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その14

 階下からは、なにかドタバタとした音が響いてくる。それにまぎれて、誰かに助けを請うような声や、断末魔にも似た声も時折聞こえてくる。

「…………」

 私はそれを、自分の部屋でベッドの上に座りながら聞いていた。

(……私が、あそこに入っていいのかな)

 キリッとした表情をしたウサギのぬいぐるみを抱きながら、そんな事を考える。

 きっと、階下のダイニングでは、何か騒がしくて楽しい話でもしているんだと思う。自然と大きな声を出してしまうような、楽しい話を。

 その明るい正常な日常に、はたして私が……異端である私が入っていっていいんだろうか。もしかしたら、その場の雰囲気を壊してしまうんじゃないだろうか。

 そう考えてしまうと、ダイニングへは行きづらくなってしまった。そして、また悶々と色んな事を考え出してしまう。

(そういえば……おばあちゃんの家に行った時にもそんな事を考えてたな……)

 一つの決断をして、家を出て、始発の電車を乗り継いで、約三時間。自然に囲まれた、まさに田舎と表現されるような地域に、おばあちゃんの家はあった。

 目的地であった家を前にした時、私は少し悩んでいた。

 元の家を出る時は、その場の勢いで行動を起こす事ができた。でも、電車に揺られている間に、だんだんと不安が大きくなっていった。始発の電車で田舎の方へ下る電車とはいえ、車内にはそれなりに人がいた。そこでまた、見知らぬ人の『声』を聞いてしまって、気持ちが暗く沈んでいたのも私の迷いを助長させる。

 ……親戚とはいえ、ほとんど赤の他人の私。そんな人間がいきなり尋ねてきて、迷惑じゃない訳がない。

 古風な雰囲気の門に似つかわしくないインターホン。そのボタンに伸ばした手が、曖昧に宙を彷徨う。

 そんな風に悩んでいると、不意に玄関の扉が開いた。

 扉の先には、優しそうな表情をした年配の女性……その家の主であるおばあちゃんがいた。

 おばあちゃんは柔らかく微笑むと、私を手招きした。

 それを見た私は、今までの悩みも忘れて、不思議なくらい自然と家の敷居を跨いでいた。

 ……おばあちゃんの第一印象は、なんだか不思議な人。

 優しそうな表情をしていて、笑顔は太陽のよう。それでいて、何気ない仕草や立ち振る舞いが毅然としていて、私に不思議な安心感を与えてくれた。まるで、おばあちゃんの周りだけ温かで穏やかな空気が流れているかのように。

 おばあちゃんの家に入ってから、私はまず八畳ほどの客間らしき部屋に招かれた。清潔感のある部屋の中には、少し大きめで背の低い長方形の机と、それを囲むようにして四つの座布団が置かれていた。

 その部屋で、私はおばあちゃんと話をした。

 初めましてから始まって、ここまでくるのにかかった時間などの他愛のない話をしばらくした。それから、おばあちゃんは私の能力について尋ねてきた。

 私は、端的に自分の能力について話した。人の心が読めてしまう事や、その能力が芽生えてしまってからの事を。

 私の話を全て聞き終えたおばあちゃんは、少しの間を置いてから口を開いた。

「それで、郷華ちゃんはこれからどうしたいんだい?」

 ゆっくりと発せられた言葉に、私は考えを巡らす。おばあちゃんはただ温かい表情をしながら、私からの答えを待っているようだった。

 ……私が、これからどうしたいか。

 まだ先の事は全然分からない。だけど、とりあえずの目標みたいなものはあった。

 この心が読めてしまう力を、どうにかしたかった。完全に消す……とまではいかなくとも、日常生活を送るのに支障をきたさない程度には、この能力を抑えられるようになりたかった。

「じゃあ、能力が抑えられるようになってからはどう?」

 私の当面の目標を聞いたおばあちゃんは、静かにその先の事について質問してきた。

 ……私の能力が抑えられるようになってからの事。それは、分からなかった。

 もしもこの能力が消せたり、抑えられるのなら……また前のように学校に通ったりしたいとは思う。でも、きっとかつて通ってた学校には戻れないだろう。あそこでは、みんなの心を読みすぎた。

