酢漿草の魔女
「三波さん、〈スマッシュ・ウォリアーズ〉って知ってる?」
いつもの平日、いつもの放課後、不意に隣の席の男子にいわれ、三波兎雷はそちらへ顔を向けた。
ランドセルに教科書を仕舞いこむ手を停める。隣の席の男子、市萬田有理は、上着のポケットからなにかをとりだした。
机に置かれたのは、トランプの箱みたいなものだった。サイズはほぼ同じだが、厚みが違う。トランプよりも厚い。
箱の表面にはでかでかと、スマッシュ・ウォリアーズと書かれており、兎雷もよく知っているアニメのキャラクターが描かれている。ツインテールの女の子と、鼻に絆創膏を貼った男の子のふたり組と、水色のボールのような、うさぎっぽい生きもの。
自分の名前に「兎」がはいっているから、うさぎのキャラクターにはどうしても敏感になる。たまたま見かけたアニメに出てきたそのキャラクターも、しばらく目で追っていた。主人公達がカードゲームで対戦し、カードを奪われたり、カードのクリーチャーと友達になったりする内容も面白くて、このところ毎週、土曜日の昼頃放送されるアニメを心待ちにしている。
アニメの途中に流れるCMで、このカードケースも何度も見た。二種類のスターターデッキは、どちらにも同じカードケースがついてきて、どちらも二千円くらいの値段だ。通学路にある小さなおもちゃ屋さんで、男の子達がよく、カードをひろげて遊んでいる。スターターデッキだけでなく、ついひと月程前にはあたらしい拡張パックも販売された。あのうさぎみたいな生きもの、「ララット」という種族が沢山含まれているとかで、兎雷はそれを手にしたいと思っているのだけれど、四枚入り二百円のパックを買うのを、ためらっている。
有理はにっこりして、ケースの蓋を開けた。あんなふうに開くんだ、と、兎雷は思う。CMでは、カードケースをベルトに通した、主人公の格好をした子役が出てくるが、ケースから勝手にカードが出てくるのだ(勿論CGである)。蓋が開いているシーンは目にしたことがない。スナップボタンがついていて、それをぱちんと開けていた。
「これ。最近はやってるカードゲームなんだ」
「……アニメなら見たことあるけど」
遠慮がちにそういう。アニメを見たことある、程度ではない。毎週、心待ちにしている。それに、カードだってほしい。お金があれば、買ったのに。
「そっか! じゃ、ルールは知ってるよね」
頭を振る。最初から見ていた訳ではないし、漫画が連載されている雑誌も買っていないから、まったくわからない。
有理は意外そうに兎雷を見て、また、にっこり笑った。「僕が教えてあげるよ。三波さん賢いから、すぐに覚えられると思う」
〈スマッシュ・ウォリアーズ〉は、一対一で遊ぶカードゲームだ。
ひとデッキは六十五枚まで(例外あり)。同名同レアリティ同国家カードはひとデッキに五枚まで(例外あり)。「ユニークレア」という、ひとデッキに一枚しかいれられないカードや、大会禁止カードなどもある。
まず、各プレイヤーは対戦の準備をする。デッキをよくシャッフルし、相手のデッキもシャッフルして、自分から見てテーブルの右下に置く。これを山札という。
山札の上から七枚を裏向きのまま自分の右側に、横向きにして並べる。これは「砦」と呼ばれる。
更に、裏向きのまま十三枚を自分の前、「戦場」と呼ばれる場所に設置する。その隣に一枚、表向きにしたカードを置く。これらのカードは勿論選べず、山札の上から順に置いていくものだ。
最後に、七枚をひいて手札とする。その際、相手の許可がとれればひきなおしを一回だけできる。
対戦がスタートしたら、自分のターンはじめに山札から一枚ひき、「備蓄」「侵略」「軍議」「破壊」をする。
「備蓄」は手札から好きなカードを左側の「物資ゾーン」へ、表向きにして置くことだ。これは「破壊」に必要な下準備になる。基本的に、一ターンに一回のみ。
「侵略」は、「戦場」に置かれた十三枚の山札をめくること。めくられた札は無条件で表向きでその場に置かれる。ただしこれをする為には条件がある。前の相手ターンに「砦」か「戦場にあるカード」を除去されていること、だ。なので、これは二ターン目以降にしかできない。
「軍議」は、なにかしらの効果を持ちつかった直後に手札をはなれる「指示書カード」をつかうか、表向きに場に出すことでカードごとの効果を発揮する「設備カード」、もしくは「クリーチャーカード」をバトルゾーンへ置くことである。これらは常に、「指示書カード」、「設備カード」か「クリーチャーカード」の順に行われる。
「軍議」はこのゲームの肝である。
それぞれのカードにはコストがある。コストは右上に表示された数字だ。コスト0から99まであり、カードの効果で軽減されることもあれば増大されることもある。
そのコストを支払えば、手札からカードをつかう、もしくはバトルゾーンへ出すことができる。バトルゾーンへ出したカードは、カードごとの規定ターンを経過した後、「破壊」を行える。
「破壊」は、相手がバトルゾーンに出しているカードや「砦」を対象とする。要するに、攻撃だ。
