8.永遠の向こう側にあるもの
ニアの与えてくれたヒントをもとに、僕は肉体を保存するための不凍液の研究を始めた。姉は自分のアイディアが具現化されていくのを期待をもって支持してくれたし、極秘裏で進めていたプロジェクトも一部公開して協力者を募り始めた。むろん詳細は伏せたままだったから、まさかコールドスリープの研究をしているとは気づかれなかっただろう。研究内容は、再生医療のためだと言われても何もおかしくはない内容だったからだ。
再生医療についての研究も続けることができたし、個人的には姉の依頼を受けたことはプラスでしかなかった。姉にとっても、高性能ロボットの量産化に向け、研究開発を続けることで、主軸のロボット産業で莫大な利益を得ることができるようになっていった。
再生医療の一端として、アンチエイジング技術も開発され、姉は今や自らを広告塔としてその若さを保っていた。
「姉さん、まだコールドスリープはあきらめてない?」
僕が聞くと、姉は一瞬考え込んだ。
「ほんの思い付きであなたに研究してもらうことになったけど、むしろその副産物のほうが有用に思えてきたわ」
穏やかに微笑む姉を見て、僕はなおも問いかけた。
「もしも、不老不死をかなえられたとしたら、どう思う?」
姉は一瞬目を丸くして僕を見つめた。
「できるの?」
僕はそれには答えず、もう一度質問した。
「不老不死が叶えられたとしたら、姉さんは嬉しいと思う?」
姉はしばらく黙り込んでいたが、やがて答えた。
「自分の愛する人と別れなくて済むようになるのは、すばらしいことだと思うわ。でも、そんなに長い時間を生きるのはあまり良いことには思えない」
「どうして?」
「ものごとには終わりがあるから始まりもある。いつまでも若々しく元気で死を遠ざけることができたとして、きっと人はいつか退屈してしまうような気がする。そして、きっとそれは」
「自らを破滅に向かわせる」
僕が続けると姉は苦笑いをしながら頷いた。
「あなたに研究をしてもらうように頼んだ時は、不老不死の可能性を考えて、輝かしい未来を想像したわ。けれど、長生きをしている人と話していると、大半の人は人生を持て余しているようだった。老化を止めるのは大賛成だけれど、不滅になるのは、よくないことかもしれないわ」
僕は永遠に生き続ける青年を思った。彼の本当の望みはいったい何なのだろう。彼に会って話してみたいと思った。
あの森の奥、時が止まったような屋敷で、何を思っているのだろう。あの森に行ってみようか。
僕はいてもたってもいられなくなり、ニアに指示を与えると、急いで出かける支度をし、あの森へと向かった。
いきなり彼に会うことは難しいと考えた僕は、メルセンヌ家へと向かった。今行けば、おそらくソフィアがいるだろう。
メルセンヌ家に着くと、屋敷は手入れはされていたものの、荒れているように見えた。屋敷というのは、住んでいる人の心持を表すものだ。僕は恐る恐る呼び鈴を押した。
「どなた?」
中から現れたのは、見る影もなくやつれ、一気に老けたソフィアだった。あまりの変わりように言葉を失っていると、ソフィアは僕に気づいて目を見張った。
「リュウト?リュウトなの?」
「ああ…。ソフィア…久しぶり」
やっとの思いで答えた僕は、言い知れぬ恐怖を覚え、ここに来たことを後悔した。