その23
「さて……」
目的地であったゲームセンターに足を踏み入れた俺は、目的を達成すべく辺りに目を配る。
とりあえず、なし崩し的に一緒に来てしまった学友たちの動向を調べる。
東は天笠と一緒に、なんかすごくイキイキした表情で薫をプリクラのコーナーに引き連れて行った。龍鵺は先ほどアイドルシスターとかいうゲームと一緒に話をした、某歌を歌ってくれる電子アンドロイド(略して某歌ロイド。訓読み推奨)の音ゲーへと走っていった。で、桐垣は……
「ふむ、みんなやる事が決まっているみたいだな。……矢城はどうする?」
……特に目的がないのか、俺と同じくお店の入り口から少し入ったところで立ち止まっていた。
「ん、俺はまぁ……」
俺は桐垣に対し、曖昧な言葉を返す。
「なんだ、矢城から来たいと言ったのに、特にやる事もないのか?」
「いや、俺のイメージだと『ゲーセン行こうかなぁ』って言った俺にお前らが勝手についてきた感じなんだが」
桐垣の言葉にため息混じりの返事をする。
……そもそも、俺は一人でゲーセンに来るつもりだったのだ。一度家に帰ってからまた繁華街の方まで出るのは面倒だったから、学校帰りに。
で、学校から帰る時にはなんとなく東と一緒に帰るという世界の強制力的不文律があったため、俺は東に一声かけたのだ。ちょっと、寄るところあるからと。
そしたら東が何処にと尋ねてきて、俺がゲーセンと答えると、何故だか龍鵺もゲーセンに寄るとか言い出して、なし崩し的にいつものメンバーで寄る事になってしまったのだ。
まぁそれもいつもなら別に構わない事だったのだが、今日だけは事情が違った。
今日、このゲームセンターに寄った理由。
それは、ちょっと郷華にぬいぐるみでも取っていってあげようなんて事だ。
郷華とは昨日、一応の仲直りはした。それでもまだ、俺は一度もあいつから「兄」と呼ばれていない。
このままではお兄ちゃんの威厳とか尊厳に関わる、と状況を危惧した俺はプレゼント作戦に走る事にしたのだ。
安易な考えだと人は言うだろうが、安易ということは外す可能性も少ない王道なのだ。きっと。それに郷華の部屋にぬいぐるみあったし、多分迷惑がられる事はない……はず。ちなみになんでゲームセンターでぬいぐるみを調達するかといえば、一身上の経済的都合のためである。だってぬいぐるみ、ファンシーショップとかだとすごい高いんだもん。
話を戻して、郷華にプレゼントするぬいぐるみを取るにあたっての支障があった。
それは、『妹の為だなんてシスコンじみた行動原理から動物とかの可愛い系なぬいぐるみを取ろうとしている姿を友達にみられたくない』という、見栄的なもの。
だから一人で来るつもりだった。なのに何故かみんなついてきた。しかもさっき龍鵺にシスコンって言われてドキッとした。
だがしかし、起きてしまった事はもうしょうがない。ここまで来てしまったんだから後には引けない。俺の勝利条件は、ひっそりと、誰にも見られないようにぬいぐるみをゲットする事だ。
なので、真っ先に目的に向かっていった奴らはいいのだが、別段やりたい事がない桐垣を俺からどう引き離すのが鍵になるだろう。
そこまで考えたところで、背後で自動ドアの開く音。
「とりあえず、ここに固まってたら迷惑になるし、適当に見て回ろうぜ」
「ああ、そうだな」
俺は桐垣からの返事を受け、とりあえず龍鵺が向かった音ゲーの集まるコーナーへと足を進めた。
ゲームセンター内へと続く自動ドアが開くと同時に、騒がしい音が鼓膜を震わせた。
「び、びっくりした……」
ついでに、少し間を置いてから店内に入ったのに意外なほど近くにあった兄さんの背中に、心臓が飛び跳ねた。
幸い、いきなりの事に硬直してしまった私に気付かずに兄さんはお店の奥の方へと歩いていってくれた。
「……さて、どうしよう」
未だに跳ね回る心臓をどうにか落ち着かせつつ、私はこれから取るべき行動について考える。
とりあえず、兄さんはお店の奥の方――リズム系ゲームのコーナーへ向かったようだ。別に他意とかは全然ないけど、一応兄さんを尾行している私もやっぱりそっちの方へと行くべきなんだろう……けど。
「…………」
つい目がいってしまうのは、クレーンゲームのコーナー。
「……しばらく来なかったから、見た事ないぬいぐるみがある……」
何度も言うようだけれど、曲がりなりにも私は女の子。可愛いものが、大好きっていう程じゃないけど好きなのだ。それにクレーンゲームって、自分の力で欲しい物を獲得するっていう達成感があって楽しいし。
「……どうしよ」
一応、お財布は持ってきてある。中にはなけなしの樋口さんが控えている。この樋口さんを野口さん四人と桜十枚にエクスチェンジして、貯金箱という異名を持つクレーンゲームの筺体に投資したい衝動に駆られる。というか、もうジーンズのポケットからお財布を取り出している。でも、いや、しかし……。
(……ここは一度冷静になろう)
私は一旦、間を置くようにして、入り口の近くにある店内の地図を眺める。このゲームセンターは二階建てで、二階はメダルゲームとアーケードゲーム、一階にはプリクラやクレーンゲーム、リズムゲームなどがあるようだ。
