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03 『ジョブチェンジ』


 車を走らせ続けて3時間ほど経ったころだろうか、深夜で空が真っ暗であったのが、既に日の出の時刻を回り明るくなっていた。先の冬彦の言葉に困惑していた斗真であったが「後で説明する」と言われたのでこれ以上の追究を断念する。

 ほどなくして目的地に着いたのか、冬彦はとある建物の車庫で車を停める。そこは都内にある4階建てのビルであった。


 「着いたぞ、続きはこの中で話そう。――ようこそ、『寺探偵事務所』へ、お前さんを歓迎するよ」


 そうして中に案内された。1階は車庫のようで、斗真は2階の広いスペースに案内される。ソファーに座るよう促され、おとなしく従う。知らない場所でなんだか落ち着かなく、気を紛らわすように辺りを見渡してみる。窓から陽の光が入ってきているおかげで部屋の中は明るい。冬彦がお茶を淹れてきてくれ、自分と斗真の分を机の上に置き、斗真の反対側にあるソファーに腰をかける。


 「じゃあ順序が変だが面接っぽいことをしていくぞ。名前と年齢は?」


 「向井斗真、19歳だ」


 「顔からして若いとは思ってたがまだ酒も飲めねえ年なのかよ」


 そのまま冬彦はある程度斗真のことを深掘りしていった。特に斗真について問題はなかったのか、何事もないように面接は終わる。そうなると必然、斗真が聞きたいことを聞く番となる。


 「車の中で話したあれ、―――俺の泥棒としての力を求めてたってのはどういう意味なんだ?」


 その真っ当な疑問に、冬彦は応答しようと口を開く。


 「お前さん、、、いや、斗真でいいか。斗真の話を聞いてる限り、お前自身が泥棒をしていることをよく思っていないってのは何となくだが察せる。まず誤解のないように伝えておくが、またどっかの家から金目の物を盗んで来いとかそういう話ではない。」


 その返答に斗真は安堵する。そしたら次の疑問が浮かび上がる。


 「でも俺の泥棒としての力を借りたいって言ってたよな?あれはどういう意味なんだ?」


 「斗真の役割は、言ってしまえば侵入捜査員みたいなものだ。その異質な影の薄さを俺たちの下で使って欲しい。今日をもって泥棒としてのお前は終わりだ。代わりに、――そうだな、『怪盗』にジョブチェンジとでもいったところか」


 『怪盗』、よりにもよってジョブチェンジ先が怪盗になるとは勘の良い斗真でも予想できなかった。泥棒をちょっとカッコよくして呼んだくらいで本質は一緒だ。でも斗真は構わなかった。目の前の男、寺冬彦に付いて行けば人生が好転する、そんな予感があった。


 「分かった、俺は今から『泥棒』じゃなくて『怪盗』だ。まだ中途半端だからせいぜいごっこ遊び程度かもしれないけど、やれることはやるさ」


 こうして斗真の道は定まった。斗真の返事を聞いて冬彦も満足そうにうなずく。冬彦から手を差し出し、その手を斗真が握り二人の契約は結ばれたことを示していた。


 「決まりだな、ところで斗真、お前うちに引っ越さないか?このビルの3階は俺の居住空間だが、部屋なら空いてるし。ぶっちゃけここから斗真の家だと通いにくいだろ」


 「あー確かに、余裕で2時間くらいはかかるかもれない」


 「だろ?荷物は今度運べばいいし、このままここに住んじまいな」


 「うわ、それ名案だわ、ほんとにいいの?」


 「問題ないさ、なんならスペースは余りまくってるからな。斗真が来てもあと2人くらいなら住む分にはなんの心配もいらない」


 「ありがてー、お世話になります!」


 就職先と引っ越し先がとんとん拍子に決まっていく。斗真は不思議な気分だった。昨日家を出た時にはまさかこんな状況になるなんて夢にも思っていなかった。冬彦はソファーから立ち上がり、


