その10
「本当に大丈夫?」
「ええ、荷物もそんなに多くはないですし」
あの人を窓から見送ったあと、また私は一人で悶々と暗いことを考え続けてしまった。
自分の能力や、かつての友達の事、そして……元の両親の事。
私の中に得体のしれない能力が芽生えてしまった事を、お母さんに打ち明けた時、最初は信じてもらえなかった。熱でもあるのかと心配された。
それは当然の反応だと思う。私だって、いきなり「人の心が読めるようになった」なんて言われても普通に冗談だと思うし、もしくは暑さとかで頭をやられちゃったかとも思う。
しかし、私は暑さにやられてもいないし、頭に強い衝撃を受けたわけでもない。至って普通だ。正常に異常をきたしたのだ。
その事を分かってほしかった。信じられない事だけど、信じたくもない事だけど、私の中にそういうモノが芽生えてしまった事に。
だから、お母さんの心を読んだ。能力が芽生えてしまってから、初めて自分の意志で。
普通にしていても、表面的な思考は私の頭に勝手に流れ込んでくる。今から何をしようだとか、そういう思考は。しかし意識して能力を使ってみると、どうだろうか。
どうすれば能力を使えるのかは全く分からなかったけど、なんとなく目の前にいるお母さんへと意識を向けてみた。
すると、私の頭の中に、色んな声や情景が浮かんだ。
例えばそれは初恋の記憶だったり、お父さんにプロポーズされた記憶、また、へそくりの在処や今日の晩ご飯の献立などといったものまで。
ありとあらゆる、お母さんに関する記憶や感情が私の中に流れ込んできた。
そして、私はその事をお母さんに告げた。
……でも、それはやってはいけない事だったのだ。
誰だって、自分の心の内を、記憶までをも見透かされていい気分になるわけがない。
……それは、自分の血を分けた娘であろうと。
『信じられない』
最初は驚愕の声が頭の中に響く。
『何で……?』
次に疑問に思われる。
『今も……読まれているの?』
そして最後には不審に思われ気味悪がられる。
お母さんの表情は、あまり変わらなかった。
でも、一方的に筒抜けてしまうのだ。
お母さんの心は、私の心に。
色々な気持ちが私の頭に錯綜した。
それはお母さんの、私の事を気味悪がる気持ちと、そんな事を思ってはいけないという自制の気持ち。
そんな気持ちを知ってしまった私は、どうしようもなくいたたまれなくなった。
……それ以来、私は自室にこもる事が多くなり、極力誰にも――お母さんやお父さんにさえ会わないようにしてきた。遠い遠い、親戚のおばあちゃんの家に行くまでは。
「――ちゃん? 郷華ちゃん?」
「えっ……」
と、私の名前を呼ぶ声で、辛い回想から現実に意識が向く。
「大丈夫、郷華ちゃん?」
目の前には、妙に幼げな、瞳に心配の色を滲ませた女の人の顔。
「え、あ……大丈夫、です」
私はそう答える。
(今は……何をしてたんだっけ)
確か、朝から悶々としている間にお昼になって、目の前の人が作ってくれたご飯を食べて、それから私は……そう、部屋の隅に置かれたままの荷物を整理しようとしたんだ。
「本当に大丈夫?」
先程と同じ言葉。でも、意味合いは違う。
「大丈夫です」
少し大きな声で、ハッキリとそう答える。
「それならいいけど……何か困った事とかあったら、すぐに言ってね?」
手を握られる。握られた場所からは、すごく温かな気持ちが流れ込んでくる。
「……はい」
この人は、私の能力の事を知ってるんだろうか。親戚のおばあちゃんの家で、能力の制御方法を教わったとはいえども、私の近くにいれば……私に触れてしまえば、心は筒抜けてしまう。知らないとするならば、私に簡単に触れてしまえるのも頷ける。でも知ってて私に触れられるのなら……
ふとそんな事を思った自分が、嫌になった。
この人は、裏も表もなく、ただ純粋に私の事を心配してくれているのだ。それなのに私は、まるでこの人を値踏みするかのような事を考えてしまっていた。
「それじゃあ、またおやつとか作ったら呼ぶね」
「……ええ」
そう言って、あまりにも温かく優しい人は部屋から出ていく。
一人になった私は、考える。
(私は……あの人の事を……この家の人たちの事をなんて呼べばいいんだろう)
考えながら、ダンボールに押し込められた荷物を一つ一つ取り出していく。
(お母さん……とは呼べない。お父さんとも呼べない。だって、私のお父さんとお母さんは……)
と、ダンボールの底に、アルバムがつめてあるのを見つけた。いつ入れたんだっけ、と思いながら、ページを開く。
そこには、今よりも――私が最後に見た時よりも若いお父さんとお母さんに挟まれて、楽しそうに笑っている幼い自分がいた。
「私のお父さんとお母さんは……」
ポツリと。
温かないつかを切り取った写真の上に、小さな滴が落ちた