(そういえばクレーンゲームの魔力で忘れてたけど……私、兄さんか東さんに見つかったらダメな気がする)
と、そこで私は兄さんを尾行するに当たっての基本事項を思い出す。あの二人に見つかった瞬間に強制送還されるとかそういう訳じゃないけど、こっそりと後をつけているんだし、見つかったらどこか負けた気分になる。それに兄さんに、私がこそこそと尾行していた、なんて知られるのは癪だった。
(一応、どこにどんなものがあるのか覚えておこう)
そう思った私は、地図を舐めるように見つめる。
とりあえず二階の事は置いておいて、一階。
このゲームセンターの入り口は、どうやら私や兄さんたちが入ってきた所にしかないようだ。そして入り口から入ってすぐ、右に曲がれば魅惑のクレーンゲームコーナー、左に折れれば二階へと繋がるエスカレーターがあり、直進してお店の奥の方へ行くと、プリクラのコーナーとリズムゲームのコーナーが並んであるようだ。各コーナーの広さは、地図からの大体の目測だけれど、クレーンゲームがフロアの七割方を占めていて、プリクラが二割、リズムゲームが残り一割といったところだろうか。
実際にクレーンゲームのコーナーの方へと視線を巡らせてみる。……結構な数の筺体があるにも関わらず、人が通るためのスペースにはゆとりがあった。
(えっと……兄さんはリズムゲームの方へ行ってて、東さんは多分、プリクラの方に行ってると思うから……)
外での会話や、先ほどの兄さんの行き先を見るに、どうやら一階においての安全地帯はクレーンゲームコーナーのようだ。
「……仕方ない、よね。これは」
別に私がどうしても行きたいって訳じゃないのだけれど、兄さんや東さんに見つかっちゃいけない以上、クレーンゲームコーナーに身を隠さなきゃいけないのは自明の理だし。
「うん。仕方ない、仕方ない」
それとゲームセンターに来て何もしないっていうのはお店に失礼だと思うし、まぁ、一回くらいは何かをやるのが礼儀だと思うから、樋口さんを両替するのも絶対不可避の事。
そう思い、私はお財布を手に両替機に向かった。
音ゲーのコーナーにて、狂気じみたプレイ技術を惜しげなく披露しまくっている龍鵺を遠巻きに見物した後、流石に女子高生がひしめくプリクラコーナーに足を踏み入れる勇気はなかった為、俺と桐垣はゲームセンターの二階に赴いた。
で、赴いたのはいいものの、やっぱり目的もなく適当にアーケードゲームを見て回る事に。
「なんというか、氷室は色々と凄かったな……」
「ああ。もうあれはスゴいを通り越してキモいの領域だな。まるでガンシューやってる時のお前みたいだった」
「なに? 俺がガンシューをやってる時ってあんな風なのか? 周囲の目を意に介さず、ノリノリで、薄ら笑いを浮かべながらゲームする姿なのか?」
「ああ、まさしく」
そんな会話をしながら、ちょうど生物危機的なウィルスによってアンデット化した世界を駆け巡る感じのガンシューティングゲームの前を通りかかる。
「……!?」
と、そこで桐垣が突然立ち止まる。
「どうかしたのか、桐垣?」
「抜かれている……」
「は?」
抜かれているって、何が?
「記録だ。俺が一ヶ月前に打ち立てたスコアレコード」
「ああ……」
ガンシューティングをプレイ中はキャラが変わったかのようになる桐垣。そんなにまで熱中するコイツは、ガンシューティングの腕もピカイチである。多分だけど、ここら一帯のゲームセンターのガンシューティングには必ずといっていいほどの確率で桐垣のレコードが載っているだろう。
その桐垣がホームとしているのが、俺らの寄り道御用達なこのゲームセンター。当然、そんなゲームセンターにあるガンシューティングに桐垣のレコードがない訳がなく。
「ふ、ふふ、ふふふふふ……」
不気味な笑い声をあげている桐垣の隣で、俺もガンシューティングのデモ画面を見続けてみる。しばらくすると、デモプレイ画面の後にスコアの順位が表示され、確かに桐垣の打ち立てたレコードの上に新しいレコードが作られているのが確認できた。
「……で、なんでお前はそんなキショい笑い方してるんだ?」
「ずっと待っていたからだ……」
「待ってた?」
「ああ。一番上っていうのはな、往々にしてつまらないものなのだよ。何故なら目指すべき目標もなければ、張り合うものもない……」
「でもお前、全一スコアに挑戦するとか言ってたじゃん」
「ああ、確かに全一という標もある。しかし、それは少しばかり遠い存在なのだ」
「ふーん……」
「俺が必要としていたのは、身近な目標、ないしはライバルだ。ちょっとした偶然で出会えるような……そんな存在なのだ」
桐垣はそこまで言うと、ガンシューティングの筺体に近づいていく。気がつけばいつの間にか、奴の右手には百円玉が握られていた。
「ふふふ……遂にあの新パターンを試す瞬間が来たようだ……」
その百円玉を筺体に投入し、そんな事を言いつつプラスチックな銃を手に取る桐垣。
「あー、桐垣さん?」