 「これから細かい決め事はまた明日にでも話そう、もう朝だし流石に眠たくなってきただろ」


 「そうだな、昨日から寝てないし一旦布団に入ってゆっくり寝たいわ」


 「お前が寝る部屋まで案内してやる、ていっても部屋の中はほとんど空だけどな」


 案内された部屋は6畳ほどのスペースに収納があるといったシンプルな部屋だった。


 「今日のところは余ってる布団で寝てくれ、明日以降に斗真の部屋から荷物を運んだりしよう。」


 まさに至れり尽くせりである。どうやらお風呂やトイレもあるみたいで、その場所を教えてもらい、自由に使ってもいいと冬彦は言った。


 寝る支度を済ませ、斗真は一人布団に入る。徹夜明けだったので横になった瞬間、あっという間に眠りについた。


 ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ 


 ――――斗真が目を覚ましたのは、ちょうど正午を過ぎた頃だった。6時間くらい眠っていただろうか。すっきりとした目覚めだった。カーテンの隙間から入ってくる光に目を細めながら近づき、一気に開ける。起きた直後の陽光は体にいいらしい。数十秒光合成をして満足したら、少し着替えて部屋を出る。着替えは冬彦に貸してもらったものだ。若干サイズが大きいがまあ問題ない。


 部屋から出てみると一個下の階から気配がした。二人くらいだろうか、冬彦のものではないように思えるが確証は得られない。気配を消して、恐る恐る階

段を下りて事務所内の様子を見る。そこには予想通り二人の人物が座って談笑していた。         


 片方はおそらく60代は越えてそうな貫禄のある老耄の男性。髪の所々が白みがかっているが、かっこいい年の重ね方をしていることが疑いようもないほどに顔や体からにじみ出ている気がする。

 もう一人は反対に若い女性がいた。第一印象は視覚による情報が強いという話があるが、彼女を見るとその話の信憑性を上げる役割を果たしている。整った顔立ちに、肩まで伸びている真紅の髪から気品の高さを感じさせる。


 さて、斗真はここでどう動くか悩む。ちょっとこちらに視線を向けられたらバレる位置にいるが、まだ気づかれてはいない。懸念点は冬彦がいないことだ。もし冬彦が二人に斗真の存在を伝えていればなんの心配も必要ない。しかし伝えていなかった場合はどうだろうか。パッと見、斗真はただの不法侵入してきた不審者になるのではないだろうか。幸い気配を消しているから斗真の存在はばれていない。悩んだ末に斗真が決めたのは、、、


 (よし、部屋戻って寺さんを待とう。挨拶とかその辺は寺さんが帰ってきてからでいいだろ)


 斗真の決断は消極的だった。決めるが早いか、再び気配を消して部屋に戻る。そっとドアを閉め、階段を上り部屋に戻った。

 布団に入り直し、スマホでもいじって時間をつぶそうかと考えてた折、部屋の前から人の気配を感じた。何もやましいことはしてないが、スマホの電源を落とし、目をつぶって完璧な寝たふりを実行する。


 瞬間、部屋のドアが開けられて


 「ねえ、いつまで寝てるつもりなの?そろそろ起きてもいいんじゃない?」


 こうして斗真の本当の一日が始まった。


 ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ ※  ※ 


 白々しく「たった今起きましたけど何か?」みたいな顔をして布団から出て、2階の事務所で再び顔を合わせる。


 「おはよう斗真君、君の事は寺さんから大体聞いているわ。スカウトされてここで働くことにしたんでしょう?」


 「あれをスカウトと言っていいのか分かんないけど、まあ合ってると思う」


 どうやら先ほど斗真が危惧していたことは杞憂だったようだ。冬彦がしっかり情報共有していてくれて助かった。


 「私たちも軽く自己紹介をするわ、私は神楽坂栞、大学3年で今はここでアルバイトをしているわ」


 「わたくしは田中彰人と申します。この事務所の事務員をやっております。以後どうかよろしくお願いします」


 そう二人は名乗った。ひとまずは冬彦の関係者であることが確定したので斗真も安心できる。


 「俺は向井斗真。まあなんていうか、よろしく。寺さんはどっか出かけてるのか?」


 斗真は冬彦の所在を質問する。


 「もしかして聞いてない?これから君の家に行って、君の荷物をここに運ぶのよ。寺さんはそのためにトラックを取ってきてるわ。私たちは先に車で君の家に行って荷物をまとめに行くわよ」


