぬ手は出すなよ、小僧」

「うるさい。黙ってさっさと行けっての」

「ふん……」

 そんなやり取りをしてから、御更木はハザードランプを消して車を発進させた。ご丁寧に右へウィンカーを出してから。コインパーキングの時といい、今の一連の事といい、顔に似合わず妙に律儀だな。

「あいつは交通ルールだとか世間のマナーやエチケットについてはかなりうるさいからな」

「……あの厳つい体と顔でか」

 そう言えば電話越しに薫との思春期会話を聞いた時にも水道代とか気にしてたな……なんて考えている内に、御更木の駆るSUVは突き当たったT字路を右折していった。

「…………」

 車が視界から消え、独特のボクサーサウンドも聞こえなくなると、急に辺りの静寂が耳に刺さってきた。それと同時に、今更になって俺の中に危機感が芽生えてきた。

 今までは、郷華からのメールや電話、薫とのやり取りに緊張感を全く感じてなかった。しかし遅まきながら、郷華が捕まっている倉庫を目の前にして、そして不気味にも感じられるほど静かな風景を肌に感じて、ようやく頭が認識しようとしてくれた。

 今起きている事は、非日常的な現実なんだと。

 危機的な状況なんだと。

「どうした、矢城。ずいぶんと表情が硬いが」

「いや……すごく間抜けな発言だけどさ、今さら事の重大さを実感したというか……」

「そんなに重大か、今回の件?」

「重大だと思うぞ、俺は。」

 尚も心配げに話す俺に対し、薫はフッと力を抜いた笑みを浮かべる。

「あまり心配するな。あいつの弟には私も何度か会った事があるが……奴はただのバカだ」

「や、それは郷華からの連絡で大体分かってるんだけどさ。それでもこうやってリアルにこんな所に来ると、そんな悠長な考えで大丈夫かって思うんだ」

「大丈夫だ、問題ない」俺からの言葉に対し、薫はそう言いきる。「きっと今頃、あいつの弟はお前に対する台詞の練習でもしてるんじゃないかと思うぞ」

「台詞?」

「ああ、台詞」

 台詞ってなんのだよ、と聞こうとしたが、薫がさっさと目的地である倉庫へ歩きだしてしまったため、俺も黙ってそれに続く。

 郷華が捕まっているらしい、「何でも屋」のアジドである倉庫。それは長方形に丸みの帯びた屋根を被り、辺の短い面には大きなシャッターを携えた典型的な形をしていて、鉄のフェンスに囲まれている。改めて近付いてみると、異様な迫力を感じてしまった。

「ここから敷地に入れる」

 薫はそう言って、来訪者を拒むように設けられたフェンスの一部を指す。そこは金網がドア状に作られていて、自由に開閉できるようだった。

「さあ、矢城」

「……俺が先に行くのかよ」

「当然だ。こういう時は男の子優先だろ?」

「さいですか」

 薫に促され、金網のドアを押して更に倉庫に近付くと、シャッターの近くに「何」というロゴマークが入った扉を見つけた。どうやらそこから倉庫の中へ入れるようだ。

 俺は慎重な足取りでその扉に近付く。すると、そこから誰かの声が漏れてきているのが確認できた。

「……?」

 よく聞き取れなかったが、それは何やら芝居じみた、演技がかったような話し声だった。

 俺は中の状況を探る為、ロゴの入った扉に耳を押し当ててみる。

『そこでカメラ! 被写体をズームズーム!』

『うぃっす』

『よし、他は自分の立ち位置を確認しろ! あちらはこちらのシナリオなんて知らないんだから、全員のアドリブが問われるぞ!』

「…………」

 ……中の声はよく聞こえたが、話の流れが全く見えなかった。

「なぁ、薫。これ、中で何やってるか分かるか?」

「ん? ああ、きっと演技指導かなにかだろ」

「……は?」

『おっと動くな!』もう少し詳しい説明を薫に頼もうとしたら、倉庫の中からよく通る声が響いてきた。『君の妹さんがどうなってもいいのかな!?』

「た、助けて~……」

 割りとのっぴきならなげな声の後に、ニュース原稿を読み上げているような見事なまでの棒読みぶりを惜しげもなく表現した郷華の声。

「……本当に何やってるんだ……?」

 先ほどからの会話から、倉庫内の状況が全く予想できなかった。

「まぁ、見てみれば分かるんじゃないか?」

 薫はそう言って、俺が耳を当てていた扉を指さす。……それはなんだ、俺にこの扉を開けと?

