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その26

 だんだんと厳しくなってきた太陽の日差しを受けつつ、リビングで見てしまったバカ親の醜態を出来るだけ早く脳内メモリから消去しようと、街並みなんかを眺めつつのんびりと駅への道を歩いた。しかしそれでも、普通に歩いて二十分くらいで着いてしまう場所へ約束の一時間前に向かってしまえば、決められた時刻よりもかなり早く到着してしまう。それは自明の理だ。

 しかしまぁ約束の時間に遅れるよりは断然マシだし、それなりに栄えた駅の周りには色々なものが集まる。いざとなれば、それらで時間を潰せばいい……と思っていた。

「……およ?」

 しかして実際に春風駅に到着してみれば、まだ約束の時間まで三十分もあるというのに、改札口の近くにはとても不機嫌そうな表情をした薫の姿があった。

 もしかして時計が狂っていたのかと少し焦り、ケータイの時計と改札口の近くに設けられた時計とを見比べてみるが、双方の誤差は一分ほどだった。ならばメールを読み違えたのかと確認してみれば、薫からのメールには『大体一時間後くらいに、春風駅で』と書いてあった。

「……?」

 じゃあ何で薫は既に駅にいて、しかも不機嫌そうなんだ? もしかして、大体一時間後っていうのがものすごく幅の広い大体で、薫にとっては三十分前に待ち合わせ場所に着いた俺すらも遅刻扱い……とか?

(いやそれは流石にないだろ)

 薫はそんな偏屈なやつじゃない……よな。

「かお、る……?」

 とにもかくにも、そのまま疑問に思っていても仕方なかったので勇気を出して声をかける。最後の最後で実は人違いなんじゃないかという可能性が頭によぎったため、ちょっと自信なさげに。

「あ? ああ、矢城……」俺の姿を確認して、薫の表情が不機嫌そうなものではなくなる。「随分と早いな」

「いや、それはこっちの台詞なんだが?」

 良かった、人違いじゃなかった……と安堵しつつ、薫に言葉を返す。

「ああ、私もこんなに早くここに来るつもりじゃなかったんだが……」

 と、うんざりしたような口調の言葉を聞いた直後、背後から殺気にも似た寒気を感じる。反射的にそちらの方へと振り返れば、

「……何だ、またおまえか、矢城功司……」

 山に転がっている岩の方が表情豊かに見えるくらいの仏頂面を構えた御更木佑が立っていた。

「……どうも、お久しぶりで」

 俺は御更木に対し、冷淡とも捉えられるトーンの言葉を投げる。ついでに薫が不機嫌そうだった理由が少し分かった。

(ああ、どういう経緯かは知らないけど、こいつがいるから薫は……)

 チラリと薫へ視線をやれば、ものすごく嫌そうな表情をして御更木を睨んでいた。

「という事は、本当だったのか」

「は?」

 御更木は薫に視線をやる。

「また俺の組織が動いている、などと言いつつ、いやに楽しそうな顔で洋服を選ぶふっ……」

 と、途中で御更木の言葉は途切れる。薫がものすごい速さで御更木へと踏み込み、掌底を腹にぶち込んだため。

「黙っていろ」

「むっ……」

 かなり冷たい薫の言葉に、御更木は不服そうに口を閉じた。……ていうか今の一撃、軽く意識を刈り取れそうなほど鋭かったんだが……なんで平気なんだこの人?

(それはともかく……楽しそうに洋服を選ぶ、とか言ってたけど)

 御更木の言葉を思い出しつつ、やさぐれた表情をしている薫の姿をマジマジ見つめてみる。

 上は白いシャツ(正確にはシャツとは言わなそうなものだが)に、薄い青色をしたジーンズ皮のブラウスを羽織り、下は白基調でまとめられ、淡い模様の入ったロングスカートをはいていた。足下はどうやら、少しヒールの高い靴を履いているようだ。