 出来る事なら、また普通の日常に……ただ学校に行って、友達とテレビの事なんかを話をしたり、授業を受けたり、帰り道に寄り道したり、テストで気分が暗くなったり、恋したりしたい。

 でも……私にそれが出来るんだろうか。人の心を垣間見てしまってから、人間が少し怖くなってしまった私に。

「まぁ、それに関してはのんびりと答えを探すのが一番さね」

 おばあちゃんは明るい声でそう言う。そののんびりとした言葉を聞いていたら、なんだか本当にそうした方がいいように思えた。

「とりあえず、当面の目標はその能力を抑える事だね。まぁそれは、ゆっくりとウチで体得していけばいいさ」

 さらりとした言葉。それはつまり、私をおばあちゃんの家に置いてくれるという事だった。

 私は頭を下げて、お礼を言う。言葉にしても感謝しきれない。

 ……それから、まず私の能力を抑える方法を教わった。

 抑える方法、なんて言ってしまうと少し大仰かもしれない。何故なら、私の能力を抑えるには、ただ心を平穏にするという事だけだったからだ。

 おばあちゃん曰く、私のような能力は自分の精神状況によって強弱がはっきりと変わるらしい。怒っていたり泣いていたり、そんな風に感情が高ぶってしまうと能力が余計に強まってしまい、勝手に私の精神が他人の精神に繋がって心の声を拾ってきてしまうらしい。

 例を出してみれば、私はレーダーのようなものだった。

 自分を中心として、円形に広がる精神の波長。その円の中に人間が入ると、私の精神が反応してその人間の精神を「声」として受信してしまう。その円の半径は、私が心を落ち着けてリラックスしていれば小さくなっていくらしい。

 確かに私自身、能力が芽生えた時には色んな感情が心に渦巻いて、リラックスなんて出来る心境じゃなかった。しかしその能力に――言い方はおかしいけど――慣れてきてからは、私の気持ちもある程度落ち着いて、遠くにいる人の「声」はあまり聞こえなくなった。

 また、心をリラックスした状態に保ち続けていれば、感情が高ぶってしまった時にも自然と能力の強さを抑えられるようになるらしい。

 その点を踏まえて、おばあちゃんが考えた私の能力を抑えるための修行方法。それは、ただ毎日を普通に過ごす事だった。朝はしっかりと決まった時間に起きて、家事の手伝いや散歩などして、一日三食をきっちり食べる。ただ、それだけの事。

 最初は本当にそんなものでいいのかと思っていたけど、そういう生活をしていると確かに私は能力を抑えられるようになっていった。

 それはきっと、都会では見られない満点の星空を見た時や、近所に住み着いてる人懐っこい野良猫と戯れた時、川のせせらぎや木々のざわめきを聞いた時なんかに、私の心がリラックス出来たんだと思う。多分傷ついていた心も、少しは立ち直れたんだと思う。

 それから、たまにおばあちゃんに勉強もみてもらった。

 某所にある国立大学出身だと胸を張っていたおばあちゃんの教え方はとても上手で、ものすごく分かりやすかった。

 そんな日々を送り、およそ二ヶ月が過ぎたある日。私の能力も、体が直接触れ合うくらいに近付かなければ効力を発揮しなくなった頃。

 おばあちゃんから、話を切り出された。

「そろそろ、先の事は決まったかい?」

 そんな、前へ進むための話を。

 ……先の事。

 私の能力が抑えられるようになってから、先の事。

 もちろん、私はその事に関して毎日考え続けていた。

 おばあちゃんに勉強をみてもらったのだって、いつかは学校に復学して社会に出ていかなければならないからだ。

 私はその事を話した。

「なるほど。……ちょうどいいって言うと、少し変だけど……」

 私の話を聞いたおばあちゃんは、ある家族の事を話してくれた。

 それは、おばあちゃんの息子さんの三人家族の話。

 そこの家の大黒柱なお父さんは、お調子者で明るく、家族想いな人。お母さんは、常に笑顔でいるような、太陽みたいに朗らかな人。息子は少し不器用だけど、それでも優しい人。

