01 『想定外で、最悪な出会い』
翌日の朝――といってもすでに朝と呼べるような時間は過ぎたころ、斗真は自宅の寝室で目を覚ましていた。
「ふぁ~、もうこんな時間かよ。昨日寝るの遅かったからだな」
突然だが、泥棒さんが盗みを終えたらどうやって移動するのだろうか。終電はもちろん過ぎている時間だし、盗んだものをぶら下げて歩いて帰るわけにもいかない。
正解は普通に車である。目標の家から徒歩圏内にある24時間の駐車場に停めているのだ。泥棒ななんて非常識なことをしておきながら、戻ると車を運転している一般人に紛れ込んでしまう。盗みをはたらいていることがバレてないのだから、怪しい動きをする必要もない。外では泥棒であることをおくびにも出さないようにしている。
「フィクションだと全身黒タイツで闇に溶け込むひとだったり、目出し帽に厚着で個人の特徴を隠して活動してるひとだったり色々あるけど、わざわざそんな怪しい格好するのって謎なんだよな」
というわけで、一般人に紛れ込みながら何もない風に車で帰宅し、ベッドに入って今に至るということである。
「今回盗ったものの換金はまた今度だな、もう少し溜めてからまとめてやりたいからな」
家に盗品を保管しておくのも少し不安になるが、高頻度で物を売るのも足がつきそうで怖い。念をいれて自分の住んでる街からは離れた場所でやっているが、対策というものはいくら重ねてもいいだろう。
「泥棒やっておいて変な話かもしれないけど、意外と日常生活の方はそこら辺の人と変わらないものだよな」
斗真は寝起きが良い方ではない。起きてからやらなくてはいけない事もこれと言ってないため、目覚めてから数十分はスマホをいじってることがほとんどだ。SNSをみてだらだらと怠惰な時間を過ごしている。
流石に1時間も経つ前にはベッドから外に出て、洗面所に向かう。寝癖を整え、洗顔してさっぱりして初めて今日を迎えているといっても過言ではないだろう。
そして解釈不一致かもしれないが、朝ご飯はしっかり摂るタイプである。基本は食パンとレタス、ハム、ベーコンなどを皿に盛りつけ、気分が良ければヨーグルトだって付いてくる。
「こういうささやかな幸せが人生の幸福度を上げるんだよな」
人から幸せを奪っておきながら何言ってるんだと突っ込まれるかもしれないがそれはそれ、だ。そこに罪悪感を感じる時期というのはとっくに過ぎ去っているのだ。
『ニュースをお伝えします。この頃、時計やアクセサリーなどの高価な小物を狙った窃盗事件が多発しています。警察は日ごろの戸締りなどから十分な警戒をするよう、住民によびかけております。』
――――このニュースは別に俺個人を指してるものではない、と思っている。犯人を個人に特定させないような対策はいくつか行っている。代表的なのは地域のばらつきを持たせることである。
近隣はまずほとんど狙わない。多少は狙うこともあるが乱数調整のようなものである。被害件数が周りで多いのにここだけ0件だと悪目立ちしてしまう。それは避けたいのだ。もっと言えば犯人は同一人物であると思われたくないのだが、犯行の手口などから予測できてしまうのかもしれない。まだそこまで調査の手が伸びているとは考えにくいだろう。
「でもこうやって注意を呼びかける必要があると判断されるほど、警察は犯人の存在を認識してるのは間違いないだろうな」
朝食を食べながら、斗真は目に危機感を浮かべる。このままやりすぎると自分の犯行であることが露呈してしまうかもしれない。自分のしていることが悪いということは当然自覚しているが、逮捕されるのも御免である。
テレビの電源を切り、食べ終わった食器を片付け始める。並行して思考する。
――――自分はこのままでいいのだろうかと。
いや、良いはずが無いということは自分が一番よくわかっている。先の見えない将来への不安というのは常に付きまとっているものだ。
「やめだやめ、そんなこと考えたくもない。やっと普通の暮らしを手に入れたんだ。今更この生活を手放せるものか。」
ネガティブな想像をすることをやめ、PCの電源をつける。特にやることのない日中はパソコンに噛り付いていることが多い。オンライン対戦ゲームをやったり、動画や配信を見たりすることがほとんどだ。費やしている時間はもはや中毒者のようである。
「よろしくお願いしまーす」
『よろしくお願いしまーす』
オンライン上であろうと特定の友人がいないのは現実と似たようなものだ。毎回チーム戦のゲームを野良で参加するのは申し訳なさもあるが、これもやはり慣れてくればどうということもない。自分がトロールして暴言を吐かれるのにも気にしなきゃどうということは無い。まさに精神面で無敵の人なのである。
「プレイスキルがもっと高ければプロゲーマーになったっていいんだけどな、そんなの夢物語だわな」
このようにゲームを飽きるまで続ける。熱中しすぎて食事を抜くことも珍しいことではない。ゲームにはまったのは1年前くらいのことであるが、見事に沼にはまってしまっている。
『ナイスファイト!あなたハイドプレイめっちゃ上手くないっすか?毎回潜伏からアドバンテージを取ってくれるからマジで助かりましたよ!なんかコツとかあったりするんですか?』
今回味方になった人がVC越しに斗真を讃えてくれる。斗真自身自分が得意なことなど知らずにここまで生きてきた。隠れて行動するのが得意なのはリアルでもゲームでも共通しているらしい。
