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その19

 ……時計の短針が五と六の中間を指す時分。

 いつも通りに東と家路を辿り、しばらく考え事をしてから、俺は郷華と面と向かって話すべく、彼女の部屋の前に立っていた。

(……さて)

 一応、どんな事を話そうか、というシミュレートは薫と話してからずっとしてきた。だけど、実際にはほとんど役に立たないと思える。大体、俺には計画性というものがあまりないし、企てた数少ない計画も破綻する事の方が多い。

「…まぁ、なるようにしかならない……よな」

 郷華がどんな事を考えているか。それは実際に話してみないと分からないんだし。それに俺の方から歩み寄っていくって決めてる。

 コンコンコン……

 腹を決めて、すでに三回扉を叩くのが癖になりつつあるノックをする。

「……はい」

 扉越しに伝わってくる、くぐもった声。……なんだか、今日は一段と暗い声のような気がする。

「あー、俺。功司だけど」

 気のせいならいいけど、と思いながら、郷華に返事をする。

「何か用ですか?」

「まぁ、大した用って訳じゃないんだけど……少し話しでもしないか?」

「……別に構いませんが」

「そっか。じゃあ、ちょっと部屋の中に入っていいか?」

「どうぞ」

 ぶっきらぼう投げられる言葉。

「えー、失礼します」

 その不機嫌そうな声を受けて、俺は郷華の部屋に足を踏み入れる。

 郷華の部屋に入ったのは一週間前の夜以来。その時の様子と比べてみると、室内には郷華の私物が少し増えたくらいで、なんだかこの部屋はひどく無機質に感じた。

「それで、話ってなんですか」

「ん、本当に大した事じゃないんだけど……」

 何から話そうかと考えながら、郷華の様子をうかがう。彼女はベッドに腰掛け、キリッとした表情をしたウサギのぬいぐるみを抱いて、俺に対して妙に冷えた視線を送ってきている。

「とりあえず、座らせてもらうぞ?」

「……どうぞ」

 郷華の許可を受け、部屋の中央付近に置かれた机の近くに腰を下ろす。

(さて……と)

 誰かと話をする時、相手を自分の話に引き込むためには、まず相手が興味を持っている事から話すこと。例えそれが本題とはかけ離れた事柄でも、自分の方に意識を向けさせてしまえば話を進めやすくなる……とか桐垣が言ってたような気がする。

 それにならい、郷華の関心を引く話をしようと思う。思うのだが……

(本当、なんかお互いの事を知らないよな、俺と郷華は)

 郷華が何を好きだとか、何を嫌っているとか、そんな事も知らない。能力の事だって全く知らなかった。

(……よし、まずはそういうところから聞いてみよう)

 俺は話の方向性を決めると、もう一度腹を据える。今日はある程度郷華と打ち解けるまで引かない。

「さて、話だけど……まぁそんな大仰に話っていう感じでもないけど」

 いきなり能力の事を聞くのは、なんかマナー違反だと思う。だから、まずは好きな物について聞いてみるか。

「郷華って、何か好きな物とか趣味ってあるか?」

 まるで合コンで女の子にアタックしているような気分になりながら、最初の話題を振ってみる。

「……ぬいぐるみとか、小説」

 素直に郷華が答えてくれるかちょっと不安だったが、意外とあっさり答えてくれた。

 というか、少しあっさり過ぎるような気がした。

「そっか。俺の小説は割りと好きだな」

 まぁ、俺は主としてライトノベルを読んでる訳だけど。郷華の机の上に積んである本のタイトルを見るに、郷華は恋愛小説なんかが好みみたいだな。

「じゃあ、好きなオニギリの具は? ちなみに俺は赤飯とコンブがラブだ」

 恋愛小説とかに関しては、確か天笠が好んで読んでたから、今度話を聞いてみようと思いつつ、次の話をする。

「イクラと梅」

「微妙に渋いチョイスだな」そういや、俺も東に同じ事を言われたなぁ。「したらな、ここ一週間のご飯の献立で、何が一番美味しかった?」

「……カレー」

「だよな、母さんが作る甘口カレーは美味いよな」ていうか、甘口のカレーは誰が作っても大体美味い。「そしてカレーに入れる調味料は醤油一択だよな」

「…………」

 なんだろう、ものすごく怪訝そうな目をされた。そういえば、未だにこの主張に賛同してくれる人っていないんだよな……。

「……当たり前」

「え?」

 と、郷華が何かのっぴきならない事を呟いた気がした。しかし郷華はぬいぐるみを抱いたまま口を閉じていた。

(……気のせいか? みんなに言われた事と同じような事を言われた気がしたんだけど……)

