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その20

 朱色に染まりかけた道を、ただひたすらに走っていた。

 どこへ向かっているのかも分からず、下を向いたまま。

 ……先ほどの、部屋でのあの人とのやり取りを想う。

 同情したような顔、何故だか妙に哀しげだった表情、私を気遣おうとする言葉。

 それらを反芻する度に、心の中で訳の分からない感情が渦巻く。

 それは、むしゃくしゃするような、苛つくような、温かいような、嬉しいような。

 自分の事ながら、前者二つの気持ちはともかくとして、後者二つの気持ちは認めたくなかった。その後者の気持ちは、まるで私があの人に救われてしまっているみたいじゃないか。

 あんな……暢気に、悠々と過ごしてきたあの人に。

「っ……」

 それだけは、認めたくなかった。

 だから、あの人を憎もうとする気持ちを大きくしようとする。

 そうすると、また心が乱れて感情を抑えられなくなってしまう。

 そして、私の能力が勝手に人の心を拾ってきてしまう。

『うわ、なんかすごい綺麗な子だな』

『なんだあの子。泣きながら走ってる』

 すれ違う人や、私の事を見ている人。

『あー、腹減ったな……』

『なんだこのメール。そんな女の子がいる訳……あった』

 近くにいる、私の事とは関係のない事を考えている人。

 それらすべての『声』が、私の心に入ってくる。

(うるさい、うるさい、うるさい……)

 そう思って耳を塞ぐ。しかし尚も、見知らぬ誰かたちの『声』は聞こえてくる。

『彼氏ほしいなぁ』

『あーくそ、DQN共め……道端に座ってんじゃねぇ』

『ていうかめちゃくちゃ可愛いじゃねーか、あの野郎め……』

『たりぃな……なんかいいこと起こんねぇかなぁ……』

『やば、早く帰んないと。見たいテレビが始まっちゃう』

『ダイエットは明日から。今そう決めたの』

 それらの『声』から逃れるように、私は人のいなさそうな方向へと走る。

 ……そうしてどれだけ走っただろうか。

 気付けば私は、人影もほとんど見えない郊外の道にいた。

 もう陽の色は完全に茜色になり、東の空は暗い色に覆われ始めてきていた。

 家を飛び出してからほとんど走りっぱなしだった私は、そこでようやく足を止めた。そして乱れた息や心拍数を落ち着かせる。ごちゃごちゃとしていて整理できなかった気持ちも、少しは落ち着いた。

(……どこだろう、ここ……)

 全く土地勘のない場所を、わき目もふらず、ただがむしゃらに走り続けていた。そのせいで、自分がどこをどう走ってきたのかが分からなくなってしまっていた。

 しかも、ケータイやお財布なんかも部屋に置いてきてしまったため、どこかに連絡を取る手段もない。

(完全に迷子だ……どうしよう……)

 どうやってあの家に戻ろうかと考えたところで、気付く。あんな一方的な事を泣き喚きながら押しつけた手前、どんな顔をしてあそこに戻れるのかという事に。

(それに……元から私の帰る家なんて……)

 そう思うと、いつの間にかに止まっていた涙がまた流れ出そうになった。私はそれを袖口で拭う。そして、重い足取りでとぼとぼと歩きだした。

 どこへ向かっているのか、どこへ向かえばいいのかは分からない。それでもこの場に留まり続けているのは何となく嫌だったので、私はどこかへと向けて足を動かす。

 そうやってしばらく歩いていると、小さな公園に行き着いた。

 私はなんとはなしに、その公園に足を踏み入れる。

 公園の中には、お世辞にも大きいとは言えない広場、二つのブランコ、それから砂場に滑り落ちる滑り台と小さな鉄棒があった。

 私はその広場に設けられた木のベンチに腰掛ける。走り詰めだったせいで、足が少し痛かった。

(私は……なんであんな事を言っちゃたんだろう)

