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その12

 アルバムに落ちてしまった水滴を拭い、洋服をタンスにしまい込んだところである事に気付いた。

「……本棚がない」

 昨日はまったく気にしていなかったが、前の学校で使っていた教科書やお気に入りの小説、それとアルバムを持ってきていたのだ。

「……どうしよ」

 タンスにしまっておく、というのもアリといえばアリだが、しかしそれは出来ればしたくない。本は本棚にしまわないと、なんとなく気が済まないのだ。

 我ながら変な風に几帳面だと思いながら、とりあえずテーブルの上に本は積んでおく。多分、いつかはちゃんと整理しよう。

(これで、しまわなきゃいけないような物はないかな……)

 ダンボールの中をのぞき込む。二つあったダンボールのうち、一つは既にからっぽで、もう一つの中身は目覚まし時計やぬいぐるみ等の、部屋に飾っておくものが多くあった。

 それらを部屋に配置する。

 目覚まし時計は、ベッドの枕元に置く場所がないのでテーブルの上へ。持ってきたぬいぐるみ――変な顔をしたトラのぬいぐるみと妙に凛々しい顔をしたウサギのぬいぐるみ――はベッドの上に。

「次は……」

 そう言って、ダンボールの中に目を落とす。すると、クシや手鏡など細々とした物の中に淡い緑色をしたプロミスリングがあった。

 布製のそれを手に取る。何の変哲もないように見えるプロミスリングには、とてつもなく胡散臭い特殊な技術で、疑心暗鬼が生じる暇すら与えてくれない私の能力を抑制する力が織り込まれているらしい。

「…………」

 これをもらったのは、遠い親戚だったおばあちゃん。そのおばあちゃんの家に行くまでの経緯を思う度に、気持ちが暗く沈む。

 それは、何度も思い悩んだ末の決断。

 私は、自らの意志でかつての家を出ていったのだ。

 ……私の能力を知ってから、私との関係だけではなく、お父さんとお母さんの関係も妙にギクシャクしてしまっていた。

 それはそうだろう。実の娘とはいえ、自分の心が読まれてしまうのだ。そんな存在に自分から近寄ろうと思うような人間は、やましい事をした覚えがない人間くらいにいないだろう。

 それに私自身だって、あまり人に近寄りたくはなかった。また知らなくていい事まで……知らない方がいい事まで知らされてしまいそうだったから。それに何より、実の両親に今の私はなんて思われているのか知るのが、すごく怖かった。

 そうしてほとんど一人ぼっちで過ごしていくうちに、私は一つの事を決心しだした。

 それは、この家を――十五年間暮らした家を出ていこうという決心。

 行く宛は、たった一つだけあった。何年か前にだけど、一回だけお父さんが酔っぱらいながら話していた遠い親戚の話。

 そもそも、お父さんの方の家系は、ずっと昔には色々と曰く付きの一族だったらしい。その頃には人間が使えないような能力が使えて、それを利用して生計を立てていた……なんていう眉唾物の話。その事について、その親戚が詳しいという話。

 ……今からしてみれば、それはかなり無謀な事だったんだろうと思う。

 しかし決断してから、私はすぐに行動を起こした。

 まず、お父さんにその親戚の事を聞いて……心を、読んで……その親戚の住所や電話番号を知った。それからその家に電話をかけて、私自身の事について色々と話してみた。

 電話の相手だった親戚のおばあちゃんは、私の話を聞いて、一つの条件付きで私が訪れる事を許してくれた。

 その条件とは、家を出ようと思った理由を話す事。

 電話越しだったため、その質問の真意はよく分からなかった。だけど私は、すぐに答えを返した。

「これ以上、両親に迷惑はかけたくないから」と。

 それを聞いたおばあちゃんは、「いつでも好きなときにおいで」と言ってくれた。

 行き先の目処がついた私は、すぐにある程度の荷物をまとめて、お母さんに家を出ると告げた。

 お母さんは私の話に、ただ曖昧な言葉を発するだけだった。でも、心の声ははっきりと聞こえてきた。

 それは、どこか安堵したような気持ちと、私に対する申し訳ないような気持ち、それと親として不甲斐ない自分を責める気持ち。それらを混ぜ合わせたような声だった。

 未練があった。引き止めて欲しくなかったと言ってしまえば嘘になる。家を出ていこうと決めた私を、例え言葉の上だけでも止めて欲しかった。そういう気持ちが私の中にはあった。

 けれども、私はもう決めたのだ。この事は、私自身の意志で決めた事なのだ。

 このまま私が、今までのように居続ければ、もしかしたらお父さんとお母さんの仲まで取り返しのつかない事になってしまうかもしれない。それに私だって、いつまでも引きこもっている訳にはいかない。

 だから、私は決めたんだ。

 そして、私が家を出ていく日。始発の電車に乗って親戚の家に行くため、まだ空も暗い時間に私は出発しようとしていた。

 軽く身だしなみを整えて、荷物を詰めたキャリーバッグを転がす。ご飯は途中で、できればあまり人のいないところで買おう。そんな事を考えながら向かった玄関。そこに置いてあった、一切れの紙に目がついた。

 その紙には、短く一言で「ごめん」と書かれていた。そしてその紙の近くには、私の名義で作られた預金通帳とこの家の鍵。

 それを、素直に受け取るべきか迷った。すごく迷った。

 十分くらい色んな葛藤をした末に、私はそれらを受け取る事にした。ここでこれを受け取らないと、お父さんとお母さんの好意を無駄にしてしまうと思ったから。

 私は通帳をバッグに、鍵をポケットに入れ、「ごめん」と書かれた紙には「ありがとう」と書き込み、それだけは元の場所に置いておく。

 そして玄関の扉を開けて外に出る。受け取った鍵で、多分もう二度と開ける事のない扉に鍵をかける。

 ……十五年間の思い出を、施錠する。

 そして家全体を見渡せるくらいに玄関から離れ、私は扉に向かって一礼をする。

 これで……この家とは決別だ。

 そんな思いを抱いて。

 ……そうして、私は遠い親戚のおばあちゃんの家に向かった。そこで、淡い緑のプロミスリングをもらったのだ。おばあちゃんが言うには、このリングさえ身に付けておけば能力を簡単に抑制できるらしい。

 ……でも。

「付けたくないな……」

 あの家を出る際に、私は色んな決心をした。この能力に関しても、受け入れて克服していこうと思った。

 しかし、それでも。

「……まだ、認めたくないのかな……」

 まだ、私は未練を抱いている。私はまだ、自分の事を普通の人間だと、何の変哲もない一般人だと思っている。

 でもこのプロミスリングを付けてしまえば、矢城郷華は異能であると、異端であると私自身が認めてしまう。両親の元を離れ、友達もなにも無くし、一人ぼっちになってしまったんだと認めてしまう。……そんな気が、してしまう。

「そんなのは……嫌だよ……」

 だから私はきっと、この先このリングを身に付けることはないんだと思う。


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