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その13

 東と家の前で別れ、自宅にただいまを告げてから約三時間。

 玄関で母さんと出くわした時には、朝の事を根堀り葉掘り洗いざらい吐かされた後に屠られるかと肝が冷えたが、にこやかに「おかえり」と言われるだけで済んだ。

 それだけで済んでしまった事に、嵐の前の静かな海を航海している船のような気分を覚えたが、気にしない事にする。このままだと、多分、ほぼ十割の確率で良くない事が起こりそうだけど、それでも僅かな可能性にかけるっていうのが成功フラグだと思うし。

「功ちゃん、そろそろ晩ご飯にするから、郷華ちゃん呼んできて」

 なんて事を考えながら、リビングでぼんやりとテレビを見ていると母さんからそんなお願いをされた。

「うい~」

 それに返事をしながら、腰掛けていたソファーから立ち上がる。そしてゆっくりと郷華の部屋を目指す。

(……呼びに行くのはいいけど、俺が呼んで来てくれるのか、郷華は?)

 歩きながら思う。昨日のアレから、俺は口を利いてもらえていない。俺自身それをどうにかしなくちゃいけないとは思っているが、どうすれば改善できるのかが分からない。

「そもそも口を利いてもらわなくちゃ、取り付くシマもないよな……」

 なんて呟いた頃、郷華の部屋の前に到着した。

(……とりあえず、ノック……だよな)

 コンコンコン、と。

 勢い余って調べてしまったノックの作法を守り、丁寧に三回扉をたたく。

「……はい」

「あ、その、功司です」

 部屋の中から聞こえてきた声に、何故か丁寧語で返答する俺。

「……何か用ですか?」

 俺だと分かってから、郷華の声の温度がアイシングされたような気がしたが、きっと気のせいだ。そうだと信じたい。

「いえですね、母さんがもうすぐ晩ご飯が出来るとおっしゃってまして……」

「…………」

「それで、もうしばらくしたらダイニングにお越し頂きたいのですが」

「分かりました」

 愛想の良くないコンビニの店員さんとかよりも淡々としている返事。その言葉の雰囲気に、昨日の事をもう一度謝ろうと思っていた俺は気圧されてしまう。

「えーと、それじゃあ……また後で」

 そう一言残し、扉から離れる。そしてダイニングへと足を運びながら考える。どうやったら郷華がまともに口を利いてくれるようになるかを。

(謝るっていうのは、扉越しにだけど土下座までしたし……なんかこれ以上は逆効果になりそうだよな……)

 それ以外になにか、この現状を打破できる手段はあるのか?

(ご機嫌取り……したいけど、郷華に何をしてあげたら喜ぶかな……)

 安直にプレゼントをするという事が真っ先に思いつく。しかし、郷華の好きな物ってなんだろうか。

「う~ん……」

 女の子と言えば、甘い物とか可愛い物が好きそうだけど、一口に甘いや可愛いと言っても色んな種類があるし……。他に何か女の子が好きそうな物……。

「……ブランド物のバッグとか?」

 ……郷華がそれを欲しているとか以前に、普通に買えないと思った。

「わっかんねぇな……」

 呟きつつ、ダイニングの扉を開ける。

「何が分からないの、功司君?」

「んー、女の子の好きな物」

「誰かにプレゼントでもするの?」

「や、ちょっと郷華と仲直り(?)したいからさ」

「郷華?」

「ああうん、ほら、昨日から言ってたろ? 新しく家族になった女の子だよ」

「ふーん」

 ダイニングのいつもの席に腰掛ける。キッチンの方からは、なにかいい匂いが漂ってきていた。

「で、なんでプレゼント?」

「いやちょっとさ……喧嘩? しちゃって……ってなんで東がいるんだ」

 そこで気付く。ダイニングの、いつも父さんが座る席に東が座っている事に。

「五回も会話のキャッチボールしといてやっと気付くって……功司君、少し鈍すぎない?」

 呆れ顔の東。うん、俺も何で気付かなかったのかと思うよ。

「それはそれとして、なんでここに?」

「んー、今日はお父さんとお母さんの結婚記念日でね、娘ほっぽって二人でお出かけ中なの。それで、今日は功司君の家で晩ご飯をお世話になるように言われたから」

「あー、なるほど」

 未だに結婚記念日に二人で出かけるのか、東家のお二方は……。

「まったく、実の両親がラブ×2なところって、見てると何か恥ずかしくなっちゃうよね」

「まぁ、そりゃあな……」実の親がいちゃいちゃしてるところって、子供には正視に耐えかねるよな。「ところで、いつからウチにいたんだ?」

「ん、今来たばっかりだよ」

「ああ、俺が二階に行ってる間に来たのか」

 よかった。実は二時間くらい前からいました、とか言われたら本気で滝行でもしようかと思ってたぜ……。

「ところで、その……郷華ちゃん? と喧嘩っぽい事したって言ってたけど……」

「ん、ああ……」

 滝行で勘の鈍さは直るのかな、なんて考え出したところで、東からのキラーパス。キャッチボールに例えるなら、いきなりウィンドミル投法で変化球を投げられた感じ。さて、俺はどう返したものか……。