カードのパワー(大体のカードで、まんなか辺りに書いてある)が上回っていれば、基本的に破壊が可能になる。同じであれば相打ちで、両者破壊されたとみなされる。破壊されたカードは「墓地」と呼ばれる、プレイヤーから見て左下のゾーンへ移動する。つかい終わった「指示書カード」も同様で、基本的には墓地へ置かれる。
「破壊」を行ったカードは次のターンまで、基本的にはつかえない。
「軍議」の際どうやってコストを支払うか、といえば、「物資ゾーン」から、である。
「物資ゾーン」は敵に攻撃されることは基本的にはない。カードにはコストと別に、左下に数字があるのだが、それがそのカードの物資としてのパワー「エナジー」だ。
例えばコスト12の、「親衛隊の進撃」というカードがある。これは、すでにバトルゾーンにあるカードが「破壊」を行っても、もう一度行動できるようにする、というカードだ。多くのカードをバトルゾーンに置いている場合、是非「軍議」の際につかいたいカードである。
これをつかいたいなら、まず「備蓄」で、合計12以上のエナジーをためておかなくてはならない。例えばエナジー4の「ララット・天眼・ルルッタ」、エナジー2の「ララット・老師・リーリー」を二枚、エナジー3の「頼んだ!先生」、エナジー1の「薬草」、というふうに。それらをつかうことを宣言し、カードの効果を発動すればいい。
エナジーは「物資」状態にしておけば、毎ターン回復する。一度つかっても、次のターンでつかえるようになるのだ。なので毎ターン、できるだけ「備蓄」はしておいたほうがいい。
プレイヤーが場にクリーチャーを出し、「破壊」できるのは、相手のバトルゾーンにあるカードもしくは「砦」である。「砦」は破壊された場合手札もしくは墓地へ移動し、次のターンで墓地へ移動した分だけ、バトルゾーンの山札をめくって物資をつかわずに場に出せる。
墓地に置くことで効力を発揮する場合もあるし、ランダムに置かれる「砦」に強力な指示書カードがある場合もある。手札に加えてつかうか、戦場の山札をめくる為に墓地送りにするかは、砦を破壊されたプレイヤーの裁量に任されている。
相手のすべての「砦」を「破壊」すると、「本陣攻撃」を行える。本陣攻撃を三回されると、そのプレイヤーは負ける。
「負ける条件はほかにもあって、例えば山札切れ。ライブラリアウトともいうんだけど、山札がなくなったら負けなんだ。ターンのはじめに山札をひくでしょ? あれをできないとだめだからね。それから、ジョークカードだけど、負けを宣言するってものもあるよ。それをつかったコンボもあるけど……それから不正。これは負けというか、試合自体なかったことになるんだったかな」
「不正って、どんなの?」
「アニメの第十話で、スルッチョ先生がやったやつ。デッキの枚数を『七十七の計画書』なしに増やしたり、『ララット』や『ポルルン族』以外の種族を六枚以上いれたり」
「ああ」
「あれ以外にも、『ユニークレア』カードを複数枚いれたり、デッキ枚数が少ない不正もあるよ。それからこれは不正ではないんだけど、カードスリーブが揃ってないと、大会には出られない」
「スリーブ?」
「ほら、見て」
有理はそういって、カードを一枚とりあげた。カードには、透明な袋のようなものがかかっている。「カードを保護するものなんだ。だからプロテクターともいう。シャッフルしたりめくったりしてると傷付いちゃうし、キラカードは曲がりやすくて、これをかけておいたほうがいいんだ。これは透明だけど、なかにはキャラクターの絵が描かれたものもあって、六十五枚全部同じじゃないといけない。じゃないと、どのカードはこのスリーブにいれてある、ってわかったら、ずるいでしょ」
「ああ……」
アニメでは、カードはなにもかかっていない状態でつかわれている。だがCMで、大会に参加したら参加者全員にスリーブとプレイマットをプレゼントする、と告知していた。プレイマットというのは言葉の響きでなんとなくわかったが、スリーブはこれだったのか。
兎雷は頷いて、有理に渡されたカードを、そっと撫でた。スリーブはテキストを読めるように透明だが、裏面は少しくすんでいる。色がついているのではなくて、わずかにでこぼこしているのだ。
有理にルールを説明してもらって、よかった。アニメでいまいちわからなかったところ、何故勝ったのか負けたのか理解できなかったところを、やっと理解できたから。
「三波さん、やってみない?」
顔をあげる。有理はもうひとつ、カードケースをとりだした。「僕、スターターデッキ、ふたつとももってるんだ。でもうちのクラスでやってる子、あんまりいないから」
スターターデッキのうち、兎雷がつかうことになったのは、ヒロインのれみちゃんがつかっているものだ。可愛らしい「ララット」「魔女」主体で構成されており、おもな国家は「マジカルルチア」。それに、「ジ・インファルノ」のものもまざっている。
国家は六種類。
パワーの高いカードの多い「ドラグナー連邦」。
