29.永遠の子どもたち
私はアリシア。『永遠の子ども』と呼ばれ、体の成長は16歳で止まっている。永遠に死ぬことも老いることもない。
両親は…どうしたのだったかな。
自分が愛されて育ったのは覚えているけれど、両親の記憶はない。これは『永遠の子ども』たち特有の記憶障害で、長く生きていくうえでオーバーフローしてしまう記憶を適宜消去しなければならないのだ。何を消去するのかは、選択できるのだけど、いつもその選択は悩ましい。思い出を一つずつ削って、新しい記憶に組み替えていくのは、誰しも経験することだとは言われているけれど、私たち『永遠の子ども』は、記憶そのものが改ざんされていくので、オリジナルな記憶がどんなものだったのかすら思い出すこともできない。今私が覚えている記憶もどこまでが本当で、どこからが作られたものなのか、もはや誰にも知りえない。
今から数千年前に、私たち『永遠の子ども』が生まれるようになって、それまでの寿命がある人類はいつの間にか淘汰されて行ってしまった。財力にものを言わせ、体のパーツを順次交換して生き永らえた人たちも、『生きる屍」と呼ばれる状態になり、意識も生きる体力も失い、最後には消滅せざるを得ない状態になってしまった。もとよりオリジナルな肉体を持ち得ていない人々は最終的には朽ち果てていくしかなかったのだ。
世界は、増えもせず減りもしない人工のまま、誰もが争うこともやめ、穏やかに静かに暮らしていた。ごく一部の成熟した者たちが、ごくまれに子どもを作ることはあっても、それもまた『永遠の子ども』として生まれることがほとんどだったし、そうでなければ、昔の人類のように、老いていき、いつか死に至っていた。その結果、世界中は『永遠の子ども』たちが生き残ったのだった。
今日はこれから庭園の見回りをすることになっている。執事のメイソンと一緒に、庭園の管理をするのが私の仕事だ。
仕事という概念も、今では暇つぶしに近いものになっている。あくせく働いて何かを得ようとするよりも、自然と調和して暮らすことを私たち『永遠の子ども』は好んでいた。産業は必要最低限であればよい。都市部はロボットやヒューマノイドで管理され、快適な暮らしは保証されていた。
「アリス!」
私を呼ぶ声がした。
黒髪にブラウンの瞳をした青年がこちらに向かってくる。隣には旧式のロボットがいる。
「リュウト!ニアも一緒なのね」
リュウトは私と違い、『永遠の子ども』ではない。いつからだろう、気が付いた時からずっとそばにいる。多分、私にとってとても大切な人なのだろう。
「今日はメイソンのメンテナンスに来たんだ。メイソンは?」
私はリュウトの穏やかなほほえみを見るのが好きだ。私のなにもかもを受け入れ、包んでくれる人。
「メイソンは屋敷の裏の倉庫にいると思うわ。これから一緒に庭園の見回りをするところだったの」
「そうか、じゃあ、そのあとでゆっくり診させてもらうことにするよ。僕は君たちが戻るまで少し休ませてもらってもいいかな。メンテナンス続きでちょっと疲れてるんだ」
リュウトは苦笑いしながら言った。彼はキリシマロボティクス財団の代表として、今では世界中のロボットを生産し、メンテナンスしている。自分でやらなくても、ロボットなり従業員に任せればいいのに、自分の生産したものには責任を持ちたいからと言って、いまだに自ら現場に出向いているのだ。
彼がいくつなのか教えてもらったことはないけれど、私よりもずっと長く生きているのは確かだ。私たちと同じように外見は年を取らないよう遺伝子操作をしてはいるものの、『永遠の子ども』ではないのだから、体の機能は年々衰えていくのだろう。
「わかったわ。それじゃあ、ゆっくり休んでて」
私はリュウトに見送られて、倉庫から備品を運んできたメイソンと庭園の見回りに出かけた。