「おっと、手助けは無用だぞ、矢城。これは俺が打ち倒さねばならない敵だからな……」
「いやそうじゃなくて……ああいや、そういう事でいいや。とりあえず俺、適当にどっか見て廻ってるぞ?」
「御意に」
「じゃ、そういう事で」
その言葉を受け、俺は桐垣に背を向け、本来の目的を果たす場所へと歩き出す。背後から不気味な桐垣の笑い声が時折聞こえてきたが、振り返らずに。
そう、あいつにはあいつのライバルがいるように、俺には俺の目的があるのだ。
「ようやく一人になれたぜ……」
最初の難関を越えた俺は、そう呟きながらエスカレーターに足を乗せた。
五回目の挑戦で、ようやくアームの癖が分かってきた。
「どうやら右側のアームだけ強いみたいね……」
私が取ろうとしているクレーンゲームの景品。それは、某色々と危ないネズミさん系列のキャラクターが文字盤に描かれた腕時計。本当はぬいぐるみ系の物が欲しかったのだが、それは後回し。楽しみは最後の方に取っておくのが私の性分なのだ。
「……ふむ」
一回百円、六回五百円のクレーンゲーム。私は迷わずに五百円を入れた。どうせ百円で取れるものではないし。五百円なら一回お得だし。ズルズルと何回も挑戦しないし。
それはともかく、私の初期投資で許容された挑戦回数はあと一回。ようやくアームの癖も分かるくらいには感覚が掴めてきた。
「これは、やっぱり右のアームに引っかけるようにした方がいいのかしら……」
腕にはめる形で、輪っか状にされてプラスチックの土台がつけられている腕時計。その輪っかに右のアームをかけるようにした方がいい……気がする。
「……逆転の発想で横に倒しちゃったやつを持ち上げるっていう手も……」
なんて呟きつつ、私はアームの横移動ボタンを押す。少し迷ったけど、やっぱり狙いは右アーム引っかけで。欲しい絵柄の時計はそれじゃないと取れなさそうだし。
目測で、右のアームが狙いの時計を少し過ぎたあたりでボタンから手を離す。若干スベったアームは、大体私の望んだ通りの位置で止まってくれた。
続いて奥へとアームを動かすボタンへ手を伸ばす。角度的に奥行きの距離感は把握しづらい上、腕時計は少し角度を持たせた円形で置かれているため、こっちの操作はそれなりの精密さが必要だ。
(こういうのって、経験的には少し大雑把にやると上手くいく……ような気がしてる)
そう思い、力を抜いてボタンを押す。アームがスベる分もなんとなく考えつつ、この辺かな~的な位置でボタンから指を離した。
(……うん、だいたい理想形)
そして最後に、広がったアームの爪先が文字盤くらいの高さまできたところで、三つ目のボタンを押す。ボタンを押したところでアームはそれ以上下がる事を止めた。
そして、左右のアームが閉じていく。
「……よし」
狙い通り、閉じた右のアームに腕時計が不安定に引っかかってくれた。あとはそのまま、アームが時計を落とさずに私の元まで運んできてくれる事を願うのみ。
落ちるな~落ちるな~、なんて念を惜しみなく腕時計に送る。その念が届いたのか、無事にアームは腕時計を景品出口にまで運んできてくれた。
久しぶりの小さな達成感を味わいつつ、しゃがんで景品出口から腕時計を取り出す。そして「次は何を取ろうかな」なんて思い、立ち上がって辺りを見回した私の視界には兄さんの姿が写った。
「あれ……?」
桐垣の記録を打ち破ってくれた誰かに感謝しながら一階に降り立ち、UFOキャッチャーのコーナーに足を踏み入れてそれっぽい景品を探している俺の目に、なんだか見た事があるような後ろ姿が写った。
「郷華……?」
某表記しちゃうと色々と厄介なネズミさん系列の腕時計を持ち、何だか慌てた様子でどこかへと走って行ってしまった女の子。その後ろ姿が郷華っぽかったのだが。
「そんな訳ないか」
遠大な迷子になった昨日の今日で、郷華がこんなところに来るとは思えないし、見間違いだろう。そう結論づけて、俺はUFOキャッチャーの景品物色を再開する。
(そういや、郷華ってどんな感じのぬいぐるみが好きなんだろ)
参考までにと部屋にあったぬいぐるみの事を思い出してみる。確か郷華に似てるような印象を受けたウサギのぬいぐるみと、ネズミすら狩れそうにないような間の抜けたトラのぬいぐるみ……だったよな。
「……うーん」
残念ながら、その情報だけでは的が全く絞れなかった。
「さて……どうしたもんかね」
俺の好みで選ぶとするなら、郷華の持っている間の抜けたトラみたいなやつを取ると思う。ああいう感じのシュールさというかギャップというか、個人的にはそういう趣に萌えるから。
「でも俺の好みで選ぶってのもなぁ」
呟きつつ、UFOキャッチャーのコーナーを見て回る。目につく景品は、女の子受けの良い有名なキャラクター物や大きなお兄ちゃん受けしそうなフィギュアばかりだった。
もういっそ無難なキャラクター物でも取っていこうかな、なんて妥協案が脳裏に浮かび始めた時。
「!」
UFOキャッチャーのコーナーの隅っこ、端も端、壁際で従業員の出入りが激しそうな場所。そこの筺体に置かれた景品に視線が釘付けになった。