「喧嘩って、何か価値観の違いがあったとか?」

「いや、多分そんな恋人同士の喧嘩みたいな理由じゃないな」

「じゃあ、何か嫌がる事をしたとか?」

「…………」

 嫌がる、とかいうレベルじゃない事をした気がする。

「……功司君?」

「な、なにかな?」

「何かしたの?」

「い、いや、したというか、事故ったというか……」

「そうそう功ちゃん。お母さんもその事について知りたいんだけど」

 と、今までキッチンで晩ご飯の用意をしていたであろう母さんが、満を持す、といった様子でダイニングへやって来る。オラ、なんだかとっても嫌な予感がするゾ。

「そ、その事……とは?」

「朝の話。功ちゃん、いきなり出て行っちゃうから聞きそびれたんだけど……」

 母さんはいつものように俺の対面の席に座らず、俺の背後に立ってイスの背もたれをがっちりとホールド。

「功ちゃん、本当に覗いたの?」

 俺の退路を断った上での、その言葉。ほぼ間違いなくここで修羅場が展開されるであろう、その言葉。

「……覗いた?」

 東の眉尻がピクリと動く。俺は焦る。

「い、いやそのそれはあの……」

「おヘソがどうとか言ってたけど……」

「……おヘソ?」

 東の眉尻がツンと吊り上がる。俺は血の気が引く。

「あれ、本当なの?」

 俺の真後ろにいる母さんの表情は窺えない。しかし、俺の対角にいる東の表情はものすごく良く見える。見えすぎて怖い。

「え、えーと……」

 眉尻が吊り上がった状態で笑顔な東に何かオーラ的なものが集まっているのが見えた俺は、努めて冷静になろうとする。何だか久しぶりだなぁこんな展開……なんて思っている暇はない。

「本当なの?」

 もう一度、確認するように、ゆっくりとした口調でしゃべる母さん。俺は冷や汗脂汗がとめどない。

(ど、どうしよう、どうするよ俺……!?)

 冷静に、冷静になれよ俺。いけない、久しぶりとはいえ、こんな展開は何度もあったものだ。故に俺だって何度も経験した事態なんだ。だからきっと、この場面を上手く切り抜ける手段も思いつくはず……!

(それに何度も何度も同じ展開にしたら、『またこの展開かよ』とか第三者視点から思われてしまう……)

 ネタのマンネリ化は避けたい。じゃないと、色々と見捨てられてしまうような気がしてならない。

(なら、ならどうすればいい? 思い出せ、俺はいつも、こういう時にどんな反応をしていたのかを……)

 焦る→色々と口走る→合ってるけど表現が間違った事を言われる→正しいけど誤った理解をされる→俺終了のお知らせ……と、確かこんな感じだ。

(なら、それの正反対をいけば……あるいは……!)

 一つ、息を吸って吐く。OK、今日の俺は一味違うぜ。

「…………」

「功ちゃん?」

「……ああ、本当さ」

 冷静に、あるがままに。

「へぇ~……」

 東からなんかすごいプレッシャーを感じる。しかし、慌てるな、焦るなよ俺。

「どうしてそんな事になったの?」

 母さんからの問いかけにも、ただ淡々とあった事を話す。

「どうしても何もないさ。俺はいつもの通りに、お風呂に入ろうと思ったんだ。そうしたら郷華もちょうどお風呂に入ろうとしていたみたいでね、当時、ノックさえ覚えていなかった馬鹿な俺は、うっかり彼女の着替えを覗いちゃったって訳さ」

「……なるほどね」

「その時の郷華はおヘソがチラリ状態のままフリーズ。当然俺もさ。何が起こったのか分からなかったね。三十秒くらいはそうしていたかな、その後、彼女からの右ストレートが俺の顔を打ち抜いたのさ」

「……それで?」

「その後の事かい? 簡単な事さ。俺は扉に向かって土下座したね。あの時の床の冷たさまで鮮明に思い出せるよ」

「……ふーん……」

「それからというものさ、郷華があんな調子なのはね。だから俺は、彼女の機嫌を取るために、何かプレゼントでもしようと思ったのさ」

 そこで俺は言葉を終わらせた。

 これでどうだろう。いつもとは全く調子を変えてみたのだが。

「さて、と」

 東が、そう言って立ち上がる。やけに大仰な仕草だな、と俺は思った。

「そろそろ功司君の矯正をしなくちゃね」

 なんという事だ! いつもと展開が変わらないように見えるぞ。でも、俺は諦めない。まだ、どこかに逃げ道がきっとあるハズさ。

「うん、お願いね、理亜ちゃん」

 まさか! 実の母親まで俺の前に立ち塞がるなんて。

「ああ何ていうことだろう、結局、俺の運命は変わらなかった!」

「とりあえず、その和訳された洋書みたいな喋り方を真似しようとしたけどしきれてない口調から直さないとね」

「え、マジで?」

 ものすごくいい笑顔に殺意の波動をにじませた東は、隣まで来ると、俺の耳を掴む。

「……やれやれだぜ」

 とりあえず、言ってみた。直後に耳が引っ張られる。端的にその感覚を表すなら、とても痛い。

 今回の俺。

 冷静になろうとする→慌てずに、ありのまま起こった事を話す→実直な表現をする→多分、色々と正しく理解される……と、今までとは全く違うのに。

「痛い痛い! 待って東さん、耳とれちゃう! 人間の耳は人間の自重を支えるために存在しているんじゃなくて言葉を聞いて分かり合うために――」

「うるさい」

「はいごめんなさいでした……」

 ……俺終了のお知らせ。それだけは変わらなかった。


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