「? どうかしたか、矢城」

 と、薫が俺の視線に気づき、訝しげな表情を浮かべる。

「あ、いや……何ていうか、珍しい服着てるなって思ってさ」

「……変か?」

 薫は少し不安そうな表情を浮かべる。

「や、似合ってるし、なんだか新鮮な感じがして、俺はいいと思うぞ?」

「そ、そうか……」

 先ほどから転じて、照れたように表情が綻ぶ。……今日の薫は本当にすごい新鮮だ。

「おい小僧」そんな薫に少し見とれて夢心地な俺を現実へと強制送還させる御更木の重い声。「少し表へ出ろ」

「断る」

 即答でその要請を拒否する。

「拒否権などない」

 ガッと厳ついお手々が俺の肩に置かれる。そしてそこになかなかの力を込められる。

「う、る、さ、い。何で俺がお前に従わなくちゃならない」

 ちょっと――いやかなり痛かったが、我慢した。

「目の前で人の娘を誑かした罰だ」

「はっ。あの程度で誑かしたとか、あんたは何時代の人間だっつの」

「ふん、最近の若いのは口だけが達者だからな。そう言って薫をどんどん深みにハマらせていくつもりだろう?」

「偏屈だな……。可愛いものを素直に可愛いって言って何が悪いんだよ」

 ギリギリ、ギリギリと。

 厳ついお手々のゴツイお指が肩に食い込んでいく。しかし引く訳にはいかなかった。なんか知らんけど、御更木だけには負けたくない気持ちが俺の中にあった。

「どうせそのような事を何人もの女に言うのだろう? そんな意志薄弱でナヨナヨした男に薫との付き合いを認める訳にはいかんな」

「その弱っちぃ男に腕っ節で負けたのはどこのどいつだったかな」

「何!? 貴様、やはり無理矢理薫の事を手ごめかふっ……」

 と、暴走モードに突入しかけた御更木の顔面に、薫の拳が入る。

「お、お前は! こんな真っ昼間から何を口走ろうとするんだッ!!」

 そして薫は顔を真っ赤にして叫んだ。

「いや、この小僧がお前を押し倒したりッ……」

「だからそういう事を口に出すなって言ってるんだ!!」

 怒声と共にもう一発、御更木の顔に入る拳。

「む、そうか。次から気を付ける」

 もう既に、なかなか強力な攻撃が三発も入っているのに何でもないようにそう言う御更木。どういう体してんだよ。

「もういい、お前は喋るな!」薫は御更木にすぐ抜けそうな釘を刺してから俺の方へ向き直る。「ほ、ほら、妹さんを助けに行くんだろ!? さっさと行くぞ!」

「あ、ああ……」

 薫の剣幕に圧倒されて、慌てて頷く俺。

「いや、待て」

「待たん!!」

 御更木の言葉も無視し、券売機へ向かおうとする薫。

「まぁ落ち着け」

 しかし御更木に肩を掴まれ、立ち止まってしまう。

「……何だよ」

「俺も、弟に用がある。だからあいつの所に行くのなら俺の車で行けばいい」御更木はチラリと俺へ視線を送る。「それに、不本意だがあいつも急いでいるようだしな」

「…………」

 薫は不機嫌な表情で俺を見る。

「や、まぁ、確かに出来るだけ早くあっちに着いた方がいいけど……」

「……それなら……仕方ない」

 そしてかなり不本意そうに頷いた。

「話は決まったな。ならば行くぞ」

 御更木は改札口から離れ、今しがた俺が歩いてきた方へと進んでいく。それに続くように、俺と薫は足を動かす。

「……なぁ薫」

「うん?」

 御更木について歩く道すがら、俺は薫に話しかけた。

「あれさ、約束の時間よりだいぶ早く駅にいたのってさ……」

「ああ……」薫はうんざりしたような表情を浮かべる。「あのバカがどうしても一緒に来ると言って聞かなくてな。それであいつの車でここまで来たんだ。それも約束の時間よりかなり早くな」