「あ、あれは……」
俺は筺体に近付き、ガラス越しに景品を見つめる。
恐らくそれは、ペンギンをイメージしたぬいぐるみなんだろう。胸から足下にかけては白の体毛、他は深い群青色。黒とも灰色ともつかない曖昧な色に塗られたクチバシは若干の半開き、そしてクチバシの生える顔には気だるさとか絶望感とか自棄とか虚脱感とかそういうのを絶妙なバランスで配合させて表現したような、白色に黒のグリグリした丸い輪郭を持たせた丸目がある。その目はどこか遠い虚空を眺めているようだった。そのぬいぐるみは、足の裏をこちらに向けて、翼が劣化したヒレ(正式にはフリッパーというらしい)を足の間に向けて作られているあたり、座っている様子を表現したかったように見える。その外見だけですでに俺の琴線が16ビートを奏でているのにも関わらず、しっぽの辺りに付けられたタグには『らすと・えんぺらー君』なんていう素敵すぎるネーミングがやる気なさそうな字で書かれている点やシリーズ的に丸目→涙目→鷹目と種類があるらしい辺りに歴史やストーリー性を感じてしまって、この運命的すぎる出会いに心臓がボクサーサウンドを叩き出してしまっている。
「これはあれなのか、あの目は最後の皇帝ペンギンになってしまった事を愁う気持ちを表現してるのか……!?」
そんな深い勘ぐりを入れて切なくなる程に、このぬいぐるみは魅力的だった。
「…………」
俺は一呼吸おき、冷静に無言で財布を取り出す。そして中身を確認。小銭入れには五百円玉が鈍い光を発していた。まるで「ここは俺に任せろ!」とでも言わんばかりに。
「…………」
俺は無言のまま、その五百円を筺体に投入する。うん、まんま俺の好みで選んだぬいぐるみの訳なんだけど、安心してほしい。もし郷華がいらないって言っても俺の物にするし、むしろこれは自分用に取るようなものだし。
そういう自己弁護で繕った一回目の挑戦。まずは様子見、ダイレクトに『らすと・えんぺらー君』を狙ってみる。
「……あ」
そしてまさかの展開。ダイレクトに狙ったアームは、『らすと・えんぺらー君』のフリッパーに上手く引っかかり持ち上がる。その様がなんていう名前かは忘れたけど宇宙人を捕まえました的なあの絵に妙にシンクロし、より切なくなる。
「…………」
そしてそのままやんごとなく、『らすと・えんぺらー君』は景品出口に落とされる。まさかの一発ゲットに切なさが加速した。
「……くっ……」
とりあえず『らすと・えんぺらー君』を取りだそうと景品出口をのぞき込めば、あの全てを内包したような目と俺の目が合う。切なさが勝手に世紀末だ……。
『らすと・えんぺらー君』を手に取った俺は、意外すぎる程に良い手触りを味わいながら、筺体に背を向ける。なんというかもう、残りのクレジットはくれてやる。
振り返った先のやけにぼやけた視界に郷華の姿が写ったような気がしたが、今の俺はそれどころではなかった。
突然振り返った兄さんの視界から姿を消すべく、私は慌ててクレーンゲームの筺体の陰に入り込む。入り込んだ位置からは兄さんの姿は見えず、という事は兄さんの方からもこちら側は死角になる。
「……バレた……のかな」
姿は隠したものの、私の姿は割りとハッキリ兄さんに見られてしまった。これはバレてない方がおかしいと思うけど……。
筺体の陰から、少し顔を出して兄さんの方を窺ってみる。
兄さんは何やら、ペンギンみたいなぬいぐるみが入った筺体に背を向けて天井を仰いでいる。その腕の中には、今しがた取ったであろうペンギンみたいなぬいぐるみ。
(あ……あれちょっと可愛いかも)
じゃなくて。
(なんで兄さん、天井をジッと見つめてるんだろ)
兄さんに抱かれたぬいぐるみの事はひとまず置いておいて(でも機会があったら私も取ってみよう)、なんで兄さんがあんな姿勢のまま固まっているのかが気になった。
(私に気づいた様でもないし……)
そういえば、振り返った兄さんが少し涙目だったような気がする。
(……なんで涙目?)
あのぬいぐるみを取るのに樋口さんや諭吉さんが飛んでったとか?
(いや、確か兄さんは一発であれを取ってたハズ)
じゃあなんでだろう。
「あれ、郷華ちゃん?」
と、私は少し考える事に集中しすぎていたんだろう。そのせいで失念していた。兄さん以外にも見つかったらマズい人がいるという事に。
「はい?」
うっかりと失念したまま、振り返る。その視線の先には……
「あ、やっぱり郷華ちゃんだ」
「うぇ!?」
にっこりと柔らかい笑顔を浮かべる東さんがいた。
「あ、ああああの――」
「郷華ちゃんもこういうところに来るんだ。一人で来たの?」
「え、いや、そ、その……」
うっかりしていたドジな自分を心の中で責め立てつつ、私はこの局面をどう切り抜けるべきかを考える。ここで東さんに見つかってしまった以上、上手い切り抜け方を見つけなければ兄さんにも私がここにいる事が伝わってしまう。そしたら、こんなストーカーの真似事をやっていた事が、しかも兄さんを尾行していたなんて事が白日の下に晒されてしまう。
(そ、それはなんかヤだ……!)
