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その15

「どうも、ごちそうさまでした」

「はいはーい、おそまつさま~」

 東を含めた晩ご飯も終わり、しばらくのんびりした後。もう時間も遅くなってきたので、東は帰宅しようと母さんに暇を告げていた。

「あ、そうだ功ちゃん。理亜ちゃんを送ってってあげなさい」

 と、今まで東と一緒にリビングでテレビを見ていた俺にそんな声がかけられる。

「あーうん。それはいいけど……」

 俺はテレビから目を離して、母さんの言葉に応える。

「なぁに? 何か気になる事でもあるの?」

「いやさ、送ってくって言ってもさ、そもそも東の家は目の前にある訳じゃないですか」

 矢城家から道路を挟んだ対面。すぐ、そこ、東ん家。

「それでも夜道は危ないんだよ、功ちゃん」

「まぁそうだろうけど……」

「それにほら、もしかしたら「ちょっと散歩しない?」っていう告白イベントが起こるかもしれないんだよ?」

「その展開はない。そして本人を前にして言う事でもない」

 俺はこれ以上ここにいると更に母さんにイジられると思い、今まで腰かけていたソファーから立ち上がる。

「それじゃあ、送ってくる」

 そして、なんか赤くなってる東より先に玄関へ。

「あ、えと、今日はごちそうさまでした」

「はーい」

 リビングからの東と母さんの声。それを背中に受けながら、俺はさっさと自分の靴を履いて玄関の扉を開いた。

 外に出ると、少しムワッとした暑さが体にまとわりつく。まだ六月上旬ではあるが、既に少し汗ばんでしまうくらい気温と湿度が高いようだ。

「待ってよ、功司君」

 なんとなく星の少なくなった夜空を見上げていると、後ろの方から東の声が迫ってきた。どれくらいの星があるのかな、なんて星を数えながら、東が隣に来るまで待つ。

「早いよ、功司君」

 十個くらいまで数えたところで、東が俺の隣に並んだ。

「すまん、あれ以上あそこにいると母さんに何を言われるか分かったもんじゃなかったから、つい」

「うん、まぁいいけど……」

「悪いな。……それじゃあ送ってくな……とは言っても、すぐそこ東ん家だけど」

「一昔前のコンビニのCMみたいだね、その言い方」と、そこで何故か深呼吸を始める東。「……で、功司君。ちょっといい?」

「なにか?」

 その行動を不可思議に思いながら、東に話の先を促す。

「えーと、えっとね、その……」

 めずらしく歯切れの悪い東。うつむいたり、チラチラと俺の顔を見たり、夜空を見上げたりとせわしなくあちこちへと視線をさまよわせている。

「どうかしたのか?」

「あーうん、どうもしない事だったんだけど、どうかしちゃったというか……」

「はぁ……?」

「え、えっと……功司君。その……少しいいかな?」

「いや別にいいけど……何が?」

 東は目をつぶって、一つ息を小さく吐く。そして、

「……ちょっと、散歩しない……?」

 と。

 うつむき加減の若干上目遣いな赤く染まった頬で発せられた言葉は尻すぼみに小さくなってしまっていって聞き取り辛かったけどかろうじで耳に入った情報に関して五秒ほど俺脳内でサミットを模した会議みたいな大混乱が起こりそこで出た結論は「夜でもこんなに蒸し暑いなら六月上旬は初夏なんじゃね?」という現実逃避と言っても差し支えも当たり障りもないものだった。

「…………」

「…………」

 とりあえず沈黙が起こったのは当然の帰結だとして今しがたの東の発言の真意を計る事がこの場での最も重要な項目なのは確定的に明らかなんだろうけど時すでに時間切れな感がしてもうまともな思考が出来ないんだけどとりあえず一言だけ発言しよう。

「……告白イベント?」

「そ、そうじゃないの!」

 俺の言葉に、赤かった顔を更に紅潮させてアワアワする東。

「え、えっと、そういう系じゃない事で話したい事があったから、元から少し散歩しながら話でもしようと思ってたんだけどね、おばさんがあんな事言うからちょっと意識しちゃって……」

「まぁ……普通そうだよな……」

 平静を装いつつ、東の言葉に返事をするが、俺の心臓も何故かブレイクダンスの真っ最中だった。

「だ、だから、告白とかそういうのとは関係ない話をね、少しね、したいから、ちょっと散歩でもしようよ功司君!」

「あ、ああうん、いいけど」

 俺はそう言い、東とともに妙にギクシャクしながら学園の方に続く道へと歩みを進める。

「……でも、そういう系の話もしてみたいけど」

「え?」

「う、ううん、なんでもないよ?」

 東が何かけっこう色々とアレな事を呟いたような気がしたが、気のせいだったようだ。

(というか、気のせいにしといた方がいい気がするっていうか、しとかないとダメな気がするというか……)

