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04 『誘拐事件発生』


 斗真が『寺探偵事務所』の一員になってから早1カ月が過ぎようよしていた。斗真の役割は大体現場に赴いて行動し、情報を集めることであった。よくある依頼は浮気調査、その証拠写真を抑えることが斗真の仕事内容だった。

 ちなみにだが斗真はこの仕事が本当に上手い。もともと泥棒として気配を消すことに長けていたが、尾行調査の時にその長所が遺憾なく発揮される。


 これには冬彦や栞にも驚かれた。正面から顔が映るように写真を撮ってもターゲットに感づかれていなかったときはむしろドン引きしていたほどだ。


 「斗真......あんたのその才能が怖いよ私は、何でそんなことができるのか......」


 栞にはその驚きを直接伝えられた。斗真だって自分がなぜこの才能を与えられたのか分からないのだから答えようがない。冬彦も、


 「俺が動くよりも早いし確実な証拠をもってきてるぞ、俺だってこの道は短くないはずなんだけどなあ」


 とぼやいていた。斗真から言わせれば、冬彦の強みはもっと別にあると思っているが面と向かって言うのは恥ずかしいのでスルーする。冬彦は依頼者の心を掴むのが上手い。根っこの人間性が依頼者からの信頼などを勝ち取ることにつながっているのだろう。それは斗真には真似できない分野であり、うらやましくも思っていた。


 栞には働いているとき、なんでこの仕事を選んだのか質問してみた。同僚にする質問としてはありきたりだが、栞はこう答えた。


 「私ってパソコン周りの機械関係にめっぽう強いじゃない?しかも頭良いし。それで在学中にハッキングの腕を買われて寺さんからスカウトを受けたのよ。コレの額も悪くなかったから即答したわ」


 そうして親指と人差し指をくっつけて輪っかを作り、ドヤ顔で理由を話す。斗真も栞に対する印象は本人が自覚しているものと大して違いはない。ターゲットのパソコンのデータや、監視カメラの映像をどうやってか入手する技術を持っている。一度間近で見ていたが、指の動きが早すぎて本当に何をしているか理解できなかった。大学も頭が良いところに通っているらしい。まとめるとスペックお化けだ。


 ほどほどに忙しくも楽しく仕事を続け、慣れてきた頃に冬彦が血相を変えて事務所内に入ってきた。


 「おい!みんないるか!?緊急事態だ、全員すぐに集まってくれ!」


 そのただ事ではない様子に斗真の緊張感が高まる。急いで冬彦の下へ駆け寄り、次の言葉を待つ。冬彦は急いできたのか、上がった息を整えて話し始める。


 「よし、時間が無いから簡潔に話すぞ。ついさっき俺のスマホに依頼が入った。依頼者は白河勝義、依頼内容は――――誘拐された白河氏の子、白河守の救出だ」


 「「―――っ!」」


 冬彦の口から出た言葉を頭の中で処理するのに斗真はほんの少し時間を要する。栞はすぐに飲み込んだのか、冬彦に対して質問する。


 「誘拐した子を助けるって話でしたけど、警察には......」


 「いや、警察はだめだ。犯人からの要求は身代金5000万円の用意と、警察へ通報は禁ずることの2点らしい。だから俺に連絡が来たのだろう」


 冬彦は神妙な面持ちで答える。斗真はようやく事態を飲み込み、そして次にどんな行動をすればいいか考える。


 「救出するっていっても、犯人がどこで匿ってるかとかが分からないとどうしようもないよな」


 「それなら私が割り出すわ。寺さん、その守君が誘拐された時刻って分かってる?」


 「確証はないがおそらく下校してるタイミングでさらわれたのだろう、今から1時間くらい前を探すと良い」


 「分かった、絶対見つけるわ」


 栞は自分のパソコンに向かって犯行の映像を探すための作業をする。監視カメラ大国のこの国なら、外での犯行で栞に見つけられないものは無い。通学ルートを中心に、守君の姿を探しに入る。モニターには分割されたそれぞれのカメラの映像が映っている。それを全員で観察し、怪しいものはないか注視する。


 斗真の目に、一台の動かない車が映った。別に怪しい様子ではないが、なぜかそこに目が吸い寄せられる。映像が進み、探し始めて6分が経過しようとしていたその時、斗真はその車から二人の男が下りてくるのを確認した。そしてそこに守君がじわじわと近づいていく。次の瞬間、男は守君を車内に連れ込む様子がばっちり映っていた。