例え偶然このゲームセンターに居合わせただけだと伝わっても、それもそれで兄さんに弱みを見せるようで嫌だった。
「郷華ちゃん?」
「え、えーと、えと……」
ぐるぐる巡る思考。どうしようか、どうすればいいのか、どうしたいのか。
「ひ、」
「ひ?」
そこで結局私がとった行動。からから空転した愚考の行く末。どうしようもない選択。
「人違いです――!!」
そう言い、とりあえず女子トイレめがけて走り出す……という、今時マンガでも見ないようなベタなごまかし(ごまかしとかそういうレベルじゃない気がする)だった。
天井の一点を見つめて潤いすぎた瞳を乾かす事に専念している内に、「らすと・えんぺらー君」たちを捕らえたUFOキャッチャーのクレジットがなくなったようだ。
「……ふぅ」
それと時間をほぼ同じくして、ようやく瞳に浮かんだ涙もなくなってくれた。胸の中の切なさは未だにくすぶっているが。
「ねぇ、功司君」
「うん?」
天井を仰ぎ見ていた視線を下ろせば、そこには東の顔があった。
「どうかしたか?」
「うん、ちょっと聞いて欲しい事が……って、功司君もどうかした? なんか、目がちょっと赤いような……」
「気のせいだ」
東からの指摘を即否定し、少し瞬きをしてごまかす。
「それにすごく大事そうにぬいぐるみを抱いてるけど」
「気のせいだ」その指摘も口では否定しておく。口では。「それで、なんかあったのか?」
「あ、うん。あのね、さっき郷華ちゃんみたいな女の子を見かけたんだけど……」
「郷華みたいな女の子?」
そういえば、さっき時計を取ってた女の子が郷華に似てたような気がするけど……
「人違いじゃないのか?」
「えーと、うん、本人がそう言ってたんだけど」
「は?」
「や、郷華ちゃんかなって思って話しかけたら郷華ちゃんだったんだけど、その子、なんか『人違いですー』って叫んでどこかに行っちゃったの」
「…………」
「……信じてないでしょ」
「いや、だって……なぁ」
そんなアニメのような事をする人間がいると思うか? と『らすと・えんぺらー君』に心で問いかける。当然返事はないが、それはきっと否定の沈黙だ。
「まぁ俺も郷華っぽい女の子は見かけたけどさ」
「じゃあ、やっぱりあの子は郷華ちゃんだったのかな」
「でもその子が郷華だとしたら、なんで東に対して『人違いですー』なんて言って逃げるんだ?」
「……さぁ? 何か見られちゃいけない事をしてたとか?」
「見られちゃいけない事……ねぇ……」
実はアニメ好きで、アニメキャラのフィギュアを収集する事が趣味だとか? もしくはガチな警察沙汰になりうる事をしでかしてたとか?
(いや、郷華に限ってそれはないだろうな)
郷華はきっと、不器用だけど優しい良い子。それが兄の見解。いや、兄貴だからって贔屓目で見てる訳じゃないぞ?
「見られちゃいけない事なんて、なんかあるか?」
「んー、実は功司君を追いかけて来てて、それで見つかるのが恥ずかしい……とか?」
「それこそあり得ないだろ」
未だに俺は郷華から兄と呼ばれてないんだぜ? そんな俺の事を郷華が追いかけてきてるって事はないだろ。そもそも、俺は郷華に兄と認めてもらうべくプレゼントを取りに来てる訳だし。
「郷華がそんなに俺に対して興味を持ってるようには思えないんだが」
「うーん、そうかなぁ……」
そう呟いて思案顔をする東。
(つか、東がいたら俺、ぬいぐるみゲットに奔走できないじゃん)
その傍ら、俺はそんな事を考えていた。
けっこうガムシャラに走って見つけた女子トイレに駆け込み、個室に飛び込んで扉の鍵を閉める。カシャンという施錠の音を聞いたところで、私はヘナヘナと力なく便座に腰かけた。
「……はぁ」
別に花を摘みに来た訳ではないが、そこで多少の安堵と多大な焦燥の混じったため息を吐き出した。
「……どうしよ」
言い方が少し変だけど、兄さんの観察に夢中になりすぎていたせいですっかり東さんの存在を失念していた。そのせいで東さんに見つかってしまい、きっともう兄さんにも私がこのゲームセンターにいるという事が割れてしまっただろう。
(となると、どうにか兄さんよりも先に家に着いて、さもずっと家に居ましたよ~みたいな顔でいれば……あるいは……)
上手くいく可能性は限りなく低い。そもそも母さんに出かけるって事を告げてるし。
「でも、可能性はゼロじゃない」
よし、と私は気合いを入れ、便座から立ち上がり、何もしていないけど世間体を気にしてトイレの水を流してから個室を出る。そして手を洗い、自前のハンカチで手を拭いながら鏡に向けてキリッとした表情を作ってみせる。
(スニーキングミッションには、拷問にも屈しない精神力が必要だわ)
そしてそんな事を思い、女子トイレから出ようとした――
「わっ」
「おっと」
――ら、入れ違いでトイレに入ってこようとした人とぶつかってしまった。
「す、すいません」
「いや、こちらこそ」
私とぶつかった人はそう言うと、長く綺麗な黒髪をなびかせて颯爽とトイレの個室に消えていく。私はその後ろ姿に少し見とれる。
(……綺麗な人だったな)
私も自分の黒髪にはそれなりに自信を持っていたが、あの人の髪には適う気がしなかった。
(それに立ち振る舞いもなんかカッコよかったし……)
と、そこで我に返り、トイレの入り口でそんな事を考えている自分が恥ずかしくなり、私はスタコラとその場を後にした。
「そういえば、薫と天笠はどこに行ったんだ?」
東と合流してしまってからしばらく二人でUFOキャッチャーのコーナーを見て回り、『らすと・えんぺらー君』をゲームセンターに配備してある獲得した景品を入れる用の袋に入れ、東がいかにも女の子受けしそうな猫のぬいぐるみをゲットしようと財布を取り出したところで、俺はそんな事を訊ねた。
「んー? 楓ちゃんはリズムゲーム? の方に行って、薫ちゃんはトイレだって」