「そういう事だ」

「いやなんか、開きたくないんだけど」

「いいじゃないか。大丈夫、別にいきなり危ない目に遭うって事はないさ。多分」

「…………」

 ならお前が開けろよ……とは思ったものの口にはしなかった。

 俺はため息をはきつつ、扉のノブに手をかける。なんていうか、俺って押しに弱いんじゃないだろうか。

 そんな事を思いながら、倉庫内へと続く扉を開いた。

「さぁ、どうする矢城功司!」

 そしたら、俺の方へと指を指してそんな事を叫ぶ男と目がバッチリ合ってしまった。

「…………」

「…………」

 空気が固まる。俺は扉を開いた状態のままで、男は俺を指さしたままで。……なんとなくだけど、もしかして俺、かなりバッドなタイミングで入ってきちゃったのかな……。

「あの……お邪魔でしたか……?」

「あ、いえ、なんていうか、その、ちょっと時間をもらえますか?」

 思わず相手の都合を尋ねるような事を言ってしまった俺に、男はしどろもどろになりながら言葉を返してくる。お互いに何故かやけに丁寧な言葉遣いだ。

「あ、はい。それじゃあちょっと、出直してきますね……」

「え、ええ、三分くらい経ったら、また入ってきてください……」

 一歩身を引き、扉を閉める。

「ぷ……くくく……」

 ふと視線を薫に送れば、何がそこまでおかしいのか知らないが、腹を抱えて笑いを堪えやがっている。

「なぁ、薫」

「な、なんだ、矢城」

 頬をヒクヒクとさせながら、今にも綻びそうになる口元を隠そうともしない薫。この野郎……。

「確かに危ない目には遭わなかったけど、ものすごく気まずかったんだが」

「うん、そうみたいだな! 二人とも変な丁寧語で……くっ」

 明るくそう言って、また吹き出しそうになるのを堪えようとする薫が憎たらしくて仕方ないんだが、どうすればいいんだろうか。

「ていうか何なんだよ、あの状況は……」

 薫の処遇はひとまず先送りにするとして(でも絶対に許さない)、俺は先ほど見た倉庫内の状況を思い起こす。

 倉庫内の広さは、ざっとした目測で学校の教室二つ分ほど。俺の入った扉から対面の壁にも扉が設けられていて、外観の大きさからするに、恐らく更に奥にもう一つ部屋があるのだろう。床には木箱やらなんやらといった貨物類は一切見当たらず、代わりにカーペットが敷かれていたりソファーが置かれていた。そしてその中でもとびきり高級そうなソファーには郷華が座っていて、その周りには、男が三人と女が一人。俺を指さしていた男はその四人から離れ、比較的俺の入ってきたドアの近くにいた。

(という事は、あの五人が郷華を誘拐したのか?)

 倉庫の中にいた五人の事を思い出す。俺を指さしていた男の風貌は、まずかなり端正に整った顔立ちが目に付き、次いでスラッとした身長やどことなく色気のある立ち方、更にしどろもどろになりながらも、その声は澄んでいてよく通るものだったように思える。総じて俗に言う、イケてるメンズというものの典型的な姿だった。

(他は……あー、確かみんな同じくらいの年齢だった……気がする)

 その男との衝撃的な出会いのせいで、他の人の特徴がイマイチ印象に残っていなかった。俺の姿を見た郷華の少し驚いたような表情は脳裏に焼き付いたのだが。

「いつまで笑っていやがるつもりですか、お前は」

 そんな兄バカみたいな事を考えつつ、俺は未だにプルプルと震えている薫の後頭部にデコピンをプレゼントする。

「痛っ。矢城が女の子に暴力を振るった」

「お前はさっきから男の子の心にひっかき傷を残しまくってんですが」

 いい加減傷つくぞ。傷ついて夜も眠れなくなるぞ。

「いやいや、女の子と男の子では傷の重さに違いがあるんだぞ?」

「デコピン一発と転校初日の自己紹介にウケを狙ってスベったようなあの空気が同等だと言うのか、お前は」

「それも一つの思い出だろ? そういう積み重ねを繰り返して、人は大人になるものさ。当時は笑えなかったことも、時が経てば何物にも代え難い宝物になることだってある。人間はそういう面倒な生き物だからな」

「さも俺が自己紹介でスベった事があるかのような口振りで無理矢理いい話に持ってこうとするのをやめて頂けますか?」

 秋葉学園に転校してきた時、俺は当たり障りのない自己紹介をしたっての。

「さ、それよりも、そろそろ倉庫の中に入らないか?」

「……ああ、そーだな」

 それよりも、で片づけられる事にかなり納得がいかなかったが、俺は憮然とそれに従う。そろそろ先ほどの男のやり取りから三分くらいは経ちそうだったし。

(いつか何かしらの方法で復讐しよう……)

 俺はそんな事と、「後頭部」に「デコ」ピンするという表現は何かおかしいんじゃないかと考えながら、再び倉庫の扉を開いた。


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