 みんなカレーに醤油はないっていうんだよな→当たり前だ……俺のカレー談義のテンプレート。いつか、誰かがこのテンプレートを壊してくれる事を切に願う。

(っと、話が逸れたな……)

 カレーに醤油を入れる盟友の事は、今はどうでもいい。今は。

「えーと、じゃあ次に……嫌いな物とかあってあるか?」

「…………」

 その質問に郷華は答えず、黙ったまま俺の事を睨んできた。それはつまり、俺が嫌いだという事か……?

「……虫」

 軽くショックを受けかけたところで、郷華は口を開いてくれた。

「なるほど、虫か。まぁ確かに虫は嫌だよな……。俺も苦手だ」

 特に台所の黒いGとかヤバい。俺、奴とタイマンする時はプロミスリング外しちゃうかもしんない。

「んじゃあ、次は……そうだ、郷華は何か俺に聞きたい事とかないか?」

 話の主導権を郷華に委ねてみる。

「別に」

 しかし即答で返されてしまった。

(え、えーと……次はどうしよう……)

 早くも話す事がなくなりかけてきている。あと俺に残されたカードは……

(能力の事、聞くか……?)

 いや、それはまだ早計過ぎる気がする。もっとこう、軽い話からだんだんと重い話しにしていった方がいいと思う。重い話っていうとなんか変だけど。

「……聞けばいいじゃない」

「え?」

 と、郷華がまた何かを呟いた気がした。しかし郷華が口を動かした気配はなかった。

「……?」

 俺のきょとんとした様を不思議に思ったのか、郷華は眉をひそめた。

「あ、いや……」

 俺は俺で、今しがた起こった出来事を理解できずにいた。

(今、郷華は喋ってなかったよな……)

 ぬいぐるみを抱きながらも、郷華は俺の方へと顔を向けてくれている。だから、口元の動きもよく見えるのだが……

(なんで、口を動かしてないのに声が聞こえたんだ?)

 実は郷華は腹話術の使い手だったとか?

(そんな訳ないだろ……)

 俺の質問に答えてくれた時には、しっかり口を動かしていたんだ。なのに俺の質問に答える時以外は腹話術で喋るなんて、普通はやらないだろ。

(……ふむ)

 もしも、俺と喋るのが照れくさくて、質問にはぶっきらぼうに答えちゃうけど本当に伝えたい事は腹話術でこっそり伝える……なんて可愛い事を郷華が考えてくれているのならお兄ちゃんは喜んじゃうけど、そんな事はありえない。

 それより、もっと的確で、非現実的に現実的な手法がある。

(……そうか)

 そう、俺も異端だとすれば、郷華もまた異端だったのだ。

(精神感応……か)

 そう思った瞬間、郷華の体がビクリと震える。どうやら、俺の考えは正しかったみたいだ。

 ……郷華の能力は、精神感応。いわゆるテレパシー。

 人の心に触れて、気持ちを読めてしまう能力。

 なるほど、それなら今までの事も納得がいく。

 俺は、矢城功司は、異端である先祖代々の血から見ても異端。けっこうな確率で生まれた異端中の異端なのだ。血脈に受け継がれた、うさんくさい眉唾な超能力のほとんどが行使できる。当然、郷華が使えるだろうテレパシーだって使える。

 そして、聞いたのはだいぶ前だが、父さんの話しによれば俺と郷華が使えるこの矢城式なテレパシーというのは、他人の精神と自分の精神の波長的なものを合わせて、一方的に心を『声』として拾ってくるというものらしい。

 ……郷華の能力によって、俺と郷華の精神の波長的なものは同調していた。そして矢城式テレパシーにより、郷華の元へは俺の思考が『声』としてほとんど届いていたのだろう。

 しかし、郷華だけでなく、俺も矢城式テレパシーを使えるのだ。俺の場合はプロミスリングによって能力を抑えているため、その力は微々たるものであろうと。

 という事は、だ。

 矢城式テレパシーが同調した相手の心を拾ってくるというのなら、俺にも郷華の心の『声』は届いていたのだ。だから、喋った様子のない郷華の声が、俺に聞こえたんだろう。

『当たり前』という声は、カレーに醤油をかける人が少ないという事へのツッコミ。

『聞けばいいじゃない』という声は、俺が郷華の能力について聞くべきかという考えへの返答。

 どちらの事も、俺は口にはしていなかった。ただ漫然と考えていただけだ。

 そして郷華も、それらの言葉を発した様子はなかった。それなのに、俺には声が聞こえた。

 ……これ以上の証左はないだろう。

(なるほど、な……)