 少し冷静になった頭で、部屋での事を思い出す。

 ……きっとあの人は、いつまでも馴染めない――馴染もうとしない私の為に話をしにきてくれたんだと思う。あの人と話していて、そんな決意じみたものが伝わってきた。

 他愛もない趣味の話をすれば、私の趣味について詳しくなる為に、クラスメートに話を聞こうと考えてくれたり、愛想なんて全くない私と根気よく向かい合ってくれたり。

 心を読まれているのが分かったみたいなのに、一方的にひどい事を言われたのに、私を受けとめようとしてくれたり。

 そういう事が、嬉しくない訳じゃなかった。でも、何故だろうか。それを認めてしまうのがひどく癪だった。

(素直じゃないな、私は……)

 そういえば結構昔から、私は周りの人に素直じゃないと言われていた記憶があった。

 しかし、どう言われようともしょうがないのだ。

 心では嬉しく思っていたり、感謝していても、その事をどうにも行動に移せないのだ。むしろ天邪鬼な反応すらしてしまう。

 なんて可愛げのない女なんだろう、私は。

(……私も東さんみたいだったらな)

 あの人とすごく仲が良さげだった東さん。どことなくほんわかしていて、笑顔が可愛くて、明るい女の子。私もそうだったのなら、もしかしたらこの能力が芽生えてからも、こんな風にはならなかったのかもしれない。

 そんな意味もないたらればを考えていると、公園の外の道に、母親と手を繋いで歩いている女の子の姿が見えた。

 女の子は楽しそうに笑いながら、母親は少し困ったように笑いながら歩いていた。

 なんとなくその二人から視線を外せなくなり、私は二人の姿が見えなくなるまで目で追ってしまっていた。

「……はぁ」

 二人の姿が遠く消えていくと、私は俯いて溜め息を吐いた。

 私にもあんな時期があったんだと懐かしむのと同時に、あの女の子が羨ましく思えた。

(私は……誰に甘えていいんだろう……)

 すぐに思いつくのは実の両親。しかし、もうお父さんとお母さんからは遠く離れてしまった。次にはおばあちゃんの顔が思い浮かぶけど、おばあちゃんからも既に遠い。

 あと、他に私が甘えられるような人は……


「やっと……見つけた……」


 益のない思考が、近くで発せられたその声で中断させられる。

 いつの間にか、俯いた私の目の前に落とされていた影。

 顔を上げれば、息を切らせて汗だくになったあの人の姿があった。

「え……な……」

 いきなりの登場に、私は言葉も出せないほど驚いた。あの人は膝に片手をつき、息を整えながら顔の汗を拭っていた。

「なんで……ここに……」

 私は渇いた喉から、掠れそうな声を絞り出す。

「なんでって、お前……」あの人は上体を起こし、言葉を続ける。「お前を探しにきたに決まってんだろうが」

「探しにって……」

 私がどこに向かったのかも分からないのに……?

「そこはそれ。持つべきものは友達。郷華っぽい女の子を見かけたって奴がいたから、どっちの方向に向かったかを聞いて探し回ったのさね」

 まぁ、龍鵺には後で紹介しろだのなんだの言われたけど……と、あの人は何でもないように言葉を続ける。

「…………」

 そのあっけらかんとした様子に、私は言葉を失う。

 簡単に一言で探すとは言っても、大まかな方向しか分からないというのに一人の人間を探すのは大変な事なのに。この人は、なんでこうも簡単な事のように言えるのだろう。しかも探す対象は、ひどい事を言った人間なのに。