主人公がおもにつかっている国家で、クリーチャー・設備・指示書がバランスよくあり、デッキを組みやすい。ドラゴンや強そうな騎士、お城などが描かれたカードが多く、男の子人気が高い。
強力な指示書カードが沢山ある「霊皇帝国」。
これまでに発売されたカードはほぼ「指示書」か「設備」で、クリーチャーは数体しかいない。コストは重いが、同国家の「設備」を場に出しているとコスト軽減できる。設備をためまくってクリーチャーをだす戦法をとる主人公のライバルキャラが出てくる。精霊や神秘的な存在をモチーフにしたカード多数。
エナジーをためやすい「ズーラン」。
ほぼすべてのカードのエナジーが2以上で、「指示書」のほとんどが使用後に物資に化ける。その反面、クリーチャーカードは大型だが起動が鈍く、成る丈はやくから場に出しておきたい。植物や食べものを擬人化したようなクリーチャー、レシピのような指示書などがある。
トリッキーな効果を持ったクリーチャーが多い「マレビト」。
指示書や設備も癖の強いものが多く、両プレイヤーの特定国家・種族を一律で封じるなど、頭をつかわないと自爆にしかならないカードもある。宇宙に関係するものや、マイナーな神話の神をもじったカードが多い。
砦を増やす・敵の攻撃をそらすなど防御に長けた「マジカルルチア」。
破壊に成功すれば砦が増える、相手が指定した攻撃をクリーチャーや設備で吸収してしまう、パワーに関係なく必ず相打ちにできるクリーチャーなど、防御からのカウンターを狙える国家。天使や小動物、花や虫などを可愛らしいタッチで描いているカードが多く、所謂魔女っ子のような見た目のクリーチャーが居るので、女子人気と一部の大人人気が高い。
条件はあるものの、墓地からの軍議を可能としている「ジ・インファルノ」。
エナジーは全国家のなかで一番ためにくいが、かわりに特定の設備とクリーチャーが場に出た瞬間、墓地からノーコストで軍議することができるようになる。墓地から出たカードはどれもターン終了時に墓地へ戻るのだが、その一ターンで砦をすべて破壊するような攻撃だってできてしまう。妖怪や悪魔、幽霊などをモチーフにした、おどろおどろしいイメージの絵柄である。
加えて「無国家」のカードが幾らか存在する。「親衛隊の進撃」などもそれだ。
同じ国家のカードを物資にしないと、コストを支払えない。ふたつ以上の国家にまたがって所属している場合、どれか一色でも国家を揃える必要がある。無国家カードはどの国家のエナジーでもいい。同じ国家か、精々ふたつの国家でデッキをつくるのが普通らしい。
有理がつかっているのは、主人公のデッキを改造したものだ。まだ拡張パックは数弾しか発売されていないが、有理はそれらも買っているらしく、この間CMで見たコスト8の「雷光竜イナ・ヅ・マンダラ」を場に出している。おもにドラグナー連邦、少しだけマレビトがはいっている構成だ。
「破壊」
兎雷はそう口にして、カードを横向きにした。カードを使用したことをわかりやすくする為だ。
つかったのは、コスト7の「迷岩・レムノⅩⅩ」。相手砦をふたつ破壊できる上に、破壊に成功すると自分の砦をふたつ増やせる。
更に、このターンのはじめに「親衛隊の進撃」をつかっているので、レムノは未使用状態に戻る。別のカードで有理の砦を破壊し、またもとに戻した。
有理にターンが渡ったが、戦場山札からいいものは出てこない。小型のクリーチャーばかりだ。すぐに「破壊」をできるクリーチャーで攻撃してきたが、砦を少し減らされただけで、次のターンに戦場山札をめくれるので寧ろ嬉しい。
次のターン、戦場山札からこのデッキの目玉、コスト18の「アカシアの魔女ハニー・マドラー」をひけた。これは砦ふたつとクリーチャー二体に同時攻撃できるカードで、更にそれによって相手が砦も場のカードも失った場合、本陣攻撃まで行える。
「……『驚岩・メルトⅩⅥ』と『迷岩・レムノⅩⅩ』をタップ。これで、ハニーマドラーをスマッシュ可能状態にする」
普通クリーチャーは、場に出て数ターンは行動できない。だが、「ハニー・マドラー」は味方クリーチャーを使用状態にすることで、即座に行動できる。
ほかの場に出していたクリーチャーで相手を攻撃し、砦もクリーチャーもふたつずつにした。すべて、「ハニー・マドラー」で破壊し、本陣攻撃。更に別のクリーチャーで本陣攻撃を二回。
有理は深く息を吐き、吸ってから、負けました、といった。
「やっぱり、三波さん賢いね」
「そうでも」
「そのデッキ、あげるよ」
「え?」
デッキをまとめ、ケースへ戻そうとしていた兎雷は、まじまじと有理を見る。有理はにっこり笑った。「だからまた、僕と対戦して。あ、ルール通りなら、もう一枚なにかあげなくちゃね。えーと、『竜舌蘭の魔女キーラ』でいい?」
戸惑いつつ、さしだされたカードを手にする。〈スマッシュ・ウォリアーズ〉には公式ルールがあり、勝者は敗者からカードを一枚もらえる。敗者がくれるものをもらわないといけないので、外れカードでも文句はいえない。だが有理がくれたのは、拡張パックにはいっている「マジカルルチア」の大型クリーチャー、砦をすべて破壊する能力を持ったカードだ。