 それに連鎖して、郷華の背後にある暗いものの想像が、なんとなくだが出来た。俺にはテレパシーだとか、そういった類の複雑な能力が顕著に現れなかった。どちらかといえば、自分の身体能力を増幅させたり、黒くてバイオレンスな感情が心に沸き上がる事、それから能力の強さのせいで体調を崩しやすいのが主な問題だった。それは言ってみれば、ほとんどが単純な体に関する問題だった。

 でも、郷華の場合はどうだろう。

 彼女は、周りの人の心が読めてしまう能力に目覚めてしまった。そのせいで、色んな人の本心に触れてしまったんだろう。知りたくもなかった事を知らされてしまったんだろう。そして傷ついた。

 俺の問題は自分の能力を抑えるプロミスリングを巻いておけば、大体は片がついた。

 しかし郷華の問題は、他人との関係や自分の心といった、複雑なものが絡み合ったものなのだ。

 その上……実の両親にも縋れなかった。

(……大変な思いをしてきたんだな)

 他人を信じられなくなって、肉親にすら頼れず、信じられるのは自分だけ。

 俺だって、それなりの苦労は重ねてきたつもりだ。だから……その辛さは、少しだけ分かる。

「あなたに……」

「……え?」

 と。

 そこで初めて、郷華が自分から言葉を発した。

 その声は低く、暗く……黒い怒りを滲ませたようなものだった。

「あなたに……私の何が分かるの……」

 郷華はギュッとぬいぐるみを抱いて俯いているため、その表情はうかがえない。だけど……

(泣いてる……のか……?)

 多分に怒っている可能性の方が、この場合はある……けど。

 何故か、俺には郷華が泣いているように思えた。

「――泣いてなんかないッ!!」

「っ」

 俺の心が伝わり、郷華は顔を上げ、悲鳴に近い声を上げる。一日目……あのお風呂場でも大きな声を上げていたが、それとは比にならないほど、強く。

「あなたに、あなたに私の何が分かるの!?」

 その声の迫力、顔を上げ俺を睨める眼差しの強さに、俺は怯んでしまう。

「こんな力に付き纏われてから……ずっと独りだった私の何が分かるの!?」郷華はなおも言葉を吐き続ける。「なんなの!? 惨めな私を哀れんでるつもり!?」

「い、いや、そういう訳じゃ……」

「じゃあ何!? あなたに、」

 言葉が途切れる。そして、郷華の別の「声」が俺の脳内に響く。

 ――ダメ、これ以上言ったらいけない。これ以上は……。

 しかしそんな理性の制止も効かず。

「こんな温かいところで、のうのうと過ごしてきたあなたに、私の何が分かるって言うの!?」

 ――ダメなのに。こんな事、言っちゃいけないのに。

「あなたの周りには必ず誰かがいた! 誰にも見捨てられた私とは違う! そんな人に分かってほしくない!!」

 ――もう、止まらない……。

「あなたは何も悩んでないじゃない! この変な力にしても、人間関係にしても! そんな幸せな人が、不幸な私の何を理解できるの!? 共感できるの!? 中身のない言葉も、薄っぺらい心配も、安い同情もいらない!!」

「郷華……」

 ……言葉だけを聞いていたのなら、俺はとっくにキレて反論をしていたかもしれない。ふざけんな、お前こそ俺の何が分かる、一人だけ不幸面してんじゃねぇ……などと。

 でも、伝わってきてしまう。

 郷華の葛藤が、痛切に、鮮烈に。

 言ってはいけない/我慢できない

 分かってほしい/分かってほしくない

 もうやめなければ/もっと吐き出したい

 心の中で混ざり合えずに、整理できずに渦巻く葛藤が。

「……またそうやって私を哀れむような表情をする……」

 郷華は震える声で呟く。俺を映す瞳には、負の感情が揺らめいている。

(……俺は……)

 そんな様子を見て、俺はどうすればいいのか分からなくなってしまう。

 俺も、かつての自分の境遇を語ればいいのか?