「ふーん……天笠って音ゲーとかやるんだな」
天笠とはあまりゲームセンターに来ないため、その東の言葉はなんとなく意外な感じがした。
「それで、薫ちゃんは後で私のところに来るって言ってたよ」
UFOキャッチャーの筺体に百円硬貨を入れつつ、東が言葉を続けた。
「へー……」
俺はその言葉を聞き、これじゃあますますぬいぐるみをサーチアンドアクワイアー出来ないじゃんと自分自身よく分からない英語を織り交ぜた心境報告をする。
(どうしよっかな……)
東が猫のぬいぐるみを取ろうとする姿をぼんやりと眺めつつ、俺はこれから取るべき手段を考える。
(……薫までもがここに来ちゃうと、もうぬいぐるみをゲットするチャンスはなくなる気がする)
そうなる前に、出来れば『らすと・えんぺらー君』以外のぬいぐるみを取っておきたい。
(幸い東はUFOキャッチャーに集中してるみたいだし、一声かけて何か探してこようかな)
というか、もうそれ以外に手はないような気がした。
「東、ちょっと俺、その辺見て回ってくるぞ?」
「ん、りょーかーい」
縦方向へとアームを動かすボタンを慎重に押している東からの気の抜けた返事。その言葉を聞き、俺は東の元を離れる。
(……本当なら、東が今挑戦してるぬいぐるみを取りたいところだったけど)
いかにも、という形容がピッタリなほど女の子受けしそうな猫のぬいぐるみ。あれならきっと外さないハズだったけど……
(でも、どうにもイマイチなんだよな、あの猫……)
確かに俺も可愛いと思う。だけど、どうにも個性に欠けてる気がしてならないのだ。俺はもうちょっとヒネったぬいぐるみの方が好きだ。『らすと・えんぺらー君』とか、いつだったか龍鵺が持ってたダンゴみたいなぬいぐるみとか。
「ま、俺の趣味で選ぶようなもんじゃないけど。プレゼント用だし」
そんな事を呟きつつ、UFOキャッチャーのコーナーを見回していると一つの筺体が目に付いた。ゲームセンターの入り口付近にあるその筺体の中には、スズメを模したようなぬいぐるみが鎮座していた。
「お、あれいいな」
外見はニワトリをスズメの配色にしたような感じ。そのどことないシュールさに加え、スズメの表情がとても楽しそうにニコニコしているのが妙に可愛らしかった。
「ちょっとやってみるか」
そう思い財布を取り出して小銭入れを見てみる。銀色に輝く百円硬貨が三枚、目についた。
次にプレイ料金を見てみると、二百円で一回、三百円で二回できるようだった。
「よし、レッツゴー」
それを確認して、早速百円玉を三枚、筺体に投入。入り口に面を向けて設置されているせいか、ちょっとした視線や自動ドアの閉開する音が少し気になる。
(気にするな、気にしたら負けだ)
そんな事を思いつつ一回目のプレイ。とりあえず、羽を閉じて座っているような姿勢のぬいぐるみの下にアームを入れて、抱え上げる感じに狙ってみよう。
横移動、縦移動と慎重にアームを動かす。
そして概ねぬいぐるみの真上辺りでアームを停止させ、後は天命を待つのみになった。
「……ダメ、か」
しかしながら勝利の女神は俺には微笑んでくれず、ぬいぐるみはちょっと持ち上がりはしたものの、すぐにアームから落ちてしまった。
(でも少しは持ち上がったし、上手く角度とか合わせればいけそうだな)
そう思い、二回目のプレイ。横軸の移動はさっきと同じように。縦軸は、頭の方に重心があるようなので少し手前に止まるようにしよう。
そんな方針を立て、横移動を済ませる。アームが滑ったせいで若干行きすぎたが、まぁ及第点。
次に縦移動だが、少し自信がなかったため、ちょっと恥ずかしかったけど体を筺体の脇の方へ動か……
「「あ……」」
……したら、なんか丁度こちらの方へと歩いてきていたらしい郷華らしき女の子と目が合った。
出口へは慎重に向かっていた。出来るだけ人目に映らないように、されど不自然にならないようにと気を遣い続けていた。しかし、ゲームセンターの入り口兼出口が近づいてきた事で、気を抜いてしまったんだろう。
「「あ……」」
その結果、突然クレーンゲームの筺体の陰から顔を出した兄さんとバッチリ目が合ってしまった。そして私と同時に間の抜けた声を出す兄さん。
「…………」
「…………」
無言。お互いに無言。私は右足を前に踏み出した状態で、兄さんは筺体から顔を出した姿勢のまま固まる。
「……きょ、郷華ですよね?」
幾ばくかの間を置いて、兄さんがぎこちない口調でそう訊ねてきた。
「……ええ、まぁ」
私は少しの間、人違いと答えるかどうかを悩んだ後、結局正直に答える。
「何故にこのようなところに……?」
「ちょっとした、所用で」
「へ、へぇ~」
「…………」
「…………」
どこか白々しく言葉を交わした後、また無言になる私と兄さん。どうしよう、どう打開しよう、この状況。
考えあぐね、所在なく視線をさまよわせる。
「あ……」
そして兄さんが今プレイしているであろうクレーンゲームが目に付いた。兄さんはアームを横移動させたままの状態で固まっていた。そのままでいてしまうと縦移動というアクションを介さずに、留まっているその場でアームが開いてしまう。つまり、クレジットを一つ無駄にしてしまう。
「兄さん、それ早くやらないと」
クレーンゲームにはそれなりのこだわりとかを持っている私は、思わず兄さんにそう言っていた。
「兄さん、それ早くやらないと」
突然出くわした少女が郷華だと判明し、なんだか変な沈黙を生み出していた空気を、郷華が破った。
「……え?」
が、俺は郷華が発した言葉を不肖な思考回路が処理できずに依然固まったままでいた。
「これのボタン。早く押さないと、クレジットが無駄になるから」
「あ、ああ」
その言葉を聞き、半ば忘却していたUFOキャッチャーの存在を思い出し、縦移動のボタンを押す。
(……郷華は今なんて言ったんだ?)