カードに描かれた可愛らしい魔女を見詰めていた兎雷は、顔をあげた。
「……ほんとにくれるの?」
「うん。〈スマッシュ・ウォリアーズ〉、クラスでもはやるといいなって思って」
「……わたし、あんまり友達居ないよ」
「三波さんなら、ルール違反しないだろうって思ったから」
兎雷は項垂れ、ありがとうといった。
「とらちゃん、おかえり」
「ただいま」
兎雷は玄関にランドセルを置くと、靴箱からとりだした長靴に履き替えた。軍手をし、外へ飛び出す。
庭の草むしりが、兎雷の日課だった。好きでしているのではない。誰もやらなくて、兎雷がおしつけられた。
小さな鎌を持って、目についた雑草を刈る。疲れるし、好きな仕事ではないが、外にいられるのはありがたい。家のなかには気難しい祖母が居て、その話し相手はしたくなかった。今の時期はずっと大相撲中継を見ているし、甲子園だの駅伝だのプロ野球だの、およそ兎雷が興味を持てないものが祖母の好きなものだった。
草刈りがすんだら、鎌を洗い、椿油を塗る。鎌を所定の場所へ戻し、刈った草は庭の隅に積み上げる。
長靴は靴箱へ戻し、軍手と着ていた服は洗濯かご行きだ。シャワーを浴びて出ても、祖母はまだ中継を見ている。
「ご飯、好きなのとっていいって、お父さんがいってたよ」
「……うん」
「おばあちゃん、良清庵のきつねうどんね」
兎雷は頷いて、古くさい電話へ向かった。
両親と祖父は仕事で忙しい。姉は高校受験。兄は大学受験。
以前は斜向かいの伯母さんちでご飯をもらうこともあったが、父と伯母が喧嘩をしてからそれもなくなった。それから毎日、夕食は出前になった。
祖母は缶詰工場で働いていたが、数年前に事故で脚を痛めた。兎雷はその詳細な状態を知らない。ただ、滅多に立ち上がることはなくなり、その所為かふとった。そして、ぶつぶつと文句をいうようになった。
兎雷を叱るのではない。それならまだ気が楽だった。兎雷に対して、姉がつめたいとか、兄が生意気になってきたとか、父と母が自分を蔑ろにしているとか、そういう愚痴をいう。兎雷は夕食中、それをどうしても聴かなくてはならなくて、その度にうんざりした。好きなものを食べていても、味がしなくなる。
出前用のお金は、電話の傍に、透明なポーチにいれてぶらさげてあった。なにを頼んだか、幾らだったか、母に報告するから、おつりをごまかすこともできない。大人達は兎雷がおもちゃをほしがるとか、そういうことはまったく考えていなくて、誕生日には勉強用の道具、クリスマスにはお菓子をくれる。お正月に親戚からもらったお金はとりあげられてそれきりだった。
以前は祖母にねだって、漫画を買ってもらったこともある。でも、野蛮だ、と、祖母はバトル漫画はいやがるし、恋愛モノもまだはやいという。それで、数冊で漫画を買ってもらうのは諦めた。祖母の検閲があるからだ。
きっと、〈スマッシュ・ウォリアーズ〉の漫画もいやがるだろうな、と、兎雷は月見そばをすすりながら祖母の横顔を見ている。祖母は、お気にいりの横綱が最近負けが込んでいて、不機嫌だ。
「ああっ、もう、どうしてきらないの。あんなに脇が甘いなんて、横綱失格だよもう!」
少なくともスポーツに熱中していれば、家族の悪口はいわない。だからこちらのほうがましだけれど、兎雷は体の大きな関取達がぶつかり合う様子がどうにもこわく、苦手だった。これをよしとして、バトル漫画を認めない祖母の気持ちがわからない。
〈スマッシュ・ウォリアーズ〉はカードゲームのアニメだけれど、流血描写や、キャラクターの死などもある。アニメはこっそり見ていた。
丁度、土曜のお昼は祖母がでかける時なのだ。祖父に手伝ってもらって車に乗り込み、銭湯へでかけるのである。家のお風呂と違い、近くの銭湯は温泉をひいているから、脚にいいらしい。
「とらちゃん、もうかえていいよ。後のとりくみはもう見ないから」
「……いいよ。兎雷、弓取り式見たいから」
「あらそうお? とらちゃん、渋いねえ」
祖母はそういって、きつねうどんをすすり、笑った。そうしてくれたら、以前の祖母みたいだ。兎雷は本気で、にっこりした。
歯を磨いて部屋へ行った。
ランドセルから宿題をとりだし、仕上げる。そして、カードケースをとりだした。
「アカシアの魔女ハニー・マドラー」を手にとる。
ハニー・マドラーはれみちゃんの切り札で、アニメでも二回、重要な対戦に勝つきっかけになった。蜂蜜みたいな黄金色の長い髪で、魔法の杖を持っている。白いドレスで、黄金のティアラをつけていた。
「竜舌蘭の魔女キーラ」は、黒いドレスで、緑色の髪だ。背中にはコウモリのような羽がついている。コストは重いが、砦をすべて破壊できるし、自分の砦を増やせる。戦場山札からこれが出てきたら……。
「ただいまー。兎雷、もうご飯食べた?」
玄関から姉の声がした。塾がやっと終わったらしい。兎雷はカードをケースへ戻し、ケースごとランドセルへ隠す。「もう食べた!」
「そ。アイス買ってきたんだ。食べよう」