 それとも、郷華の感情を汲んで、波風が立たないように優しく接してやればいいのか?

 どうすればいい。俺は今、郷華に何をしてやれる……?

「またそうやって、自分の事より私の事を優先させる……!」

 俺の考えは、郷華に筒抜けなんだろう。なら、俺が考えて話す言葉に、何の意味がある。

「何で!? 何であなたはそんなに他人に優しくできるの!? こんな……こんな、最低な事ばっかり言ってる女に対してまで!! 悔しくないの!? ずっと言われっぱなしで!?」

「…………」

 悔しい、という気持ちに近いものならある。だけど、そんな気持ちよりも……。

「少しでも悔しいなら言い返せばいいじゃない! なのになんで黙ったままなの!? 私を……こんな私の事を受け止めようとするの!?」

 気づけば、郷華は大粒の涙を流していた。威圧的だった瞳も、いつの間にかその力を失い、今は弱々しいものになっていた。

「なんで……なんであなたはそうなのに……私はこんなに……嫌な人間なの……!!」

「郷華……」

 これ以上は、見ていられなかった。俺は立ち上がり、郷華の方へと足を踏み出す。

「近寄らないで!!」

 しかし、郷華の強い言葉に俺の足は止まってしまう。

「もう、放っといてよ!!」

「……そんな訳にはいかない」

 俺はもう一歩、足を進める。

「やめてよ……もう、これ以上……!」

 俺を見据える郷華。その姿は脆く儚く、何かに怯えているようだった。

「これ以上、私に優しくしないで!!」

 更にもう一歩、郷華に踏み込む。踏み込んだところで、その言葉と共に、今まで郷華が抱えていたぬいぐるみを投げつけられた。

「うわっ!?」

 あまりにも不意打ちな行動に、俺はぬいぐるみをキャッチするも尻餅をついてしまった。

「ッ!」

「あ、おい郷華!?」

 郷華はその隙に、俺の横を駆け抜け部屋を出ていってしまう。そして慌ただしく階段を下りる音の後に、玄関の扉が勢いよく開けられる音。

 それを半ば呆然としながら聞いている俺。視線を下ろせば、そこには凛々しい顔をしたウサギのぬいぐるみ。

 それと郷華の姿が妙にダブったところで、ハッと我に返る。

「こんなところでボケッとしてる場合じゃねぇだろ!」

 先ほどの音からするに、郷華が家の外に出て行ってしまったのは間違いない。しかももう日も沈もうかという時間に、土地勘のない郷華が一人で、あんな勢いのまま走っていって迷子にならない訳がない。

(つーか、あんな状態の郷華を放っておけるかっての!)

 俺は立ち上がり、急いで玄関まで駆ける。

「あれ、功ちゃん?」

 玄関に着くと、リビングから母さんが不思議そうな顔を覗かせていた。

「じゃあ今出ていったのって……」

「ちょっと出かけてくる!」

「あ、うん。気をつけてね」

 何事かを考えている母さんにそう声をかけ、俺は靴をつっかけて外に出る。

 そして矢城家と東家とに挟まれた道路まで出ると、辺りを見回す。当然だが、郷華の姿は視界に入ってこなかった。

「あれ、功司君?」

 いつも通る学園の方へ伸びる道と、反対の方向へ伸びる道。郷華はどちらに行っただろうかと考えていると、学園方面への道から東が歩いてきていた。

「ああ、東か! ちょうどよかった、郷華見なかった!?」

「あ、うん。さっきすれ違ったけど……様子が変だったよ?」

「すれ違ったって事は、学園の方に向かっていったんだな……よし」

 俺はそう呟いて、学園方面に続く道の方へと走り出す。

「え、ちょっと功司君!?」

「すまん東、かなり取り込み中! あと情報サンクス!」

 足を止めず、顔だけ向けてそう言う。そして俺はポケットからケータイを取り出す。

(えーと、なんて書こう……。あー、『黒髪ロングなキレイ系美少女ががむしゃらなランニングをしているのを見かけたらご一報下さい』……と。これでいいや)

 メール画面から新規メール作成、本文にはそう打って、タイトルには『妹、探してます』と打ち込む。宛先にはいつものメンツのアドレスを。

 そして送信ボタンを押した俺は、斜陽に染めかけられた街へと走り出す。


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