押したはいいが、先ほど郷華が俺に対して放った言葉が気になる。……俺の聞き間違いじゃなければ、「兄さん」って呼ばれたような……。
「……あ」
そんな事を気にしていたからだろうか。ぬいぐるみの少し手前を狙っている、という事を無意識に覚えていたのはいいものの、いささか手前過ぎるんじゃないかという位置でアームを止めてしまった。
(やっべ……これは取れないかも)
そんな俺の考えを置き去りに、アームはゆっくりと広がり、ぬいぐるみの元へとゆらゆら降下していく。
「…………」
視界を郷華の方へと移せば、郷華は黙ってぬいぐるみを掴もうとするアームへ視線を送っていた。
俺も郷華にならい、黙ってアームを見つめる。
「お?」
正直、取れないだろうなと思っていた。しかし降下する際に少し角度のずれたアームは、上手くぬいぐるみの羽に引っかかってくれたようだ。
「お、お……」
お尻の方へとやや傾きつつ、奇妙なバランスで持ち上がるぬいぐるみ。アームが動く度に落ちるんじゃないかとヒヤヒヤさせてくれる。
「おー」
その不安定なバランスのまま、どうにかアームはぬいぐるみは景品出口まで持ってきてくれた。その様はまるで一点差の九回裏にリリーフしてランナーを一、三塁まで抱えつつも無事にセーブをあげる劇場型クローザーのようだ。
「まさかあの位置から取れるとはな……」
そんな事を呟きながら、俺はニワトリみたいなスズメを手に抱える。ぬいぐるみはフモフモした手触りがした。
「取れて当然でしょ、あれくらい」
「いやそうは言っても、実際にかなりギリギリなラインだったような気がするぞ?」
縦移動ボタンからの終始を見守っていた郷華に対し、そんな言葉を返しながら、ふと先ほどから抱えていた疑問を思い出す。
「って、そういえばなあなあにしてたけど……」
「え?」
「なんで郷華はここにいるんだ?」
「あ……」
俺の言葉に郷華はしまったというような表情を浮かべた。
「あ……」
しまった、と思った。
(ついあのぬいぐるみが取れるまで見守っちゃったけど……)
よく考えてみればそんな場合じゃなかった気がする。
(ど、どうしよう)
今さら人違いなんて言える訳もないし、言ったところでどうにもならないし、かといってこの場で逃げてしまうとあとあと面倒な事になりそうだし……。
「さ、散歩?」
考えあぐねた結果、微妙に正直な答えを返すことにした。疑問系で。
「散歩?」
「そ、そう、散歩……」
散歩でゲームセンターに来るってどうだろう、と自分で自分にツッコミを入れる。まるで私が暇さえあればゲームセンターにくるゲーマーだと思われるんじゃないだろうか。
「ふーん、そっか。まぁ外に出るのはいい事だけど、迷子にならないように」
と、兄さんは私の言葉を特に気にした様子もなく、まるで子供扱いをしているような発言をする。……心配されるような事をした昨日の今日だけど、少しムッとした。
「ところで郷華」
「……何?」
何か言い返そうかと思い始めたところで、兄さんがまた口を開く。
「さっきさ、俺の事なんて呼んだ?」
「さっき?」
「さっき。これ――」そう言って兄さんはクレーンゲームの筺体を指さす。「――を、早くやらないとって言った時」
「…………」
はて、私は兄さんに対して何か特別な事でも言っただろうかと頭を捻っていると、
「俺の気のせいじゃなければ、さっき『兄さん』って……」
「……!!」
言われて思い出す。なんというか、思わず「兄さん」って口に出してた事を。
「い、いや、あれは違うから!!」
「違うって何が?」
「何がって、それは、その……とりあえずあなたとは関係のない話だったんですっ!!」
うわぁ、恥ずかしい。何でか分からないけど、兄さんの事を「兄さん」なんて口に出して呼んでたのがものすごく恥ずかしい。ああ、顔がすごく熱い……。
「……そうか」
兄さんはそんな私の様子を見て、どこか笑いを堪えているような顔をしている。
「な、なんですかその顔は!?」
「いや別に?」
「いや別にって、絶対何か勘違いしてるでしょう!?」
「んー? 勘違いはしてないと思うぞ、俺は。いやー、郷華が俺の事を――」
「だ、だからそれは関係のない話だって言ってるじゃない! あれは別にあなたに向けた言葉じゃないんだから、勘違いしないで下さらない!?」
「じゃあ何に向けて『兄さん』って呼んだんだ?」
「そ、それはその……」
「このぬいぐるみ?」
「だ、だから、その……あーもう!!」
「くく……」
「笑うのを止めなさい!」
「いや、ごめんごめん」
「なんか慈愛のこもってるような目も禁止!!」
「ははは……」
「う~……」
兄さんはなんだか嬉しそうに笑っている。その声や表情を見ていたらなんとなく怒るに怒れなく、どう照れ隠しをしたものかと思ってしまう。いや、便宜上照れ隠しと表現したけども、実際にこんなやり取りを嬉しく思ったり楽しく思ったりしている訳じゃないですから。勘違いをしてはいけない。