「なんで……」

 その疑問が自然と口から漏れる。

「だから、郷華を探しに――」

「そうじゃなくて!」

 思わず強くなってしまった語気に、あの人は目を丸くした。私は構わずに言葉を続ける。

「そうじゃなくて、なんであんな事を言った私を……こんな最低な私なんかを探しにきてくれたの……?」

 尻すぼみに声が小さくなっていってしまう。こんな事を言ってしまうと、また私が優しい言葉を期待しているみたいで、どこか恥ずかしかったから。

「そりゃあ、お前……」

 あの人はというと、落ち着きなく視線をさまよわせたあと、

「……郷華は家族で、俺の妹だからだよ」

 なんて事を、そっぽを向きながら照れくさそうに言った。

「家族……妹……」

「あー、まぁ、何ていうか……郷華は嫌がるかもしれないけど、父さんと母さんももちろんの事、俺はもうお前の事を家族だと思ってるわけだし、頼りなくてだらしないけど兄として妹を探すのは当然の行いだと思ったんです、はい」

 照れくささに勝てなかったのか、最後の方はおかしな丁寧語になってしまっている。その変な言葉を聞きながら、私は何となく、心のどこかが軽くなったような気がした。

「えーと、まぁとにかくだ。もう陽も沈みかけてるし、暗くなる前に帰ろう」

 そう言って、あの人は私に手を差し伸べてくる。その温かな手を取りたかった。でも、私はそれを取るわけにはいかない。

「……郷華?」

 いつまでも動こうとしない私を不思議に思ったのか、あの人は首を傾げる。

「私の能力がどんなものか……知ってるんでしょう?」

「ん、知ってる……というかさっき分かったけど……」

 それがどうかしたのか? とでも言いたげな表情。その顔に向かい、私は言葉を投げかける。

「あなたは本当に分かってるの? 私の近くにいれば……心を読まれるって事が……」

「いやまぁ、分かってるけど……」

「じゃあ、それを知っていて、なんで私に手を差し伸べられるの? 自分の心の中を覗かれて……嫌じゃないの?」

「ん、んー……」

 私の言葉に何かを考える様子のあの人。そう、普通はそうやって悩んで、最終的には私を拒絶するのだ。

「そうだな、とりあえず聞くけど」

「……なに?」

 だからこの人もきっと同じ。私を気味悪がって拒絶する。……そう思っている私は、何事かを尋ねられる。

「今こうやって話をしてて、俺の心が読めた?」

「え……」

 言われて思い返すと、部屋では読めていた心が、ここでは全然読めていない事に気付いた。

「……読めてなかったけど、でもそれは私の感情が落ち着いたからで――」

「ちょいと失礼」

 私の話に割り込んで、あの人が私の手を取る。いきなりの行動に、私の体はビクリと震えた。

 ――また、『声』が入ってくる。

 そう思って身構えたけど、私の中に『声』は響かなかった。

「な、なんで……」

 能力が芽生えてから始めての事に、私は少し困惑した。

「ふっ、郷華よ。自分だけが悪い意味で特別だと思うなよ」

「え?」

「お前はマンボウが成魚する確率をなめている。マンボウの生存競争は億単位。それくらいの確率で生まれた俺にとってみれば、郷華の能力をシャットアウトする事くらい訳ないのさ」

「…………」

 マンボウの事はよく分からなかった。でも、どうやらこの人には私の能力が通用しないらしい。

「それに郷華の能力については、ウチに引き取るって決めた時点で父さんは知っていただろうし、母さんだって父さんから聞いているはずだ。……俺は全然聞かされてなかったけど」あの人は黄昏た表情を一瞬したけど、すぐに真面目な顔になる。「だから、能力がどうこうってのは、全然気にしなくて大丈夫だぞ?」

 ていうか我が家のお父様に目をつけられたのが運の尽き、と続けられる言葉。

 ――そもそも、私があの家に居られないと思った理由は何だったか。それは、私自身がこの能力について認めたくないという気持ちとかが間接的に関わっていたけど、多くは『あの家の人たちに迷惑がかかるんじゃないか』という気持ちだったように思える。