「コツって言われると難しいですね、相手が考えてることを何となく想像して、その裏をかくように動いてる感じなんですけど。ぶっちゃけなんでそれが出来るか自分も分からないですね」
これは本音である。斗真は人の思考を読み取るのが人より優れているらしい。らしいというのは斗真もこれが自分だけの長所であると気が付いたのは、泥棒を始めてからのことであるからだ。なぜ得意なのかも分からない、みんな出来ることだと思っていたのだ。もし誰かが動けばその気配を察知できるし、その人が次に何するかもぼんやりと分かってしまう。
『やっぱ才能なんですかね、とにかくありがとうございました!』
「ありがとうございました」
長時間ゲームしてて疲れてきたので一度PCの前から離れる。気持ち的にはまだやっていたいのだが、体の方がNGを出してくるので大人しく従っておく。
次は動画の視聴の時間になる。おすすめに流れてくる動画を次々と消化していく。誰もが経験することであると思うが、少し見たら別のことをやろうとしていたのに気が付いたら数時間経過している。それを毎日繰り返してるのが斗真の日常なのである。
だいたい満足した後、ふと今朝のニュースが頭を過る。その時は考えることをやめたが、こうして手持無沙汰な状態になると考えてしまう。自分の将来のこと――このまま泥棒として続けていくのは現実的ではない。それは斗真にもわかっていることだ。では何をしたらいいのか、何なら出来るのかということが何一つ分からないのである。
「泥棒が天職だなんてなんの冗談だよまじで、もっと他にマシな才能を授けてくれったっていいだろうに」
今後の生き方についてはいずれ決断の時がくるのは間違いない。今の生活がいつまでも続くことはありえないのだ。
そして斗真が泥棒として生活している現状、――――その終わりが実はすぐそこまで迫ってきていることを斗真はまだ知る由もないのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
またとある日、斗真は見知らぬ街を訪れていた。次の目標を探すために車を5時間程走らせてこの街についた。まずはある程度マップに目を通し、地形を把握するところから始める。並行して狙う家を見定めるためにふらふらと周りを歩いてみる。目安としては外から見て敷地内が見えにくい、人通りが少ないなどだ。家の周りが塀で囲まれていると、犯行現場が見られにくくなる点で重要なのである。その他さまざまな要素を比べ、今夜狙う家を一つに絞る。
「後は夜まで待機だな」
ここから適当な店に入って時間をつぶす。だいたいネカフェかカラオケが候補に挙げられやすい。低価格で長時間居座れるから重宝している。後は時間過ぎ、夜が更けるまで遊ぶだけである。
「そろそろ時間だな、始めよう」
時刻は日をまたいで24時を越えた頃。昼に目星をつけておいた家まで向かい、心の準備を済ませておく。
この家は裏口の方が侵入しやすそうなため、裏に回る。扉から耳を澄ませ、人の気配を確認しながら扉を開ける。ノブに手をかけると意外にもすぐに扉が開く。
「流石に裏口でも鍵くらいは閉めておいた方がいいぞ、何があるかわからないからな」
自分がその原因であることを棚に置いて寝ているであろう家主にツッコむ。
扉の先には台所があった。経験則だが、台所周りに金目のものが置いてあることは稀である。なので細かく見ないで素通りし、家の中まで侵入する。リビングを見渡してもあまり貴重品はなさそうに見える。
「やっぱここも寝室に保管してるタイプの家だな。それが一番多いし、一番厄介でもあるんだ」
この気配を消す特技があるとはいっても、隣で人が寝てるのに作業するのは肝が冷える。しかし入らなくては目的も果たされないので覚悟を決める。無音で寝室の扉を開け、辺りを見渡す。そこはおそらく旦那さんの寝室であった。パッと目に入ったのは一つの高そうな腕時計である。しかしそれは盗めない。それを盗むとおそらく目が覚めたらすぐに気づかれてしまうからだ。盗まれた日を特定されるのは好ましくない。一応盗れそうなものがいくつかあるが、スルーして次の部屋を探しに行く。
次は予想通り奥さんの部屋であった。先ほどの部屋と比べて若干物が散乱しており、この女性の性格が表れているような気がした。このように散らかってる部屋は泥棒的にはありがたい。物が無くなっても気づかれる可能性が薄いからだ。
何個か金目の物を取り、部屋を後にする。そしてまだ探索していない部屋もあるが、これ以上は欲張らないで退散する方がいいだろう。それが斗真なりの泥棒としての在り方なのだ。必要以上には盗らない、それは斗真にとってなくてはならない物という訳ではないのだから。
帰りも裏口まで移動し、扉から外に出る。鍵は元々開いていたのでそのままにしておく。敷地内からでて、何事もなく終わったことに安堵しながら車を停めていた駐車場に向かう。
ここから5時間も車を走らせなくてはいけないことに辟易しながら歩いていく。あと少しで駐車場に着くところまで来たとき、わずかな違和感が斗真を襲う。言語化はできないが変な感じがする、不快な気配。警戒心と緊張感を持ちながら駐車場に辿り着いた。
――――瞬間、斗真の顔が強張る。
「よう、泥棒さん!今日の仕事は終わったのかい?」
そう突然声をかけてきた一人の男が、斗真の車の前に突っ立っていた。