 そんな事を考えながら、俺は東と並んで通学路を歩く。二人とも黙ったまま。

 俺は時たま東の方をチラリと見たり、あてもなくまた夜空を見上げてみたり。一方の東と言えば、俺が見た範囲ではほとんど俯いたままのようだ。

「……ねぇ、功司君」

 と、まもなく住宅街を抜けようかというところで、東が声をかけてきた。

「たまにはあっちの方に行ってみない?」

 そう言って東が指した方向は、学園まで続く並木道と繋がっている公園の方角だった。

「あ、ああ、いいけど」

「うん。それじゃあ、行こっか」

 俺の了承の言葉を聞いた東は、小走りで通りの別れ道を曲がり、俺を手招きする。

 俺も小走りで東の元へと駆け寄り、また並んで公園への道を歩き出す。

 ほのかな橙色の光を放つ街灯に照らされた葉桜たちが、時折吹き抜けるぬるい風に揺れてささめき合う。春には見事な桜を舞わせる里桜も、今は緑の外套を纏って夏の装いを見せている。

 そんな木々に挟まれた道を、しばらく無言で辿っていく。すると、中央に大きな噴水のある、開けた広場に行き着いた。

「功司君、少し座ろっか」

「ん、ああ」

 公園に足を踏み入れてから、初めて東が口を開く。俺はその言葉にうなずき、広場の縁に沿って備えられたベンチまで歩いていき、そこへ腰かけた。東も俺の隣に座る。

「…………」

「…………」

 そしてまた二人して黙ってしまう。俺は東が喋り出すまで待とうと思っているのだが、東はどう考えてるだろうか。

「ねぇ、功司君」

「ん?」

 龍鵺がこの広場はなんかのゲームで使われたとか言ってた事をなんとなく思い出していると、東が口を開いた。

「あの子……郷華ちゃんの事なんだけどさ」

「ああ……」

 まぁその事についてなんじゃないかなぁとは予想していたけど。

「郷華がどうかしたのか?」

「んー、なんていうか……余計なお世話かもだけど……あの子、すごく無理してない?」

「あー、まぁ……」

 先ほどの晩ご飯の風景を思い出す。郷華は、昨日よりも口数が少なく、ほとんど俯きがちだった。それでも母さんに声をかけられれば、出来るだけしっかりと答えようとしていた……のだが、普段から割と鈍いとか言われる俺の目からも、郷華は無理をしているように見えた。

「なんか、場の空気を壊さないようにしないと……って感じに、無理してるみたいだったな」

「やっぱりそういう風に見えるよね」東は一つため息をついた。「昨日もあんな風だったの?」

「いや、昨日は……全然無理してないとは言えないけど、今日よりはマシだった……気がする」

 昨日は無理してるっていうより、なんか戸惑ってるって感じだったし。

「ふぅん……」

「まぁ昨日の今日で自然でいてくれって方が無理だと思うけどな」

「でも郷華ちゃんさ、何か思い詰めてなかった?」

「……そうか?」

「そうだよ。なんて言うのかな、こう……「自分がこの家にいる事で明るい空気を壊しちゃうんじゃないか、自分が一家の団欒に交じっていいのか」……みたいな感じ?」

「…………」

 自分がこの家にいていいのか……か。

「多分……だけど、そういう事を悩んでるような、悩んでないような……」

「曖昧だな」

「う~ん、郷華ちゃんの事はまだよく知らないからね……。もしかしたら全然違う事で悩んでるかもだけど……功司君はどう思う?」

「俺?」

「うん」

「俺は……」

 ……どうだろう。郷華が何を悩んでいるのか、か。

「まぁ、多分だけど、東が言ったのと同じような事を考えてそうだな」俺が郷華の立場なら、確かに自分は迷惑じゃないかとか考えそうだし。「でも、郷華の場合はそれだけじゃないかもしれない」

