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その9

「……ふむ」

 初夏ってこのくらいの時期の事を言うのか個人的に毎年悩む、六月初旬の太陽が中点にさしかかるお昼休み。俺は広大な食堂の一角にある購買に来ていた。

 普段は母さんが作ってくれる弁当を持参している俺が、なぜお昼休みに購買に来ているかというと……

「朝のアレのせいで、弁当を忘れたからです……」

 いつも母さんは、作った弁当をキッチンに置いておく。そして俺は、いつもそれを出かける直前にカバンに入れる。しかし今日の朝にはそんな猶予が全くなかったと言ってもきっと過言じゃない。

 そんな訳で、今日は買い弁というやつだ。

(そういや俺、購買を利用すんの初めてだな)

 小さなコンビニみたいな感じの購買で、おにぎりを物色しつつそんな事を考える。転校してきて早半年、ようやくの購買デビュー。

(東を案内したときは、風の噂で焼きそばパンが人気だって聞いてたけど……)

 どうやら焼きそばパンのブームは過ぎ去ったらしく、今はメロンパンが売れ筋のようだ。「メロンパン売り切れ」と書かれた大きい札がレジの近くに掲げてあった。

「しかしアップルパイ的な物が好きな俺に死角はなかった」

 定番である(と個人的には思っている)コンブとお赤飯のおにぎりを手にした俺は、そう呟きつつ菓子パンが陳列された棚の前へ。そしてすぐにアップルデニッシュを発見した。

「メインパイきた、これで勝つ――」

 と、スラング的なセリフを吐きつつ、伸ばした手が掴んだもの。それは、何か温かくてスベスベの柔らかいものだった。

 まさか最近のアップルデニッシュは、こんな女の子の手みたいな感触がするのか……なんてのんきに天然な事を考える訳もなく。

「あ、ごめんなさい」

 多分アップルデニッシュの近くにあるパンを取ろうとしたであろう女生徒の手と触れ合ってしまった自分の手を慌てて引っ込める。

「あ、いえこちらこそ――って矢城功司!?」

 と、けっこう大きな声で名前を呼ばれた。知り合いかな? と女生徒の顔を見てみれば……

「あれ、来宮さん?」

 そこにおわすは学園の理事長が孫であらせられる来宮梢さん。

「な、なんでアンタがここに!?」

「いや何でって、普通にお昼ご飯を買いに来てるだけですが……」

 なんか先月も同じようなやり取りをした気がする。

「あれ……」

 と、妙にアワアワしている来宮さんをみて、いつもと何かが違うことに気付く。

 先輩だけど中学生くらいにしか見えない容姿、それに不釣り合いなプロポーション(主に胸)と、その辺りはいつも通りだけど……

「あ、髪型」

 そして髪の毛に目がいって気付く。幼い容姿にベストマッチしていたツインテールが、今日は一本のみ――つまりはポニーテールになっていた。

「な、なによ」

 来宮さんは俺からの視線を不審に思ったのか、どことなく不機嫌そうに俺をねめつけてくる。

「あ、いえ、ポニーテールも似合いますねって思っただけです」

 ポニーテールもすごくハマって見えたので、素直にそう言う。

「は、はぁ!?」

 それを聞いた来宮さんは、顔を真っ赤っかにさせてしまった。

「い、い、い、いきなり何を言うのよアンタは!?」

「いや、普通に似合ってたもので、つい。ポニーもいいですね」

「だっ、も、だ、あーもう!!」

 謎の言葉を叫んだ後、来宮さんはシュバッとすごい勢いでアップルデニッシュを手に取る。

「あの、来宮さん? どうかしたんですか?」

「知らないわよっ!!」

 そして結構な勢いで、俺に背を向けレジまで走っていきものすごい早さでガマ口のお財布から会計ちょうどの小銭を出して走り去る来宮さん。ちょっと見えた耳が朱に染まっていた。

「なんていうか……」

 その様子を見て、呟く。からかい甲斐があるって言うと少し可哀想だけど。

「純粋な人だよなぁ」

 少し郷華に似てるような気がするな、なんて思いつつ、アップルデニッシュを手に取ろうとした――ら、どうやら来宮さんが持っていったのがラスト一個だったようだ。

「……ま、いっか」

 来宮さんの様子を見ていたら何か朗らかで大らかな気持ちになれた俺は、そう呟いてコンブと赤飯のおにぎりだけをレジへと持っていった。


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