 この家の人たちは温かすぎる。だから、私なんかがそこに入ってはいけない、迷惑をかけてはいけない。それ以外にも理由はあったけど、そういう気持ちが先行していた。

 表面的に言葉で「気にしない」などと言われても信用はできなかった。他人の心が読めるようになって、他人を信じれなくなってしまったから。

 でも、この人の言葉なら。あの家の人たちの事なら。

 こんな私を受け入れようとしてくれたり、心を読まれたって何食わぬ顔して声をかけてくれたり、ひどい事を言った私を追いかけてきてくれたり。

 温かい行動が伴う優しい言葉。それに少しだけ、甘えてもいいんじゃないかと思う。

 ……気付けば私は、温かな手を握り返していた。

「よし、じゃあ帰るか」

 それを確認したあの人は、笑ってそう言う。

「……うん」

 私はそれに頷いて、ベンチからゆっくり立ち上がった。


「ああそうだ、ついでだから聞くけど」

 連れ添って公園を出て、家への方角らしい道を歩いている途中、あの人が話しかけてきた。

「質問タイム(?)の続き。もう一回聞くけど、郷華は俺に何か聞きたい事とかってないか?」

 その言葉に、私はほとんどが暗い色になってしまった空を見上げ、考えを巡らせる。部屋で話をしていた時は即答で突っぱねてしまったけど、今なら少しだけ素直になれそうだった。

(聞きたい事……聞きたい事……)

 少し考えたところで、一つの事柄に思考が行き着く。

「……あの家の人たちの事、何て呼べばいいと思う……?」

「あの家の人って、父さんと母さん?」

「……うん」

 私からの質問に、あの人は少し考えるような仕草をする。

「まぁ、それについては郷華の自由意志だから強くは言えないけど……とりあえず、名前にさん付けだと二人とも駄々をこねるかもしれないな……」

「……駄々?」

「そう、駄々。そんな他人行儀な呼び方はやだ~、とか言うと思う」

「…………」

 失礼ながら、子供みたいだと思ってしまった。

「だから、できたら父さんとか母さんって呼んであげて欲しい……かな」

 俺も駄々をこねる親の姿とか見たくないし、と恐らくの本音を語尾に付け足す。

「分かった。頑張ってみる……」

「頼んだ。あ、それと俺の事は何の気兼ねもなく『お兄ちゃん(はぁと)』って呼んでくれて構わないぞ?」

「それは無理」

「即答ですか……お兄ちゃん悲しい……」

 ……でも、いつまでも『あの人』呼ばわりじゃ可哀想だから、『兄さん』とは呼んであげる。そうは思ったものの口には出さなかった。

「気を取り直して……と。他に何か聞きたい事とかあるか?」

「じゃあ……さっきマンボウがどうのって言ってたけど、あれは何?」

「ん、マンボウか……」

 なんと説明したものかと思案顔の、兄さん。その横顔を眺めつつ、返答を待つ。

「えーと、簡単に言うとだな。俺みたいな能力を持った人間が生まれる確率の事なんだ。異端の中でも強すぎて異端な、異端中の異端。その能力は、名字が漢字五文字以上の人に会う以上マンボウが生魚する以下の確率で生まれる……らしい」

「…………」

 その答えを聞いた私は、部屋でのあのやり取りの時に言ってしまった言葉を思い出す。

 ――こんな温かいところで、のうのうと過ごしてきたあなたに、私の何が分かるって言うの!?

 ……私の方こそ、兄さんの何が分かるっていうんだろうか。あまり理解できなかったけど、とんでもない確率で生まれてきた兄さんは私よりも遙かに辛い経験をしてきたのかもしれないのに。

「あー、えーと、郷華? 俺はもうこの能力とかに関しては気にしてないぞ?」

 私のそんな思いを知ってか知らずか、兄さんはそんなフォローを入れてくれる。

「……でも、私はあんなに一方的にひどい事を……」

「や、ほら、それも気にしてないしさ。過ぎちゃった事なんだし。それにほら、実際俺って、すごい暢気に生きてきたって思ってるし……な?」

「それでも……その……ごめんなさい」

 兄さんは自分自身の能力についても、私からの言葉に関して気にしてないと言ってくれる。でも、全く気にしてない訳じゃないハズだ。私だって時が経てば今日の悩みもほとんどなくなるかもしれない。だけど、その事に関して何か言われれば、嫌な気持ちにもなるかもしれないのだ。

