その21
「とまぁ、そんな事があった訳だ」
郷華と(暫定的に)仲直りをした翌日の昼休み、いつもながらのメンツで卓を囲んでの昼食中、その時に友人各位に送った例のメールの真意を尋ねられた俺は郷華との一連のやり取りを簡単に説明していた。
「へぇ、そんな事があったんだ。昨日のあのメール、矢城君の事だから、てっきり脳内設定の義妹の事だと思ったわ」
「俺を電波な存在にしないでくれるかな、天笠さん?」
そして開口一番、天笠から放たれるのは、まるで俺がイタイ子になってしまったかのような言葉。
「なんだ、また新しい第一歩を踏み外したのかと期待していたのだが、真面目な話だったのか」
「新しい第一歩を踏み外すってなんだよ……」
俺が変な方向への進化を遂げたと期待してやがった桐垣。
「……すまん、矢城。正直に言ってしまうと、昨日のメールからお前の事をあっち系なんだと勘違いしていたよ」
「あっち系ってなに? ねぇ薫さん? あっち系ってなんですか?」
軽く俺を蔑視していたみたいな薫。
「ところで功司お兄さん、いつになったらあの子を僕にくれるんですか?」
「いつから俺がお前のお兄さんになりましたか?」
何だか見当違いな事を言う龍鵺。
「良かったね、功司君。郷華ちゃんと仲直りできて」
「……東、お前だけだよ。俺の乾いた心を潤してくれるのは……」
唯一まともな事を言ってくれる東。やっぱり幼馴染は格が違うぜ。
「ところで功司君」
「うん?」
「そのみんなに送ったメールっていうの、私のところには来てないんだけど……」
「ああ、それはほら、東には家を出たところで会ったから、さ。だから別に送んなくてもいいかなって思ったんだよ」
でも東には本当に助けられたと思ってるぞ……と言葉を付け足す。
「あ、うん。役に立てたなら何よりだよ」東はそこで一度言葉を切る。「でもみんなの反応を見ると、少し気になるな。その功司君からのメールの内容」
「見てみるかい、理亜?」
そんな東の言葉を聞き、薫が俺の黒歴史が封印されているケータイを取り出す。
「うん、見せて~」
東はそう言うと、薫のケータイを覗き込んだ。
「…………」
薫と仲良さげに寄せ合わせている東の顔。その表情が一秒ずつ、『うわぁ……』みたいなものに変わっていく。
「……功司君」
「……なに?」
そしてメールを読み終わったのか、東はケータイから目を離し、俺の事をなんとも言えない感情がこもった目で見つめてくる。
「その、なんていうか……ね? 結構さ、気が動転してたのかもしれないけど……このメールだけ見ると、少しアレな人みたいだよ?」
唯一まともな事を言ってくれていた東。今やその面影はなく、俺の姿を哀れむような瞳に写している。
「アレってなんだよ、アレって……」
どうやら心を潤すオアシスは蜃気楼だったようで、一抹の希望を抱かせてから奈落へ突き落とすというこの変わり身は、俺の心に軽い感触で突き刺さった。
……流石、幼馴染は格が違うぜ。
「で、功司」
「なんだよ……」
サラマンダーより、ずっとはやい!! と言われた時に似た気持ちに苛まされ、いみじうさくりもヨヨと泣きたくなる俺に対し、やけに真面目な雰囲気なトーンで話しかけてくる龍鵺。
「昨日のあの子、本当にお前の妹なのか?」
「ああ、そうだが」
郷華を探している際に、龍鵺が繁華街の近くで郷華らしき人物を見たらしく、その情報のおかげで俺は郷華を迅速に見つけられた。
「その点はマジで助かったな……。あの情報がなかったら、もしかしたらまだ郷華が見つかってなかったかもしれなかったし」
「そうか、それは何よりだ」珍しく、憎まれ口も何も叩かない龍鵺。「それで、これが本題なんだが……」
「ん?」
「とりあえず、妹さんの連絡先をプリーズして下さい」
真夏に咲く紅葉よりも珍しく、キリッと凛々しい表情から放たれる、いつも通り過ぎる龍鵺の言葉。
「……なんで?」
「ほら、またあの子が迷子になったりしたら大変じゃないか。だから、そういう万が一に備えて聞いといた方がいいだろ?」
「というのが建前で、本音は?」
「てめぇあんな可愛い女の子が血の繋がらない妹で一つ屋根の下とかなんなんだよ有り得ないからていうか羨ましすぎるからとりあえず妹さんを俺に下さいつかくれ!!」
桐垣の合いの手。そこからいつものような表情でいつものような事を言う龍鵺。
「……お前みたいな奴に妹はやれん」
当然俺はその要請を拒否。
「何故!?」
「こっちが聞きてぇよ。つかそもそも、郷華の恋愛沙汰にどうこうって、俺が関われるような事じゃないだろ」
「なら連絡先を聞くのは!?」
「駄目だ」
「ホワイ!?」
「恋愛沙汰には関われないけど、やっぱり変な奴には近寄ってほしくないだろ?」
「あ、じゃあさ、私には教えてくれる?」
と、そんな俺と龍鵺のやり取りに東が入ってくる。
「ああまぁ、東なら。郷華に確認とってからだけど」