「やっぱりか……。それにしても早すぎないか、家を出るのが」

「なんでも、このくらいの早さに合わせられないような奴は私と会う資格はないらしい。だから矢城が十分以上私を待たせた場合、お前を狙撃するつもりだったらしいぞ」

「十分以上待たせたら狙撃って……」

 なんの前触れもなく約束の時間を早めてるのに、なんてシビアな。

「……あと一分遅かったら、狙撃されてたぞ」

「……マジ?」

「マジだ。だからどうやってあのバカを止めるかをずっと考えていたんだが……」

「俺が予想以上に早く駅に来た?」

「そうだ。その点、すごく助かった。ありがとう」

「あーうん。どういたしまして……」

 珍しく薫から真っ直ぐな言葉でお礼を言われた。……そんなに御更木を止めるのが嫌だったんだろうか。

「それに……服の事とか……」

 次いで、恥ずかしそうに語尾をすぼめる、しおらしい口調になる薫。それに対し少しだけ意地悪な気持ちが俺の中に生まれる。

「いや、それに関しては誰だって褒めるぞ? すごく似合ってて可愛いし」

「だっ……だから、お前はそう言うことを面と向かって言うな……」

 ストレートに褒め言葉をもらい、薫は赤くなった顔を俯かせて消え入りそうな声を出す。本当にいい反応を見せてくれるなぁ。

「おい小僧」そんな嬉し恥ずかしなやり取りを引き裂く御更木の声。「貴様はもう歩いていけ」

「断る」

 先導していた歩みを止め、こちらを振り返った御更木に拒否の意を伝えた。

「貴様にそんな決定権があると思っているのか?」

「さぁね、あるんじゃない?」

「質問に質問で返すな。ないに決まってるだろう」

「なんでそう決めつけられる」

「運転手は俺だ」

「あーはいはいそうでしたね。まぁ俺は別に電車使って歩いてってもいいけど、そうなると薫も俺と一緒に行くことになるけどな」

「なぜそうなる」

「いやそもそも俺は薫に道案内を頼んだわけだし」

「ふん、貴様のような男と薫を二人きりになどさせるか」

「なら俺も乗せてくしかないんじゃないのか。俺みたいな男と薫が二人きりになったら大変だもんな。今日の薫はまた一段と可愛いし」

「なに!? やはり貴様、妹をダシに呼び寄せた薫を襲う予て――」

「お前ら少し黙ってろ!!」

 と、いささかヒートアップし過ぎた感がある俺と御更木の言葉によるドッヂボールを、顔を赤くした薫の怒声が止めた。

「さっきから黙って聞いていれば、本人の目の前で何を言っているんだお前らは!!」

「いや、すまん。ちょっと熱くなっちゃって」

「俺はこの小僧がお前を襲わないか心配――」

「だからそういう事を口に出すな! お前は黙って先導してろ!!」

 素直に謝った俺はお咎めを受けなかったが、素直に余計な事を口走った御更木は更に薫に怒鳴られる。

 娘からの言葉に、御更木は不承不承、車が止めてあるらしい方角に歩き出す。最後に俺を一睨みしてから。

「まったく……」

 薫はそれを確認してうんざりしたように呟く。頬がまだ少し赤かった。

「矢城、お前もお前だ。何で熱くなってるんだ、矢城らしくもない」

「いや、俺だってたまには熱くなる時があるんだ」

 ていうか熱くなるのが俺らしくないって、俺は普段どんなイメージを周りに与えているんだろうか。

「だからといって、目の前であんな会話を聞かされる身にもなってみろ。恥ずかしいとかそういう次元の話ではないぞ」

「ん、まぁ……」

 俺もそんなシチュエーションは御免被りたいな。……でも、そういうシチュエーションになった時って、誰と誰が言い争うんだろう。

「それにしても……」

「ん、どうかしたか?」

 薫のケースに合わせると、俺の母さんと薫が言い争うのか? なんてどうでも良すぎる事を考えていると、薫から妙な視線をもらった。

「いや、矢城はあのバカの事が嫌いなのかと思ってな」

「は?」

「矢城がムキになってるところなんて、普段はあまり見かけないような気がするのだが……今日だけでもう二回も見ている。それもあのバカと話をしている時に、だ」

「ああ……」

 俺、そんなムキにならないようなクールキャラに見えてるんだ……じゃなく。

「それはなんていうか、アレだ」前を歩く御更木に一度視線をやってから、小声で続ける。「あいつは、喧嘩仲間というか……なんかそんな風に感じるんだよ」

「ほう?」

「俺、この前の事件までさ、色んな意味でマジな喧嘩ってした事なかったんだ。自分の能力の事もあるし」

 五月のアレを喧嘩と称していいかは謎だが。

「でもあいつとは、割りと本気で戦って、結構ギリギリなところで勝った感じがあるから……なんて言えばいいのかな」

「……普段の、矢城と氷室みたいな感じか?」

「ああうん、それ結構近い」薫の挙げた例に、俺は頷く。「だからなんていうか、遠慮するのがバカらしい……喧嘩仲間みたいな感じ。まぁそれでも嫌いか好きかって聞かれれば嫌いだけど」