 「いた!この映像だ!守君はこの車に乗せられて誘拐されたんだ!」


 モニターに指をさして、みんながその指先に注目する。


 「間違いない、この子だ。栞、この車の行き先を追ってくれ!」


 「もうやってます!」


 後は栞が見つけてくれる事を祈りながら斗真は見守ることしかできなかった。そして2分後、


 「見つかった、この廃ビルの中に守君はいるはずです!」


 「よくやった栞、あとはどうやって助けるかだが――」


 冬彦はそう呟いて斗真の方を向く。


 「斗真、やれるか?」


 冬彦の頼みに斗真は戸惑った。自分がやれるかどうか不安になったからではない。「やらない」という選択肢が自分の中に少しもなかったからである。


 「やる、絶対にやる。必ず成功させる、守君を助けるよ」


 斗真の言葉に冬彦は満足そうな顔をした。そして彰人が近づいてきて、あるものを斗真に渡してきた。


 「でしたらこれをお使いください、この任務に必要になるかもしれない道具などを入れております」


 斗真は受け取ってその中身を確認する。なるほど、これを持っていけるなら心強い。

 栞からも小さなアイテムを渡される。イヤホンのような形をしたものだ。


 「それ、耳に着けておいて、小型の通話機だから。私はここから指示を出す、それをその通話機でやり取りするのよ」


 渡されたそれを耳に装着する。案外周囲の音もしっかり聞き取れる構造になっているようだ。つけていても全く違和感がない。

 全ての準備が整い、斗真は現場の廃ビルに向かう。途中までは彰人が運転して連れて行ってくれるらしい。


 「斗真、気を付けて、絶対に無茶したらダメだからね」


 「誘拐の実行犯である二人は確実にいるだろう、それ以上の人がいても不思議じゃない。気をつけてな」


 「分かった、じゃあ、……行ってくる!」


 そうして事務所を出て、車に乗り込む。目的地に向かう道中、栞から受け取った通話機から声が聞こえてきた。


 『もしもーし、私の声聞こえてる?聞こえてたら返事頂戴』


 「聞こえてるよ、こっちの声も届いてるか?」


 『バッチリね、ならその機械についてちょっと伝えておくわ。まず後ろにボタンがついてるんだけど、それを押してみて』


 斗真は手探りで言われたボタンを探す。案外すぐに見つかったので押してみる。


 『これを一回押すと了解の合図よ。声を出せないときに使いなさい。二回連続で押せば想定外の事態発生、三回連続なら――命の危険、またはそれと同等の事態が起こったとみなすわ』


 「とりあえず頭に入れておくよ、最後のは使わずに済むといいがな」


 『そういうこと、声を出せるならなるべく情報を頂戴ね』


 「了解した、サポートは任せたぜ」


 そうこう話して準備をするうちに、車が止まる。


 「わたくしはここで待機しています、もしもがあればすぐに駆け付けるのでご安心を」


 「ありがとう田中さん、頼りにします」


 そう言葉を交わして、斗真は車から降りる。ここから廃ビルまではすぐのところにある。

 斗真は存外落ち着いていた。変な緊張は無く、むしろ普段よりも冴えわたっているような気さえしている。一度深呼吸をして、覚悟を決める。


 「栞、今から建物に入る」


 『了解、最優先は守君の救出。犯人を捕まえようとかは考えなくていいからね』


 通話機を一回押し、声を発さずに返事をする。

 斗真はビルの入り口に立ち、その中へ侵入していく。


 ――――――ミッション、スタート


 ♢♢


 ビルに入った斗真はまず、1階の構造を把握することにする。建物の構造を何となくでも把握しておきたいからだ。


 (とりあえずこの階から人の気配はない、やっぱりいるとしたら上の階か)


 斗真は自分の感覚を信じ、慎重に歩を進めていく。ゆっくりと部屋を回りながら、一つずつ確認する。1階が終われば2階、2階が終われば3階と進み続ける。

 緊張が高まっていくのを感じるが、落ち着くことを忘れない。急いでも良い結果は得られない。確実に事を遂行するためにはそういう精神力が必要であるとこの1か月で学んできた。それはこの例外である状況でも変わることではない。


 5階に到達しようとしたその時、微かに人の声がした。斗真は一度動きを止め、耳からの入ってくる情報に全神経を集中させる。


 「はーっ、これで報酬はちゃんとでるんだろうな?」


 「わかんないけどガキ一人誘拐するだけで大金が手に入るんだぜ?やらない理由がねえよ」


 (男が2人、会話してる声が聞こえる。会話の内容的にも実行犯なのは間違いないな)