「あ、いたいた。功司く~ん」
兄さんとそんな小恥ずかしいやり取りをしていると、片手に少し大きめの景品袋を持った東さんが私たちのところへやってきた。
「おお、東」
「こんなところにいたんだ――って、郷華ちゃん?」
と、兄さんと一言声を交わしてから、私の方へ向き直る東さん。
「ど、どうも」
「やっぱりさっきの女の子って郷華ちゃんだったんだね」
「え、ええまぁ……」
「人違いです、なんて言ってどこかに行っちゃうから、本当に違う人かと思っちゃったよ」
ああ、あのごまかし、割と効いてたんだ……。
「ところで、ちょっと顔赤くない? 郷華ちゃん?」
「……気のせいです」
「気のせい……ねぇ……」
兄さんがそんな事を呟いたのでキッと睨みつけておく。
「ところで、どうかしたのか、東?」
「あ、うん。薫ちゃんも来たし、私もあのぬいぐるみ取ったから功司君を探してたの」
「そっか」
「うん。……ところで功司君、やけに嬉しそうな顔してるけど、どうかしたの?」
そこで東さんからのキラーパス。いけない、このままだと非常にいけない流れになりそうだ。
「おお、聞いてくれ東。さっき郷華がな……」
「だっ! だから、さっきのアレはあなたの勘違いだって――」
「ん~? 俺はさっき郷華がアドバイスしてくれたおかげでぬいぐるみが取れたって言おうとしただけなんだけど~?」
「なっ――」
と、すごくニヤニヤしながらそんな意地悪な事を言ってくる兄さん。思っていた以上に悪い流れだ……。
「そ、それもこれも、全部そういう訳で言ったんじゃないから!!」
「はいはい、そうですね~」
「ぅ~……もう知りません!!」
そう言ってそっぽを向く私。ああ、顔から火がでそうなくらい熱い……。
そんな私に対し、兄さんは笑いながら、東さんはよく分からないといった表情で視線をくれる。
「さて、と。それで、薫はどこにいるんだ?」
「あ、うん。多分この辺りのゲームを見てると思うよ」
「じゃあ、ひとまず薫を探すか」
「うん。……それで、郷華ちゃんは?」
「え?」
そっぽを向きつつ兄さんたちの会話を聞いていた私は、突然振られた話に間の抜けた声を返す。
「郷華ちゃん、今一人でしょう? 私たちと一緒に色々回ってみない?」
「え、わ、私は……」
返答に窮し、なんとなく兄さんの方へ視線を送ってしまう。
「……まぁ、郷華さえ良ければいいんじゃないか? 龍鵺辺りがうるさくなりそうだけど」
兄さんは少し逡巡した後、そう答える。
「え、えっと……」
選択を委ねられた私は考える。兄さんたちと一緒にいてみるか、一人でいるか。
(……一応、多分だけど、迷惑じゃないみたいだし……)
それなら、一緒にいてみたいとは思う。人に慣れなきゃっていうのもあるし、それに今気づいてみれば、兄さんを尾行してる時は私の能力がどうとか、そういう事はほとんど気にしてなかったし……なにより楽しかった。
「そ、それじゃあ、迷惑じゃなければ……お願いします」
「うん、オッケーだよ~」
「まぁ普段ならアレだけど、こういう時くらいならな」
東さんは笑顔で、兄さんは少し言い訳がましく、私の動向を承諾してくれた。
「功司君、今の言い方だと歓迎してないみたいに聞こえるよ?」
「や、ほらさ、なんていうか……家族間の交流って友達とかに見られるの、少し恥ずかしくないか?」
何気ない言葉に、少し驚く。そして少しだけ、ほんのちょっとだけ兄さんの事を尊敬した。
「そんな事言っちゃって、本当は嬉しいくせに~」
「な、そ、そんな訳ないだろ、言いがかりはよしてくれたまえ」
私の事を、なんの臆面もなく「家族」と言える事に。上辺だけでなく、恐らく本心からの言葉で。
「あはは、ツンデレ~ツンデレ~」
「俺はツンデレじゃないと何回言えば分かるんだっつの」
「……ふふ」
……でも東さんとの明らかなパワーバランスを見ると、兄さんは尊敬できるところと普通なところのギャップが大きくて、なんだかおかしかった。
「ちょ、郷華、今笑ったろ? 兄のツンデレ否定を笑ったろ?」
「気のせいです」
「絶対に気のせいじゃねぇ」
「笑ったとしても、あなたの事を笑った訳じゃないですから。勘違いしない」
「もう、疑り深いなぁ功司君は。郷華ちゃんはあんな風になっちゃダメだよ?」
「大丈夫です、なりません」
「くそ、なんだこの女同士の結束は。俺への仕打ちは」
その恨みがましい声に、東さんと一緒に笑ってしまった。
……なんというか、まだ兄さんの事を「兄さん」と声に出して呼べないけど、
「じゃ、とりあえず薫ちゃんのところに行こっか」
「はい」
「そして俺を当然のように置いてかないで下さい」
こうやっていけば、いずれすぐに呼べるような気がした。