すべてを夢見るが何もしない少年
春翔は、夢を見るのが得意だ。
世界に名前を残したい。スポーツで歴史を作りたい。家族を幸せにしたい。
──でも、目が覚めると、何もできない。
毎朝「今日は変わる」と誓い、夜にはまた「明日こそ」と呟く。
そんな日々を繰り返す中、
春翔の前に一人の少女、青井が現れる。
怠惰な少年と、少し不器用な少女。
小さな出会いが、彼の「止まっていた時間」を少しずつ動かし始める──。
家族、友情、そして恋。
ゆっくりと、でも確かに育まれる関係を描く、等身大の青春ストーリー。
午前6時30分、アラームが鳴り響いた。
春人は、まったく動かなかった。
手探りでアラームを止め、枕に顔を埋めたまま、かすれた声でつぶやく。
「あと…5分だけ…」
5分は10分になり、10分は20分になった。
ようやく目を開けたとき、朝の光が顔に突き刺さっていた。
ベッドに腰掛けた春人は、寝ぐせだらけの頭をかきながら、天井を見つめ、小さな声で、いつもの言葉を口にする。
「今日こそ…今日こそ変わるんだ。」
毎朝言っていた。
毎晩も言っていた。
壊れたレコードのように、同じ約束を繰り返していた。
早起きして、走って、勉強して、体を鍛えて…
「すごいやつ」になって、人から話題にされる自分を想像していた。
大金持ちになって、有名になって、歴史に名を残す自分を――。
でも、現実の春人はというと。
ベッドにへばりつき、昨日のTシャツを着たまま。
椅子の上の制服が、まるで「今日こそ着てこいよ」と見張っているように感じた。
台所から、姉の声が飛んできた。
「はるとー! 学校行くの? それとも家具になるつもりー?」
いつものように、冗談混じりの叱り声だった。
春人はため息をついた。
「いくよ…いくってば…」
でも、動かなかった。
スマホを手に取り、グループチャットをのぞく。
> 【ソウタ】「今日、放課後サッカーの試合だぞ。来るか?」
【カズ】「はるとは来ねぇよ。絶対来ねぇ。」
【ソウタ】「じゃあ千円賭けるわ。どうせまた遅刻かサボりだな。」
春人は奥歯をかみしめた。
「……バカども。」
けど、彼らが正しいことも、わかっていた。
芸術的なまでに遅い動きで制服に着替え、カバンを肩にかけ、ようやく階段を降りる。
兄の大輝はすでに台所にいた。
仕事用のシャツをパリッと着こなし、コーヒー片手にスマホをいじっている。
「また遅刻?」
顔も上げずにそう言った。
「そんなに遅くないよ。」
「おはよう」の代わりみたいに、牛乳を注ぎながら春人は答えた。
綾が腕を組み、カウンターにもたれて彼を見た。
「その調子で寝坊してて、大金持ちになれると思ってるわけ?」
その言葉は、鋭い石のように胸に落ちた。
綾に悪気はなかった。でも痛かった。
彼女は知らない。
春人が毎晩、YouTubeで「成功者の習慣」みたいな動画を見てることを。
モチベーション系のポッドキャストも、TEDトークも欠かさず見てることを。
――そして、頭の中で何度も想像するんだ。
「大きな家を買って、ばあちゃんにあげて、家族を楽にして…」
春人は、いつも大きな夢を見ていた。
でも、朝になると――
何もしなかった。
中途半端な朝食を終え、自転車にまたがり、無気力にペダルを踏む。
冷たい朝の空気が、少しだけ彼を目覚めさせた。
空を見上げると、透き通る青空が広がっている。
小さな笑みがこぼれた。
「いつか…」
「いつか、俺は何かを変えられる人間になる。」
――だけど、頭の中で別の声がささやく。
『ほんとに? 今朝も起きられなかったくせに。』
その声は、学校に着くまで彼を追いかけた。
最初の授業は数学だった。
教室に入ったのは、ほぼ半分が終わったころ。
制服は乱れ、シャツのボタンも外れたまま。
先生は片眉を上げただけ。
「また遅刻ね、春人。」
「渋滞で…先生。」
――渋滞なんてなかった。
あったのはベッドだけだ。
教室の一番後ろに座ると、隣にはカズ。
カズは、夜通しゲームして、授業中はいつも寝てるようなやつ。
春人と同じように怠け者だけど、カズには野望なんてない。
「ほらな、絶対遅れると思ったわ。」
カズがニヤニヤして言う。
「うるさいな…」
春人は机に顔を埋めた。
前の席から、サッカー部キャプテンのソウタが振り返る。
「おい、春人。今日の試合来るだろ? 人数足りないんだ。」
春人は少し黙った。
「行く」って言いたかった。
練習に出て、走って、汗かいて、何かやってる実感を得たかった。
でも口から出たのは――。
「わかんない…用事あるし。」
嘘だった。
用事なんて何もなかった。
家に帰って、天井を見つめるだけだろう。
放課後、チャイムが鳴ると同時に、校舎が騒がしくなる。
春人は静かに自転車をこぎ、祖母の家へ向かった。
放課後、ばあちゃんに顔を出すのが日課だった。
玄関を開けると、ランドセルを置き、台所に行く。
祖母はお茶を淹れていた。
「春人、いらっしゃい。」
あの、子供のころから変わらない優しい声。
春人は手を軽く上げて、気の抜けた挨拶。
「…よ。」
祖母は少し痩せたように見えた。
立っているのも大変そうで、椅子に腰かけている。
その姿を見た瞬間、春人の胸の奥がざわついた。
――ばあちゃんは、俺の中でずっと“壊れない壁”だったのに。
いつも元気で、俺を甘やかしてくれて、「大丈夫だよ」って言ってくれてたのに――。
今は、すごく弱そうに見えた。
どう接したらいいのか、わからなかった。
「学校はどうだった?」
ばあちゃんは、変わらない笑顔で尋ねた。
春人は少し喉を鳴らし、
「…普通。」
そう言ってスマホをいじり始めた。
祖母は黙って見ていた。
でも、その目は少し寂しそうだった。
春人は話したかった。
胸の中のこと、夢のこと、痛みのこと。
でも、言葉にならなかった。
結局、彼は黙ったまま。
夜になり、家に戻ると、春人はベッドに倒れ込んだ。
また天井を見つめる。
――大金持ちになること。
――世界を変えること。
そして、何もしてないのに、なんだか疲れてる自分のことも考えた。
目を閉じ、つぶやく。
「明日こそ…明日こそ変わるんだ。」
でも、自分でも信じていなかった。
はじめまして、ケネットライツです。
私は日本語のネイティブではありませんが、
日本の小説やマンガ、そしてアニメに深く影響を受けて育ちました。
この作品は、自分自身の経験や思いを込めた青春ストーリーです。
まだまだ未熟ですが、読んでくださった皆さんに
少しでも共感や感動を与えられたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。