 その家が、私の事を受け入れようかという話を持ってきているらしい。

「どうするかは、郷華ちゃんの気持ち次第だけど……」

 私は悩んだ。確かに、私はちゃんと社会に出て、普通の生活がしたいと思っている。だけど。

「私の事とか、お金の事なら心配する必要はないんだよ?」

 おばあちゃんの言葉は、私の考えているところをきれいに指した。

 ……この家で暮らしていて分かったのだが、おばあちゃんは一人でこの家に住んでいる。多分、夫には先立たれてしまったのだろう。おばあちゃんの家の一部屋には、それらしき小さな仏壇が構えられていた。

 一人で住んでいる、とは言っても、近所の人がたまに尋ねてきたりする。だけど、それでも……。

 もう一つの悩みは、お金の事。

 人間一人を――しかも学校に通うような年齢の人間を養うには、相当なお金が必要となる。おばあちゃんの家で過ごすようになってから、私は両親からもらった預金通帳をおばあちゃんに渡そうとした。しかし、

「それは自分の将来の為に使いなさい」

 と断られてしまった。だから、ここでの生活費はおばあちゃんに頼りっぱなしなのだ。

 それが、今度は学校に通うようにもなる。

 毎月、両親がある程度のお金を振り込んでくれる通帳にも、学校に通える程のお金は入っていない。

 私はその二つの事で悩んだ。悩んで考え抜いた。

 ……その末に、そこの家でお世話になる事に決めた。

 だって、いつまでもここに居ては、なにも変わらないのだ。いくら能力が抑えられるようになったところで、大した意味も持たない。

 それに、私から動いて変わらなければ、失礼だ。

 かつての両親にも、おばあちゃんにも、その家の人たちにも。

 だから、決めた。

 おばあちゃんにその事を話すと、すぐに手配を整えてくれた。

 私も、引っ越しの準備をすぐに終わらせた。

 そして数日後に、おばあちゃんの息子さんが、車で私の事を迎えに来てくれた。私とおばあちゃんは、それを玄関先で出迎える。

 おばあちゃんと息子さんは、簡単に言葉を交わしあっていた。私はそんな二人の様子を眺めていた。

 ……おばあちゃんの息子さん。今日から、私の父親になる人。ハキハキと明るい声で喋っていて、なんだか頼りになりそうな人。そんな印象を受けた。

 おばあちゃんとの話が終わったのか、息子さんは車に乗り込んだ。

「それじゃあ、気をつけて行っておいで」

 おばあちゃんはいつもと変わらない、のんびりとした口調。私はそんないつも通りなおばあちゃんに、深々と頭を下げる。

「たくさん、お世話になりました。本当にありがとうございました」

 表しきれない感謝の気持ちを、その二言に込める。

「はい、どういたしまして」おばあちゃんはそんな私の頭に手をおいて、優しく続ける。「またいつでもおいでね。郷華ちゃんは、私の孫なんだから」

「……はい」

 頭を上げる。おばあちゃんは、柔らかい笑顔を浮かべていた。

 私はその笑顔に背を向けて、車に乗り込む。大きな荷物は事前に届けてある為、この身一つと小さなバッグで。

 私を乗せた車は、静かに走り出す。 

 短い間だったけど、見慣れた景色がどんどん過ぎてゆく。

 おばあちゃんの家も、いつも散歩した道も、家の近くを流れていた川も、なにもかも。

 すべては流れ行き、やがて見えなくなっていった。

 ……そうやって、私はこの家に……この矢城家の一員となった。

 おばあちゃんの言っていた通り、この家の人はみんな明るく優しい。昨日から、何度もそう思った。

 でも、だからこそ、余計に迷ってしまう。

 私は本当に、この家に居ていいんだろうか。

 私は、余計な荷物なんじゃないだろうか。

 しっかりと人に慣れていこうとは決意した。またちゃんと、学校にも行こうとも思っている。

 それでも……

「やっぱり、まだ私は……」

 階下からの明るい声が、情緒不安定な私の心をかき乱す。

 私はどうすればいいんだろうか。

 頭の中で、悩みだけがグルグルと回り続ける。

「私は……」

 昨日からずっと悩み続けているけど、答えなんて見えそうにもない。

 また暗い不安が心を蝕み始めた頃、再び扉をノックする音が部屋に響いた。


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