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5.チャンス

 僕が今しなければならないのは、再生医療について研究を続けること、不老不死という概念を実現可能にすることだ。いくつか論文を書いて、メディアの取材を受けるたび、「若く崇高な研究者」という形容詞が付けられることが多くなっていった。実際のところ、僕の研究動機はそんな崇高なものではなかったから、少し居心地は悪かった。それでも、そういった評判のおかげで、支援者も現れ、研究環境が整ったのはありがたかった。

 ソフィアとは不定期に連絡を取り、お互いの研究成果で補い合える点を探り合っていた。何度かアイオンの存在を聞き出そうと試みたけれど、ソフィアは決して秘密を明かさなかった。彼女の研究所に行ってみたいと言ったこともあったが、そのたびにはぐらかされた。そうこうするうちに、ソフィアは離婚して、いつの間にか医学界から消え去っていた。そして、それと同時に音信不通になってしまった。僕にとっては好都合だ。正直、エステルに似たソフィアと交流するのは精神的に負担だったし、僕の研究が彼女の研究に影響を与えるのは好ましくないと思っていたからだ。

 僕はひたすら研究を続け、再生から延命へと研究内容を絞っていった。そんな折、姉が僕に相談があると連絡してきた。

「あなた以外に相談できない内容なの」

 深刻そうな顔をして、相談と言いながらも、その返答はこちらの意見など聴くつもりはないのだろうと僕は感じた。

「前置きはいいから」

 姉はこの期に及んで口にするかどうか迷っているようだった。しかし、やっと意を決したのか驚くべきことを話し始めた。

「コールドスリープについてどう思う?」

「コールドスリープだって?」

 僕は驚いて姉の顔を見た。

「遠い昔に、エッティンガーという人が提唱したのが始まりなんだけれど、それをあなたの研究と掛け合わせることができないかと思ったの。どう?」

『死は絶対的なものではなく、医療技術のレベルに依存している。未来の医学の進歩によって、冷凍保存された人々が救われる可能性がある』というのがエッティンガーの主張だった。そもそも冷凍保存された人間をうまく解凍することができるのか、冷凍することによって、細胞へのダメージはどうなのかなど、課題はたくさんあって、いまだに実用化はされていない。しかし、彼の主張はその後の低温生物学にも影響を与え、人体冷凍保存クライオニクスの概念を一般に広めた。

「もしもよ、コールドスリープが可能だとして、それによって寿命を延ばしたり、再生治療を受けるのにメリットがあるとしたら、そしてそのための施設や設備を開発できたらって考えたのよ」

「なるほどね。だいぶSFめいてはいるけど。悪くはない発想だね」

「でしょ!?」

 姉はらんらんと目を輝かせて、まるで幼い子どもが褒められた時のような表情を浮かべた。

「…ソフィアには連絡しないの?」

 僕が言うと、姉は急に表情を曇らせ、鼻にしわを寄せて言った。

「彼女と連絡が取れなくなったのは知ってるでしょ?彼女の研究はどうやら倫理的に問題になって、医学界から追放されたらしいってこと、あなたも聞いてるんじゃない?」

「みたいだね」

 ソフィアについては、詳しい内容までは伝わってこなかったが、人体実験云々という噂が伝わってきていた。

「そういうわけで、もし彼女と連絡を取れたとしても共同開発は望めない。私のやろうとしていることのイメージダウンにつながってしまう恐れがあるから」

「僕ならイメージアップにつながるとでも?」

 僕がからかうように言うと、姉は口をへの字にして、ちょっとすねたような顔で僕を見た。

「意地悪言わないで。これは人類にとっても、わが社にとっても、もちろん、あなたにとっても大きなチャンスなのよ。だって、すばらしいと思わない?不老不死を実現可能にするかもしれないのよ」

 姉は野望に満ち溢れた目で僕を見つめながら尚も言った。

「もちろん、研究費用はうちで持つわ。成功した暁には報酬も払うし」

「極秘で進めるプロジェクトってこと?」

 姉は微笑みながら頷いた。

「悪くない話だと思うけど?」

 僕は姉の提案を受けることのもたらす意味を考えた。これがもし実現可能であるならば、確かに不老不死を叶えることは難しくなくなるだろう。

「オーケー。まずは実用化に向けて研究と実験をしてみよう。姉さんの利益になるかは今の段階ではわからないけど」

「ありがとう!やっぱり持つべきものは天才の弟ね!実験や研究に必要なものは遠慮なく言ってちょうだい。最善を尽くすわ」

 姉は小躍りして、僕に抱きついた。僕は思いもかけないチャンスを運んできた姉をハグしながら、神様がいるとしたら、なんていたずら好きなのだろう、と考えていた。


 その日の夜、僕は夢を見た。冷たい氷に囲まれて身動きできず、眠る夢だった。

 細胞のひとつひとつが凍っていくのをただじっと感じていた。

 不思議と怖くはなかった。

 この氷の世界から目覚めたら、僕はやっと、彼女に会えるんだ。

 そう思ったら、僕の胸は温かくなって、そこから氷はみるみる融けていった。

 たぶん今度はうまくやれる。しくじりはしない。

 希望と自信に満たされて、僕は幸せな気持ちで深い眠りに落ちた。


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