兎雷はぴょんと椅子からおりて、部屋を出た。
次の日、また有理と対戦していると、別のクラスの男の子がやってきた。兎雷が勝って、今度もマジカルルチアのカード、コスト4の「蓖麻の魔女キャス・ター」をもらったのを見ると、勝負を挑んでくる。兎雷が「竜舌蘭の魔女キーラ」をつかったからか、負けたらそれをくれといってきた。
相手もマジカルルチアつかいだった。スターターデッキを拡張パックで改造していたが、大型クリーチャーにこだわった戦いで、コストが足りなくなってしまう。早速「キャス・ター」をつかい、すばやく砦を破壊した兎雷の勝ちだった。相手は迷っている様子だったが、自分がふっかけた勝負だし、無茶な条件でもうけた兎雷に敬意を表したのだろう。渋ったすえに、「竜舌蘭の魔女キーラ」をくれた。拡張パックから四枚出たけれど、五枚目が手にはいらなかったのだ、とかなんとかいいながら。
クラスメイト達が、有理や兎雷と勝負したがった。兎雷はそれをうけ、すべて勝った。負けた子達は悔しそうだけれど、それぞれカードをさしだした。といっても、コストの軽い、効果もさほどではないカードばかりだ。
家に帰って、兎雷はデッキを少し改造した。
それからも毎日、学校で対戦しては、デッキを改造していった。兎雷はどういう訳か、負けなかった。まだあたらしいゲームで、カードプールはたいしたものではないから、ある程度ターンがすすめば相手デッキがどんな構成か読めてしまう。そもそもスターターデッキを無改造でつかっている子も多い。拡張パックは買っても、それで手にいれたカードをどうつかえばいいかわからず持っているだけ、というような子が。
対戦を重ねるうちに、意外とアニメのファンが多いと気付いた。女子の何人かとは、それから話すようになった。男子のなかにも、何度も兎雷に対戦を申し込んでくる子が居て、そういう子達ともなかよくなった。
有理とはあれ以来、対戦していない。有理は、兎雷が対戦しているのを見て、楽しそうにしている。嬉しそうにしている。
「兎雷、これはなに」
一学期が終わり、夏休みにはいってすぐだった。母がカードケースを手に、こわい顔でやってきた。
居間で昼食を食べていた兎雷は、口に含んでいたハンバーグをのみこみ、でもなにもいわない。お母さん、勝手にわたしの部屋にはいったんだ。勝手にランドセル開けたんだ。勝手に。
勝手に。
母の後ろから、困った顔の兄がなにかいう。母はそれを黙らせ、兎雷を見る。
「兎雷、これって二千円くらいするんでしょ。どうしてこんなもの持ってるの」
その疑わしそうな様子に、兎雷はかちんときた。お母さん、勝手にひとの荷物触って、しかも疑ってる。わたしが盗んだと思ってるんだ。
兎雷は口を噤み、箸を叩きつけるようにテーブルへ置いて、立ち上がった。母の手からカードケースをもぎとる。
「兎雷!」
兎雷は母をおしのけ、兄もそうして、玄関から飛びだした。
むしゃくしゃしていた。
とてもいらいらしていた。
カードケースをベルトにはさむようにする。これで、れみちゃんと一緒。
デッキはだいぶ、改造してある。でも、まだまだ足りない。マジカルルチアだけじゃなく、もっとジ・インファルノのカードを集めたい。スターターデッキに含まれているのじゃなく、拡張パックのがほしい。
気付くとおもちゃ屋さんの前に居た。
兎雷はどきどきしながら、自動ドアの前に立つ。ドアがすうっと動いて、中へはいった。
一番近くのテーブルに居た男の子達が、たまたまその時、対戦を終えた。
兎雷は決心が揺るぐ前に、口にした。「ねえ、勝負して! わたしが負けたら、竜舌蘭の魔女をあげる。かわりに、わたしが勝ったら、わたしにカードを選ばせて」
兎雷は勝った。コスト4の指示書、「補充命令」を手にいれた。これをつかうと、砦を二枚物資化できて、これ自身も物資になる。マジカルルチアには破壊の際に砦を増やすカードが多いから、砦を物資にかえるカードは相性がいい。
兎雷はほかのひとにも、「竜舌蘭の魔女キーラ」をちらつかせて勝負を挑み、カードを手にいれていった。
コスト7のクリーチャー「菊の魔女マム」は、砦を一枚しか破壊しないけれど、相手クリーチャーを次の自分のターンまで動けなくする。
コスト12の「紫陽花の魔女ハッセン」は、ほかのクリーチャーや砦を犠牲にして破壊されないうえに、本陣攻撃を防げる。
コスト1の「ララッチ・俊足・ルトイン」はパワーこそ低いけれど、種族「魔女」のコストを軽減する。壊されない設備と違って攻撃される危険はあるが、それで相手の手数を減らせるのだから、出して損はない。
さらに、無国家の指示書「勅命」「遠征命令」「砦増築」なども手にはいった。どれもほしかったから、嬉しかった。
兎雷は負けなかった。危ない場面もあったが、戦場山札からハニー・マドラーが飛びだしてきたり、砦から指示書が出るなど、運も味方した。それもそうだが、工夫して勝ち続けた。おもちゃ屋さんで対戦している子達だから、持ち札はいいものが多いし、選んでいいと兎雷の条件をのんでいて、後からそれを翻すこともない。