 犯人の居場所は何となくわかったが、肝心の守君の居場所が不明のままだ。とは言っても大体想像はつく。このビルで犯人の二人が固まって同じ階にいるのだ、同じ場所に守君もいると考えるのが自然だろう。

 斗真はそう結論付け、彰人にもらった道具のうちの一つを取り出す。手に取ったのは催涙スプレーだ。これなら接近しても、自分の身を守れる可能性がある。


 再び5階に踏み込む。男たちの声は一番奥から聞こえてきた。部屋の前まで気配を殺して接近する。ドア一枚を挟んだ向こう側に犯人はいる。ドアノブに手をかけ、突入の構えだ。


 (犯人は今、俺がここにいることを知らない。やれるはずだ、向井斗真)


 「バンッ!」と音を立て、一気に中に突入する。犯人はドアの方を振り向くが遅い、斗真の催涙スプレーが届く方が先だ。まずは一人、目をやられて動けなくなる。悶えているが2,3時間したら元に戻るだろう。

 残りは一人、でも距離をとられた。斗真は実戦経験という意味では疑いようもない素人だが、それは相手も同じらしい。未だ斗真の侵入による混乱は抜けておらずあたふたとしている。

 部屋を見渡すと、守君が柱に縄で縛られているのが見える。どう連れ出そうか悩んでいると、男の方から口を開いた。


 「な、なんなんだお前は、警察なのか、一体どっから入ってきた!?」


 「答えないよわざわざそんなこと、そこの解放してもらってもいい?」


 「くそっ、警察はこないように言ったんじゃないのかよ」


 「警察じゃなくてどっちかというと怪盗だけど」というのを心の中で挟みながら守君のそばに駆け寄る。気を失ってるみたいだけど外傷などは見当たらない。ひとまず危険な状態ではなさそうだ。

 男がうろたえている隙に拘束している縄を切る。このナイフも彰人に渡された道具の一つだ。


 「栞、一旦守君を保護することはできた。今から離脱する」


 『了解、田中さんに向かってもらうから早く出てきなさい。てか物音凄かったけど怪我とかしてないわよね?』


 「大丈夫だ、田中さんにもらった道具のおかげでスムーズに行ったさ」


 撤退を決めると、顔を上げて部屋から出ようとする。しかし男は気を持ち直したのか、ドアの前に立って妨害の構えを取っている。


 「ここは通さねえぞ、そのガキがいれば大金が入ってくるんだ。逃がさねえよ」


 さっきまでうずくまってた割には威勢の良い言葉を吐くなと斗真は思った。斗真の気配の薄さは、正面から効くほど万能なものでも無い。故にここは正面から実力行使で突破しなくてはならない。

 守君を横に寝かせ、男と対峙する。斗真が持ってるのはナイフと催涙スプレーで相手は丸腰。事前準備の差で斗真が圧倒的に有利なので、普通に正面から仕掛ける。相手に近づいたら初手でナイフを振りかぶって牽制する。その動作に男は反射的に避けようとするも、もう片方の手で持ってた催涙スプレーを吹き掛ける。あっという間に制圧できた。


 「催涙スプレーとか便利アイテム過ぎるだろ。相手が丸腰なのもあるけどまるで苦戦しなかったぞ」


 催涙スプレーのポテンシャルに感動しながら、守君を抱えてビルから脱出する。ビルから出てすぐに田中さんと合流して、車に乗り込んだ。


 「お疲れさまでした、無事に救出出来てわたくしも嬉しく思います」


 「ありがとう田中さん、田中さんにもらったアイテムのお陰ですよ」


 こうして斗真たちは事務所まで車を走らせる。斗真の活躍で守君は無事に救出することが出来た。どうやら栞が警察を呼んでくれたらしく、ビルにいた男たちは逮捕されることになるだろう。自分の働きで人を救えたことに喜びの感情を自覚する。


 この日、斗真の人生で最高の日が更新された。


 ♢♢


 斗真が無事守君を救出したことを確認し、警察に通報した後、栞は別に危惧すべきことがあると考えていた。冬彦のそれに気づいており、喜ばしい反面どこか浮かない顔をしている。


 「男の口ぶりからして、実行犯とは別に依頼主がいる――ってことですよね?」


 栞の疑問に冬彦は頷いて肯定する。斗真の通話機を通して聞こえてきた話からの推測だが、ほぼ間違いはないだろう。今回はなんとかなったが、これで騒動が終結したかと聞かれたら答えに詰まる。まだ警戒を怠るわけにはいかないと冬彦は焦る気持ちを抑え、ひとまずば斗真たちの帰りを待つのであった。




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