「うん、それじゃあ今度聞いてみて」
「ちょっとちょっと、功司さん!?」
「なんだよ」
「なんで理亜ちゃんには簡単に教えるのさ!?」
「いやだって、東と郷華は一応もう知り合ってるし」
純粋に郷華の事を心配してくれるし。
「何を言っても無駄よ、氷室君。矢城君はシスコンみたいだし」
「誰がシスコンだ」
天笠からの方向性が違うような気がしてならない発言。ていうか俺はシスコンじゃない。
「シスコンでしょう。どこの馬の骨ともしれない男には連絡先を教えず、将来のパートナーには教えるなんて。さしずめアレでしょう? 『お兄ちゃんは彼氏なんて認めません!』とか言って、血の繋がらない妹とキャッキャウフフするんでしょう?」
「少し待ってくれないか? 今ツッコミを入れるべきところを整理してるから」
「そこまでかどうかは分からないが、何だか子供が産まれたばかりの父親みたいではあるな、矢城は。ていうかウチにいるあのバカみたいだ」
とりあえず将来のパートナーあたりの件をツッコむべきかと考えていると、薫からそんな言葉が。
「いやいやいや、俺はお前の親父みたいにはならないぞ」
「え、功司君、薫ちゃんのお父さんに会った事あるの?」
「あ、いや……」
とっさに薫の方へツッコミを入れてしまったが、一番食いつかれたくないところを東に食いつかれてしまった。
「ああ、ちょっとウチの家庭事情で矢城には迷惑をかけてな。その時に顔をあわせた事があるんだ」
「ふーん」
と、薫からのフォロー。いつもならもっと深く掘り下げられそうな話だが、家庭事情云々と言われたので、東も多分遠慮したんだろう。
「で、僕はいつになったら功司さんをお兄さんと呼べますか!?」
「一生呼べないから安心して永眠でもしていてくれ、龍鵺」
というかまだその話を蒸し返すのか。
ぎゃーぎゃー喚く龍鵺をスルーしつつ、何とはなしに俺は珍しくあまり喋らない桐垣の方を見た。その桐垣は小難しそうな表情をしていた。
「桐垣? なんか、すごい珍しい表情になってるぞ?」
「ん、ああ、いや……」
話しかけられた桐垣は、歯切れの悪い言葉を小さくこぼす。これまたかなりレアな反応だ。
「まぁ、なんだ。少し驚くかもしれないが……俺にも妹がいてな」
…………。
「……は? なに?」
「だから、俺にも妹がいるという話だ」
「…………」
少しどころじゃないくらい驚いたんだが。周りのみんなも結構驚いてんだが。ていうか桐垣の妹ってどんな子なんだろ……すげぇ気になる。
「まぁそれで、ちょっとウチの妹は常軌を逸しているというか、なんというか」
「お前が言うな」と言うべきか「桐垣の妹だもんな」と言うべきか迷った挙げ句、俺は全く関係のない「具体的には?」という先を促す言葉を発していた。
「まぁ……こう言うのは何だが……まず趣味が、氷室と合うと思う」
「…………」
龍鵺と言えば、ほぼ二次元に魂を売っている――いや、むしろお金を払って引き取ってもらったような人間だ。そんな奴の趣味はと言えば――お察し下さい。
「それは別にいいんだ。誰がどんな趣味を持とうと問題はない」桐垣はそこで一度、言葉を切る。「問題なのはな、ウチの妹……その、すごく言いづらいが、ブラザーコンプレックスなんだ」
「…………」
そのカミングアウトに、俺は言葉を失う。ていうかどう反応しろと?
「や、でもさ、ほら、この歳になっても兄妹仲が良好なのはいい事じゃないか?」
とりあえずフォローを入れてみる。
「自己紹介の時に『将来の夢はお兄ちゃんのお嫁さんです♪』と言う兄妹仲がか?」
「あ、いや、でもそういう事を言ってくれるくらいの歳が一番可愛いんじゃないかな?」
「一つ年下の妹だぞ?」
「え、えーと……」
……ダメだ、これ以上のフォローは俺には出来ない……。
「まぁ、今は少し遠くの学校に通ってるんだがな。それも寮に住み込みで」
「そ、そうか」
「あまりのブラコンっぷりにウチの親も流石にマズいと思ったらしく、俺から離れさせるためにそこへ通わせたらしい」
「へ、へぇー……」
と、そこで桐垣は妙に優しげな表情になる。
「まぁ、身勝手な感情だが……少し鬱陶しいと思っていた妹も、離れて暮らしてみると若干寂しくなるものだな」
重いんだか軽いんだか、ギャグで流していいのかそれともシリアスに受け止めるべきなのか判然としない桐垣の妹話も、そんな言葉を持って締めくくられた。
「まぁそういう訳で、矢城もそんな風にならないように気を付けるんだな」
「あ、ああ……」
……おそらく、普通に真っ当な生活を送っていたら、あの郷華が「お兄ちゃん大好き♪」なんて言うことはまずないと思うが。ていうかどんな事をしたら郷華がそんな事を言うようになるんだ?
――キーンコーンカーンコーン……
それよりも桐垣の妹の方が気になるな、なんて思っていると、五時間目の予鈴が鳴った。