ケースにカードがはいらなくなって、兎雷はとぼとぼと、家へ戻った。
母はなにもいってこなくて、兎雷も黙っていた。姉がどうしたのかと訊いてきたけれど、答えない。
次の日も、兎雷はおもちゃ屋さんに行った。別の場所にあるお店だ。そこでも対戦して、兎雷は勝ち続けた。さいわい、凝ったスリーブをかけたカードはなく、あの透明で、裏面が少しでこぼこしたものばかりだから、助かった。スリーブを買うお金はないから。
家に戻ると、出前を取って、祖母と話しながら食べ、宿題をした。お風呂にはいって、眠る。次の日も別のカードを売っているお店に行って、兎雷は戦い続けた。
お店によっては、席料というものをとられるのも知った。兎雷は迷って、結局、出前用のお金をくすねた。ご飯を食べたことにして、席料に充てたのだ。祖母にはハンバーガーを食べてくると行って外に出て、なにも食べないで戻った。それで親にはばれないから、もっとはやくからこうしておけばよかったと思った。スリーブ代も、やっと手にはいった。
勝っても勝っても、むしゃくしゃはおさまらない。
「ねえ、勝ったらデッキをまるごともらえるってどう?」
相手がかわったスリーブをかけているのを見て、そう口から出た。
相手は中学生くらいの男の子で、にきびでいっぱいの顔を兎雷へ向け、ふんと鼻で笑った。近場のテーブルに居た大人達が、ちらりとこちらを見る。
「いいよ」
男の子はガムを口に含んで、余裕ぶってこちらにもさしだす。「どう? オジョウチャン」
アニメでれみちゃんが、悪役にそんなことをいわれるシーンがあった。まるで自分が、可愛くて強い、ハニー・マドラーやキーラと親友になっているれみちゃんになったみたいで、兎雷はにんまり笑った。
キャラスリーブ、というらしいそれは、「菊の魔女マム」のものだった。男の子は負けて、不満そうだったけれど、ケースごとデッキをくれた。
「ああいうのはやめておいたほうがいいよ」
ほかのプレイヤーからも数枚カードを手にいれ、帰ろうとしていた兎雷に、お店のおじさんがいった。
「あの子、結構余裕あるみたいだし、あれはメインデッキじゃないからよかったけど、メインデッキだったら怒らせてたよ」
「……でも、くれました」
「まあね」おじさんは顔をしかめた。「そもそも僕は、あのカードゲームは好きじゃない。ゲーム自体は面白いけど、敗者が勝者へカードを渡すってルールがきらいなんだ」
それが一番面白いところなのに、変なことをいうな、としか感じなかった。あれがあるから、アニメだって面白いのだ。
兎雷はなにもいわず、お辞儀して出ていった。
余裕があるというのは本当らしい。メインデッキではない、というのは、違うかもしれない。夏休み直前に発売されたパックの目玉、コスト18の「糖蜜の魔女ト・リークル」、それにコスト20の「碧珀アンドロマリウス」が、二枚ずつはいっている。これはユニークレアだから、本当は一枚しかいれてはいけない。
ってことは、不正で、最初からわたしの勝ちだったんだ。
夕ご飯を我慢して手にいれたスリーブにいれかえ、デッキを再構築する。夏休みが明けたら、市萬田くんに自慢しよう。これだけ沢山、カードを手にいれたんだって。
「約束だから、頂戴」
夏休み最後の日、兎雷は随分歩いて、隣市のカードショップまで来ていた。そこに居た同年代の女の子のデッキは、大会参加者がもらえるスリーブで保護されていた。大会はいろんな場所で開催されているが、一番近くても隣の県だし、保護者同伴でないと参加できない。
ほしかったから、デッキまるごとを賭けて勝負した。女の子は高レア高コストのカード、めずらしいカードを沢山持っていたから、負けないと思ったのだろう。
でも負けた。
「……やだ」
「どうして。約束だよ」
「でも、ほんとは一枚だけでしょ」
「負けたから約束破るの。ずるいよ」
女の子の目に涙がたまる。
兎雷は淡々という。
「約束したの、あなただよ。いやなら最初からいやだっていえばよかったのに、負けたから約束なしって、卑怯だよ。ずるいよ。スルッチョ先生みたい」
アニメの悪役にたとえられたのが余程いやだったのか、女の子は泣きながら、デッキを投げつけてきた。
カードが散らばる。お店のひとや、女の子の知り合いらしい子ども達が集まってきた。兎雷はすばやくカードを拾い、鞄へいれると、お店を飛びだした。
あんなふうにカードを投げるなんて、信じられない。きっと、たいして大事にしてなかったんだ。
「とらちゃん、おやつ食べない?」
居間でTVを見ながら、兎雷はぼんやり頷いた。一日二食にしているから、体重が減った。少しくらい痩せても大丈夫だ。それより、カードがほしい。スリーブも要る。
貯めたお金を、昨日出たばかりのパックを買うのに、さっきつかった。箱で買ったほうがいいらしいから、そうした。