 だから、ちゃんと謝らないといけない。

「……ごめんなさい。ひどい事を言った事も、冷たい反応をした事も……全部、ごめんなさい……」

「ああ、えーと、うん」

 立ち止まり、頭を下げた私に対して、兄さんは少し戸惑ったような声を上げる。そして少しの沈黙の後、

「まぁ、さっきも言ったけど……全部気にしてないよ」

 そう言って、兄さんは私の頭にポンと手を置く。そしてゆっくりと私の髪の毛を梳く。

「だから俺は今までの事なんて無条件で許しちゃうし、父さんや母さんに至っては『謝られるような事されたっけ?』なんて疑問が乱舞だと思うぞ?」

 その言葉の温かさ、手の優しさに、謝るべき立場の私は甘えてしまっている。そう感じる。

「とりあえずほら、顔を上げて」

 髪を梳く手がどけられる。私はそれをなんとなく名残惜しく思った。

 しかしその事は表情に出さず、私は頭を上げる。

「そういう話はさ、色々と余裕がある時にすればいいさ。とりあえず今は、質問タイム(?)だから、さ」

 兄さんは私の顔を見て、優しく諭すように話をしてくれる。そして私は、それにまた甘えてしまう。

「……うん」

 ……でも、すごく自分勝手な考えだけど、それも悪くないような気がした。

「まぁそんな訳で質問の続きなんだけど……なんか郷華にばっか質問させるのも悪い気がするし、たまには俺からも」

 いいか? という視線に頷きで返す。

「んじゃ、一つ聞きたかったんだが……郷華、ケータイとか持ってる?」

「え、あ、うん。一応持ってるけど……」

「それじゃあ、アドレスとか電話番号を教えてくれるか? あ、いや別にやましい気持ち的なものとか、そういうので聞くんじゃないぞ? あれだよ、ほら。また今日みたいに迷子になった時とかの為に聞くんだぞ?」

 何故か兄さんはそんな言い訳みたいな事も早口で続ける。なんとなくそれがおかしかった。

「それは別にいいけど」でも笑ったりするのは少し癪だったから、わざとぶっきらぼうに私は言葉を続ける。「ケータイは今、部屋に置きっぱなしだから」

「あー、そうか……」

 兄さんはそう言って、何故だか少し不安げな表情をする。……もしかしたらだけど、遠回しに断られたのかな、とか考えてそうだ。

「……えったら」

「え?」

 私はその不安そうな表情をどうにか和らげたくて、なんて殊勝な事を思った訳でもないのだけれど、いつまでもそんな顔をされていては私の方までどこか寂しくなるというか、別に兄さんの事を心配したり安心させようとか考えている訳なんかでもないのだけれど……

「その、あの家に……」言葉を切り、息を吸って決心をつける。「……か、帰ってからでいいなら教えてあげますっ」

 面と向かって言うのは恥ずかしかったので、そっぽを向いて。相当な量の勇気を振り絞った事を悟られたくなくて、出来るだけ不愛想になるように。どんな口調で言えばいいのか分からなかったので、後半は勢いで。

 その言葉を――あの家を、帰る場所だと認める言葉を発する。

 兄さんは少しポカンとした表情をしていたけど、私の言葉の真意を掴んだのか、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「ああ、じゃあ帰ってからな。約束だぞ?」

「い、言われなくても分かってます!!」

「ふふふん、後になってやっぱりダメってのは無しだからな」

 けっこう、かなり恥ずかしいというか照れくさかったから、つい言葉も強くなってしまう。それでも兄さんは驚きもせず、怯みもせず私に言葉を返してくれる。

 時にふざけて、時に真面目に。

 そんな風に言葉を交わしながら、私と兄さんはもう暗くなってしまった家路を辿っていった。


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