9.インタヴュー・ウィズ・デビル
ソフィアは僕より少し年上だったから、まだ50にはなっていないはずだったが、その見た目は実年齢からはかけ離れた老い方をしていた。
「まさかあなたがここへ来てくれるなんて思いもしなかったわ」
僕は応接間に通され、紅茶を入れる彼女をまじまじと見た。
「どうしてここにいることが分かったの?」
そういえば、彼女は半ば消息が途絶えていたのだった。
「昔、この場所の話を聞いたことがあっただろ?もしかしたら、と思ったんだ」
僕が言うと、彼女は納得したような顔をした。
「ここは研究をするのに最適なのよ。余計な情報も入ってこないし、邪魔をされることもないから」
「君の研究は進んでいるの?」
恐る恐る尋ねると、ソフィアは目を伏せ、唇を噛んだ。
「残念だけれど、行き詰ってしまったわ」
つまりは、あの忌まわしい実験が行われた後ということになる。
「あなたはどうなの?研究は順調に進んでいるの?」
「おかげさまで、姉の協力があるから研究がスムーズに進んでいるよ」
僕がそう答えると、ソフィアは、先ほどまでの表情とは打って変わって、目をぎらつかせ、食い入るような顔で僕を見ると言った。
「じゃあ、不老不死についても、何かわかって?」
あまりの剣幕に、僕は一瞬たじろいだ。
「いや、まだ、そこまでは」
ソフィアはあからさまにがっかりとした顔になり、うつむいた。
「君は不老不死になることでなにを得ようとしているの?」
僕が尋ねると、ソフィアは震える両手を握りしめ、ぼそぼそと答えた。
「私が欲しいのは…たったひとつの…いえ、たったひとりの愛情だった」
「…過去形?」
「そう…もう失ってしまったから…私は悪魔に魂を売り渡してしまったのよ」
ソフィアはそういうと、さめざめと泣き始めた。僕はどうすればよいか考えあぐねていたが、ひとしきり泣くと、ソフィアは観念したように立ち上がり、僕を研究室に案内した。
研究室は最近使われてなかったのか、埃っぽく、かびの匂いと薬品の匂いが混じった匂いがした。
ソフィアは黙ったまま、棚に並ぶ瓶を指さした。瓶の中は液体が満たされており、その中には、胎児のようなものが浮かんでいた。
「私の息子よ。生まれてすぐに老化して命を亡くしたの」
そう言われて、じっと見つめると、胎児のように見えたのは生まれたばかりの赤ん坊で、しかし、ソフィアの言うように、その姿は老人そのものだった。実際に目にするとそれはかなり衝撃的だった。
「バカよね、私はあの人の理解者でありたいと願い、あの人の救世主になりたいと願っていたのに、気づいたらあの人をただの研究材料として扱ってしまっていた。せっかく授かった子どもも、その存在そのものを慈しむどころか、切り刻んで研究材料にしてしまった」
「あの人って?」
僕はわかっているのに、あえて尋ねる自分の意地悪さのようなものを感じながら尋ねた。
「アイオン・ド・トレム。永遠を生きるひとよ」
「アイオンは今どこに?」
ソフィアは再び唇をかみしめ、嗚咽を漏らすと答えた。
「わからない。ある日突然消えてしまった。執事のメイソンは彼の行く先を教えてくれないの」
僕はソフィアを残し、部屋を出た。背後からはソフィアのすすり泣きが聞こえてきた。逃げるように屋敷を後にすると、先ほど見たホルマリン漬けのしわだらけの赤ん坊の姿を思い出して、吐き気が込み上げてきた。そのまま駆け出すと、森の奥を一目散に目指した。
どれくらい走っただろう。記憶にかすかに残る、その屋敷が見えてきた。
バラのアーチをくぐり抜け、庭園に歩みを進めると、まぎれもなく、アイオンがこちらを見て佇んでいた。
「本当に変わらないんだな…」
僕は思わず口にした。
アイオンは訝し気にこちらを見て言った。
「あなたは?以前どこかでお会いしたことがありますか?」
「信じてもらえないかもしれませんが、僕は…未来から来たんです」
アイオンは驚いた顔をして僕を見つめた。
「正確には過去の自分に生まれ変わったんです。だからこうしてあなたに会うのは初めてではないとも言えるかもしれません」
アイオンは怪訝そうな顔のまま、僕の言葉に耳を傾けた。
「僕はあなたが不老不死であることを知っています。ソフィアとの間に起きたことも。そしてこれからあなたに起こるであろうことも知った上で、あなたの本当の気持ちを知りたくてやってきたんです」
「これから私に起こること?」
アイオンは僕の言葉に興味を示した。
「それについては、今はまだ、お話しすることはできません。その前にあなた自身の本当の気持ちをお聞きしなくては」
アイオンは僕を屋敷に招き入れた。
執事が入れた紅茶を口に含む。今ここにいる執事のメイソンは人間だ。こうしてみると、あの執事ロボットはよくできたロボットだったのだな、と僕は思った。忠実に再現されたロボット。それなら僕は…今の僕は、人間としてうまく振舞えているのだろうか。肉体は人間だけれど、思考そのものはロボットのほうに馴染みがある。そんなことを考えながらぼんやりしていると、アイオンが口を切った。
「私の本当の気持ち、というのは?」
そうだ。感傷に浸っている場合ではない。僕はアイオンに直接本心を聴きたかったのだ。
「あなたは、本当はどうしたいのですか?このまま永遠に生き続けたいのですか?それとも…」
「それとも、本当は死にたいのか?ということですか?」
僕が口ごもると、僕の気持ちを見透かしたようにアイオンが続けた。
「正直な気持ちを言えば、もう十分に生きてきたと思っています。死ねるものなら死にたいとも思う。けれど、どうしても死ぬことができない現状、私が願うのは穏やかな毎日を送ることなのです」
「それならば」
僕は死刑宣告をするような気持ちになりながら言葉を絞り出した。
「死ぬことができたなら、どうしますか?」
アイオンは僕の言葉の意味を推し量るように、目を細め、僕をまっすぐに見つめた。
「もしそれが本当なら、愛する人に見守られて最期を迎えてみたい。私は常に見送る側だったから…」
僕は冷めた紅茶を飲み干すと、カップを置き、じっとアイオンをみつめた。
「50年。待ってもらえますか?それまでに僕はあなたの願いを叶えられるようにするつもりです」
それだけ言って帰ろうとする僕にアイオンは慌てて声をかけた。
「待ってください。あなたはいったい…」
「僕はこれからしばらく眠りにつきます。僕の目が覚めるころ、またあなたに会うことになるでしょう。僕のことは探さないでください。ただ、信じて待っていてください」
そう言って、トレム邸を出ると、僕は家路を急いだ。