無国家の指示書「全軍突撃」が三枚も手にはいったから、凄く嬉しい。これをつかうとそのターンに場に出したクリーチャーすべて、即座に攻撃できるようになる。物資をためて全軍突撃をつかい、コスト軽減を駆使してクリーチャーを一気に場に出し、一斉攻撃をしかけられる。しかもマジカルルチアの大型クリーチャーには、ほとんどといっていいほど、砦を増やす効果か、攻撃を枉げる効果がついている。それから小型だけれど、「酢漿草の魔女サリス」が十枚近く。相手を攻撃できないけれどパワーはそれなりで、枉げた攻撃をぶつけるのに丁度いい。
兎雷がぼんやりしているうちに、祖母は傍らにある缶をとって、クッキーをくれた。
「とらちゃん、ほしいものあったら、おばあちゃんにいいな」
「……うん」
どうせ、バトル漫画は買ってくれないから、いわないほうがいい。だめ、といわれる絶望感を味わいたくない。
二学期がはじまって、兎雷は職員室へ呼び出された。
あの、デッキを投げてきた女の子の友達が、兎雷の顔を写真に撮っていたらしい。その親からどこかへ話がまわって、特定された。
兎雷は先生の話を遮って、昨日手にいれたばかりのデッキを、先生の机へ置いた。「デッキを投げつけられたんです。わたしは吃驚して逃げて、鞄にこれがはいってて……」
嘘だけれど、女の子がデッキを投げてきたのは事実だ。だからか、先生もそれ以上なにもいわず、デッキをとりあげられるだけで終わった。
悔しかったけれど、デッキを投げてくるような子を相手にしたのが悪かったのだと考えることにした。
「市萬田くん」
席替えがあって遠くの席になった有理に話しかけたのは、二学期がはじまって二日経ってからだ。
有理は顔をあげ、伏せた。兎雷はにっこりして、デッキを掲げる。
「これ、夏休みの間に強化したんだ。対戦してくれる?」
身を削ったお金で買ったボックスから出た、全軍突撃やサリスのはいったデッキだ。まわせることは確認している。
有理は顔を伏せたままだ。
「市萬田くん?」
「……いろんなひとからとったカードでつくったの?」
「え?」
有理は顔をあげ、ぎゅっと唇を嚙んだ。
「なにいってるの。それがルールでしょ。負けたらカードをさしだすんだよ」
「……三波さんがこんなことすると思ってなかった。ひとのデッキを奪うなんて」
あの女の子がまだ騒いでいるんだろうか。
兎雷はすうっと、なにかがつめたくなっていくような感覚を覚える。眉間に皺がより、デッキを持っていない手は拳になる。
「なに、それ」
「三波さん」
「あの子は約束したんだよ。負けたらそれを破ったの。わたしが負けたら大喜びでデッキをとりあげたに違いないのに」
このデッキはほとんどがスターターデッキ、それから自分で買ったカードからできている、とは、いわなかった。なにか非難するような、疑うような有理の声に、はらがたったからだ。
そう思うなら、思えばいい。勝手にそう考えたらいい。
踵を返し、はなれようとした兎雷に、有理は叫ぶようにいった。
「三波さん。僕と勝負して。……デッキを賭けて」
有理と向かい合って座り、兎雷は手札を確認していた。さいわい、いいものが揃っている。有理は顔をしかめているから、事故ったのかもしれない。
備蓄をして、サリスを数体場に出した。手札にはハニー・マドラーが居る。物資をため、コストを軽減してハニーを出せば、優位に立てる。
メルトやレムノで攻撃しつつ砦補充、更に相手の砦を破壊ではない墓地送りにしていく。盤石だ。砦があれば、本陣攻撃はできない。攻撃されれば、戦場山札をめくれる。
有理のデッキは、スターターデッキだった。主人公のだ。得に警戒することもないだろう。とにかく砦を増やし、場にカードを出す。
ハニーを出して、勝利をたぐり寄せたと思った。全軍突撃をつかってある。更にキーラ、それからもう一体のハニーを場に出し、総攻撃をしかける。
本陣攻撃を一回やった。そこで、相手にターンが渡った。
有理はにこっと笑う。彼は備蓄をして、指示書をつかった。
マレビトの指示書カードだ。スターターデッキにはなかったもので、この間の拡張パックにはいっていた。
血の気がひく。
「『誰かからの命令』。場に出ているカード一枚を選び、破壊した時効果を各プレイヤーはつかう。レムノを選ぶ。三波さん、砦を増やして。更に『誰かからの命令』、レムノを選ぶ。三波さん、砦を増やして。更に……」
それは死の宣告だった。
兎雷のつかっているデッキはマジカルルチア主体、砦を増やして防御をかためるデッキだ。山札はもう随分減っている。一方、有理のデッキはほぼスターターデッキで、山札には余裕がある。
レムノは攻撃時、砦を二枚増やす。有理の持っている「誰かからの命令」があと一枚あれば、山札はなくなる。
有理は手札から、「誰かからの命令」を出した。
項垂れた兎雷は、デッキをまとめた。
初めての敗北だ。それも、山札切れで。
頭に血がのぼっていた。あの目がいやだった。デッキをくれた有理が、あんなことをいうなんて思わなかった。
「ごめん、三波さん」
兎雷は少しだけ、顔をあげた。
有理はデッキをまとめ、膝の上に両手を置いている。こちらに頭をさげているのを見て、不思議な気分になった。何故そんなことをするのか、わからなかったからだ。
「……市萬田くん?」