「なるほど……」

 薫は神妙な表情で頷く。そしてフッと不敵な笑顔を浮かべる。

「私と似たようなものか」

「や、薫にとってあれは父親だろ?」

「まぁ戸籍上、一応はな。でもどちらかというと、年の離れた兄のような存在でもあるがな」

「ふ~ん……」

 でもお前と御更木のやり取りはどう見ても思春期な娘と娘心の分からない父親のものだったけど、と思ったけど口にはしない。

「何をコソコソと話している」

 と、薫との会話がひと段落したところで、御更木が歩みを止めず、再度俺に話しかけてきた。

「何いきなり話しかけて来てるわけ?」

「ふん、自分の娘とどこの馬の骨ともしらん男がコソコソと話をしていたら、それは十中八九よからぬものだ。それを止めぬ訳にはいかんだろう」

「勝手に決めつけんなっつの。そういう一方的な押しつけが教育現場に蔓延るから差別が生まれんだよ」

「どうあがこうと、この世界から差別や戦争はなくならん。なくなるとしたら、それは人類が地上から消える時だ」

「だからって諦めて何もしないより、少しでもそれを減らそうとあがく方が遙かに有意義だろうが」

「どうとでも言え。今はそんな事より、貴様の妹を助ける方が先だろう」

「当たり前だ。世界の行く末なんて、二の次だ。俺には関係のない話だからな」

「……お前等は一体何と戦っているんだ」

 と、悪ノリしだした会話を薫の呆れたような声が止める。

「いや、つい……」

「つい、じゃない。全く持ってついていけないぞ」

「薫、俺は駐車場についたと言おうとしただけだ。すべては小僧が悪い」

「人のせいにするな」

 薫はため息をつきつつ、俺と御更木の言い訳をあしらった。

(って、話に夢中で気付かなかったけど、駐車場についたのか)

 俺は御更木の言葉を思いだし、御更木の進んでいる方向へと視線を送る。そこには駅の近くにならどこにでもあるような、車六台分の駐車スペースがあるコインパーキング。

「…………」

 御更木が律儀にコインパーキングを利用している……というのがなんだが妙な構図に思えた。

 そんな自分の中に出来たチグハグ感をうまく処理できない俺を置いて、薫は御更木に説教しながら、御更木は薫に短い言葉を返しながら、さっさとコインパーキングへ歩いていく。俺は慌ててそれを追った。

 そしてコインパーキングにたどり着くと、御更木は薫に自分の財布を渡し、駐車スペースに止めてある車(六連星のエンブレムがついたブルーメタリックなSUV)の元へと向かう。薫は薫で、妙に慣れた手つきで出入り口にある黄色い機械の数字の書かれたボタンを押して、駐車券とサービス券らしきものを投入していた。

「……妙に慣れてるな」

「ん、ああ。あいつの車で出かける時は大体この系列の駐車場を利用するからな」

「へぇ……」

 薫とそんな会話をしていると、御更木が車を俺たちのすぐ横まで運転してきた。

「さぁ乗れ」

「ああ」

 薫は迷わず車の後部座席の扉を開き、車に乗り込む。俺はちょっと迷ってから、同じように後部座席へと乗り込んだ。

「……何故、貴様まで後ろに乗る」

「あんたと隣同士に並ぶのが嫌だったから」

 薫の隣に腰掛けてからかけられた御更木の低い声に、正直な気持ちを返しておく。

「貴様……そう言いつつ、実は薫の隣に座りたかっただけではないだろうな……」

「いや俺と薫、教室の席隣同士だから、なんか自然とこうなっただけだ」

「何!? という事は貴様、薫の右隣が自分の居場所だという告は――」

「あーもう!! お前らは黙っている事が出来ないのか!?」

 そしてまたヒートアップしかけた俺と御更木を大声で叱り、説教モードに突入する薫。

 ……そんなバックグラウンドミュージックをお供に、車は郷華の捕らえられている場所へと向かった。


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