「それだけじゃないって?」

「いやほら、そもそも郷華がウチで暮らすようになったのってさ、俺みたいに妙な能力が芽生えちゃったからだしさ……」

「……あー」

 俺の左手首に巻かれたプロミスリング。俺はこいつを受け入れるのに、かなりの時間がかかった。

 この点に関して、郷華はどうだろうか。

「多分、自分の中の能力を、まだ認めたくないと思うんだよな……」

 俺自身、受け入れるのにかかった時間は計り知れない。この事に関するトラウマは、ついこの間まで拭えなかった訳だし。

「う~ん、そうなるとすごく複雑だね……」

「ああ、本当にな……」

 一つ息を吸うと、体の中に生ぬるい風が入り込んできた。それを夜空に向けてため息として吐く。

「ていうか、ずいぶんと郷華の事を心配してくれるんだな」

「私が?」

「そう」

 先ほどから思っていたのだが、ずいぶんと東は郷華の事を気にかけてくれている。

「あー、うん。ほら、なんかさ、郷華ちゃんって放っておけないじゃない?」

「そうか?」

「そうだよ。なんて言うのかな……郷華ちゃん、自分の中にいろんな事を生真面目にため込んじゃってそうじゃない?」

「うーん……どうだろう……」

「他の人にどう見えるかは分かんないけど、少なくとも私にはそう見えたよ」東は柔らかく微笑みを浮かべている。「それに……勝手な想像かもだけど、自分より周りの事を優先させそうだし。そういうところも危なっかしくて、ちょっと放っとけないかな」

「ふ~ん……。なんか、今日の東はずいぶんと面倒見がいいな」

「ん、まぁ……ほら、私って一人っ子でしょ? だから、ちょっと妹とか弟が欲しかったなぁ~なんて思うんだよね」

 郷華ちゃんみたいな、と東は照れたように続ける。

「へぇ、意外だな」

「そう?」

「ああ。なんていうか、女の子ってさ、大体お兄ちゃんが欲しいって言うようなイメージがあったから」

「それは偏見だよ、多分。確かにお兄ちゃんっていうのにも憧れるところはあるけど……どっちかというと私は年下の方が好きだし」

「……その発言はなんか微妙な気がするぞ」

 初めて知った、幼馴染の趣味……年下好き。

「え、そうかな?」

「そうだろ。それ、もしかしたらショタな人かと思われるぞ」

 と、俺の言葉に東は首を傾げる。

「ショタってなに?」

「…………」

 俺は夜空を仰いだ。なんというか、多分これ失言だ。俺の。

 それはさておき……さてどうする。正直、知らないとは思ってなかった。ここはしっかり東にその意味を教えるべきか否か。ああでも何か教えちゃダメな気がしてならないんだぜ……。

「功司君?」

「ああ、いや……」

 そういえば昔やったゲームにこんな感じのやりとりがあったような気がする……なんて思考に逸れる事は許されない。でもできれば穏便に話を逸らしたいでござる。

「……東」

「なに?」

「お前さ、お姉ちゃんって呼ばれるとどう思う?」

 話を逸らす方法を考えた末の、苦肉の策。苦肉すぎるような気がしないでもないけど、仕方がない。

「え、う~ん……呼ばれた事がないから分からないかな……」

「なら俺が呼んでみよう」

 一つ息を吸って吐く。個人的に、こういうのはプライド的なのが許してくれないんだけど、本当に致し方ない。

「……お姉ちゃん」

 開き直ろうとした。しかし理性が最後の最後で邪魔をして微妙に開き直れなかった。東を見ながら言うのは恥ずかしすぎて無理なのでそっぽを向いた。そして照れくさかったせいですごくぶっきらぼうに小さな声で言った。言ってやった。もうアレ。恥ずかしさで軽く昇天しそう。少し泣きそう。

「…………」

 そもそも俺のキャラじゃないし、同い年の幼馴染をお姉ちゃんって呼ぶのはどうよ……とか自分自身にツッコミを入れる事によって保たれる俺の中の秩序。そして妙に熱くなってしまった顔を東の方へ向けてみると……

「……ぅわぁ……」

 幼馴染が無言ですごい表情をしていた。

 なんだろう。なんて表現すればいいんだろう。うっとりしたような、ニヤけたような、嬉しそうな、熱に浮かされたような……。

「功司君」

「な、なに?」

 言語表現の限界に肉薄するような表情から一転。急に真顔になった東から、静かな声が放たれる。

「……何か、新しい扉が開いた気がするよ……」

「そ、そうか……」

 その扉はどこの世界に繋がっているんだろうか。是非とも知りたくない。

「という訳で……」

「……という訳で?」

 すごくイヤな予感がした。

「功司君……」

 イヤな予感しかしなかった。そしてこういう時の予感だけはピシャリと当ててしまうのが主人公というジョブの悲しいところなんだろうと、個人的には思うんだ。

 という訳で。

「もう一回呼んでみて!」

「だと思ったよチクショウ!」

 夜の公園で幼馴染に姉萌えプレイを強要される俺。

 ……矢城功司は、きっと何かの犠牲になったのだ……。


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