「ごめん。三波さん、あたらしいパック買ったんだね。出たばかりだし、まだこの辺でデッキに組み込んでるひと居ないから。スリーブも、一昨日発売されたやつだし」
サリスや全軍突撃を見て、そう考えたのだろう。有理が本気で謝ってくれたのはわかったけれど、兎雷はなんだか余計に傷付いたような気分で、彼を見ている。
デッキを滑らすようにして、彼へおしやった。
「これ、どうぞ」
約束は、約束だ。
でも、彼はうけとらなかった。頭を振った。
「ううん。もらえない」
「……どうして」
「もらいたくないから」
有理は微笑む。「三波さんが、カード集めるのだけ好きになったかと思ったんだ。でも、わかったから」
兎雷は黙り、デッキをひきあげる。
それから、全軍突撃を一枚ひっぱりだした。
「はい」
「え、いいよ」
「ううん。ルール。ウォリアーズで一番面白いのは、ここだから」
それは本気で思っていることだから、兎雷はカードを彼の机へ置いて、立ち上がる。デッキをケースへしまい、ベルトへさげた。「……でも、もらうのが一枚だから面白いんだよね」
兎雷がそういうと、有理は微笑んで、そうだね、と頷いてくれた。
「ほんとにもう、ふがいないんだから」
きつねうどんを食べながら、祖母がまた愚痴をいっている。兎雷は買ってきた、スーパーのホットドッグを食べてしまって、手を洗って戻ってきた。
テーブルの上を片付け、一番やわらかいバスタオルをひろげる。
「とらちゃん、なにしてるの」
祖母がTVから目を逸らした。TVでは、祖母のごひいきチームがホームランをくらって、逆転されている。
「おばあちゃん、スポーツ好きでしょ。それも、戦うやつ」
「戦う?」
「お相撲さんだって、野球選手だって、戦ってるでしょ。だからこれ、楽しいと思う。おばあちゃんのデッキつくったから、やろ。ルール、兎雷が教えてあげる」
つっかえずにいえた。
祖母は不審げに、バスタオルの上に置かれたデッキを見ていたが、兎雷がお願いというと、頷いてくれた。
「ただいま。兎雷、アイス……なにしてるの?」
「お帰り、お姉ちゃん」
制服姿の姉は、兎雷の後ろからテーブルを覗きこむ。
すでに三戦目だ。祖母のごひいきチームは点差をつけ、勝ちそうなのに、祖母はそれに目もくれない。
「とらちゃん、このピンクの子、ここに置いといていいんだよね」
「そうだよ。サリスは相手を攻撃できないけど、かわりに相手の攻撃をうけてくれるの。『裂岩・ケラモⅩⅧⅩ』が居るから、二回はできるよ」
「じゃあここに置いとこう。えっと、これはつかっていいんだっけ?」
「うん。ほんとはクリーチャーを置く前につかうんだけど、いいよ」
祖母は綺麗なイラストのマジカルルチアのカード達に、すっかり魅了されてしまったらしい。覚束ないものの、ルールはそれなりに理解していて、楽しそうに遊んでいる。
肩越しに姉を見る。姉はにこっとして、アイスをふたつ、テーブルへ置いた。「はい。兎雷はいちご、おばあちゃんはみかんだよね」
草刈りの後、祖母と対戦することが増えた。アニメも、DVDをかりてきて、一緒に見た。姉も一緒にだ。祖母がお小遣いをくれて、漫画を買えた。草刈りのお駄賃あげなかったから、今までの分だよ、といって。
かわりに祖母からは、相撲や野球のルールを教えてもらった。よくわからなかったルールがわかれば、少しは面白いと思える。相撲の観戦をしながら対戦をしていると、たまにミスをして、些細なことで負けたけれど、別にいやではなかった。悔しくない、訳ではないが。
「おばあちゃん、ほんとにそれが好きなのね」
めずらしく家族が揃っての夕食後も、アイスを食べている家族を尻目に、兎雷は祖母と対戦していた。祖母はこの間、新弾を大量に買い、霊皇帝国デッキを組んでいた。マジカルルチアの可愛らしいカードも好きだが、祖母は霊皇帝国の神秘的な雰囲気も好きだそうだ。
今度の日曜日には、有理達が遊びに来ることになっている。祖母がはまっているといったら、是非対戦をと、数人が立候補してくれたのだ。
そのなかには、有理の知り合いだった、あの女の子も居る。あまり気はすすまないけれど、謝るつもりだった。ルールを破った提案をしたのは自分だと気付いたからだ。ルールのなかでやるならば面白いけれど、それ以上のことをするなんて、自分のほうが悪役みたいだとわかったからだ。
母は洗ったいちごをたっぷりもりつけた深皿にフォークを添え、祖母と兎雷の前へ置く、ほかの家族の前にも。お皿の底には練乳がたまっていて、それをつけながら食べるのが三波家流だ。
「兎雷にそのカードを買ってあげたなんていうから、どうしてって思ったけど、たしかに絵は綺麗ですねえ」
はっとして、兎雷は祖母を見る。祖母はぺろっと舌を出した。
そういえばデッキを見付けられて、万引きを疑われたあと、帰っても怒られなかった。追及もなかった。おばあちゃんが庇ってくれてたんだ。
母は祖母のバトルゾーンを見て、腰に手をやる。「……ほんとに綺麗ね。わたしも買ってみようかな。ひとパック二百円くらいなら、いちごよりもずっと安いし」
兎雷と祖母は、顔を見合わせ、小さく笑った。