 「何それ初耳なんだけど」


 引っ越しの話は出ていたがまさか翌日すぐとは思っていなかった。冬彦の行動力の高さに斗真は驚いた。とはいえ私物が何もない状態よりは絶対に良い。


 「すでに準備は整っております。問題が無ければすぐにでも出発したいと考えていますがよろしいですか?」


 「大丈夫です、よろしくお願いします」


 そして早速斗真の家に全員で向かう。運転は彰人がやってくれるようだ。道中は最初こそぎこちない会話が繰り広げられていたが、斗真の家に近づくころにはだいぶ打ち解けて話せるようになっていた。


 「さてこの場所が向井さんの家であっていますか?」


 「ここです、運転ありがとうございました!」


 そして斗真の家に到着した。家の中に入り、まずは要るものと要らないものを整理する。家の中を見て栞が


 「男の一人暮らしの割には散らかって無くて物も少ないのね。私の部屋の方がもっと散らかってるわよ」


 「そんなどうでもいい情報はいらないよ、物が少ないのは物欲が無いからだな。いっつもパソコンで一日潰してたし」


 斗真の持ち物の少なさのおかげで、荷物のまとめは2時間くらいで終わった。そしてそのタイミングで冬彦から連絡があった。


 「冬彦がもう少ししたら到着されるようです。二人とも、お疲れさまでした。トラックが来たらまた頑張りましょう」


 彰人が冬彦のメッセージを斗真と栞に伝える。一番作業が早かったのは彰人であったのだが、疲れている様子は微塵もない。


 「田中さんは疲れてないの?私結構しんどかったんだけど、日ごろ運動してなさすぎるからかしら」


 「栞も出不精かよ、マジで少しは動いておかないとやばいぞ。日に日に体が重くなっていくらしいからな」


 「うるさい、お互い似たようなものでしょ」


 こうして栞とはもう軽口を言い合える雰囲気にはなった。斗真はもともと敬語は得意じゃない。流石に彰人に対しては敬語がでてくるが、年の近い栞とは馴れ馴れしい態度で話せている。栞の方も若干斗真に対しては毒舌がでてくる節があるので、実は相性がいいのかもしれない。


 連絡の通り、冬彦もトラックで登場した。


 「よう、荷物まとめご苦労さん。まだ元気はあるか?荷物運んじゃうぞ」


 「「はーい......」」


 疲労した体を奮い立たせ、最後の作業に取り掛かるために立ち上がる。冬彦と彰人の目覚ましい活躍により、30分ほどで積み込み作業が完了した。斗真と栞の活躍は大人組の半分ほどであった。


 「寺さんが元気なのは分かるが、田中さんがまだ動けてるのはどういう仕組みなんだ?」


 「田中さんはいつもあんな感じよ、慣れた方がいいわ」


 綺麗になった部屋を見渡して斗真は思い出を振り返る。まだ2年ほどしか住んでいなかったが、それでも感慨深いものである。泥棒として生計を立てて借りたこの部屋は稼ぎに比べて質素な部屋ではあった。それでも長い時間穏やかな時を過ごさせてくれたこの場所に、斗真は心の中で感謝する。


 「ほら斗真、もう出発するわよ」


 気が付けば他の人は車に戻っており、部屋に残っていたのは斗真と栞の二人だけだった。栞の声で現実に戻され、不自然にならないように返事をする。


 「うん、すぐ行く」


 そして玄関まで行き、最後に振り返る。


 (行ってきます)


 部屋に最後の挨拶をして、栞の後を追いかける。未来に向かって歩き出すように――――










週2回更新と目標を立ててましたが、難しそうです......

せめて週1で更新できるように努力します。

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