6.ニア
姉の援助もあって、僕はますます研究に没頭していった。姉の提案したコールドスリープは様々な問題を抱えていて、とても実現できそうにはなかった。アイデアとしては面白いが、事業として取り組むなら、全く採算の取れない夢物語でしかない。肉体を冷凍保存するための技術が開発できたとしても、それを管理するために施設を作ったり、維持費もかかるだろう。施設を管理するための人員も必要だし、そのコストは膨大で、いくら姉が資産家で財源が豊富だと言っても、利益を生む前に底が尽きてしまいそうだった。
冷凍することでの細胞へのダメージも計り知れない。そんなリスクを冒してまで延命のためだけに冷凍するというのは、どう考えても分が悪いとしか言えない。
チルド技術の応用はどうだろうか。完全に冷凍するのではなく、凍る寸前の状態で生命を維持することができたらどうだろう。温度管理や、バイタルチェックはロボットに任せれば、人件費の問題はクリアできそうだ。そう考えると、技術の開発も含め、優秀な助手としてのロボットをできるだけ多く生産することのほうが先のように思えた。研究段階から参加させ、知見を広め、技術面もカバーできる。そう、かつての僕が「ニア」と呼ばれていたころのように。
幸いなことに姉の会社は最先端のロボット技術を持っている。今はまだ単純な作業しかできないロボットに高水準のAIを搭載して、環境を管理させることができたら、ヒューマンエラーで引き起こされるミスも軽減されるだろう。
そこで僕は、姉の会社の優秀なエンジニアに、より人間に近く、より人間を超えられるようなAIロボットの生産を依頼した。このロボットについては、本格的に生産され、世の中に普及していけば、それだけで格段に世の中は便利になっていくだろう。姉の計画とはずれてしまうけれど、それによってもたらされる恩恵は計り知れない。
そうして完成したロボットは、まさに「ニア」そのものだった。おそらく持てる技術をフルに活用して無駄を省き、理想の形をしたのが「ニア」だったのだろう。
自画自賛するわけではないが、「ニア」はそれほどに完璧なロボットだったのだ。
ニアを作動させると、かすかな機械音がした。僕はとても懐かしい気持ちになった。人間の心臓を模した機械の心臓が奏でるリズムは、人間となった今でもなじみ深いものだった。瞳が開かれ、僕をじっと見つめるそのまなざしはまるで鏡を見ているような錯覚を覚えた。
「ドクターキリシマ、お会いできて光栄です」
うやうやしく挨拶するニアを見て、僕は苦笑いをした。
「君とはこれからよいパートナーとして研究を手伝ってもらうことになる。よろしく頼むよ」
僕が言うとニアは、少し首をかしげて微笑んだ。
「よろしくお願いします」