26.仕組まれた再会
くるくると表情を変え、よく笑い、よく話すアリシアを僕は思い起こした。そんなアリシアとは正反対に、僕をまるで亡霊でも見るかのように、見つめていたアイオンの姿も。
「あの日、僕は君が迎えに来てすぐにトレム領を去ったよね?」
僕が恐る恐る尋ねると、ニアは小さく頷き、そして答えた。
「はい、あなたはその時、彼女には会わずに帰宅しました」
「じゃあ、どうして、僕のことを知ったと言うの?」
そう聞きながら、僕は胸の奥に言いしれぬ不安とある確信を感じ始めていた。
「ニア、君が、仕組んだんだね」
ニアは沈黙したまま、僕をじっと見つめた。
試運転前にエアカーを点検したのは、ニアだった。
経路の確認をしたのも、ニアだった。
初めて会ったはずなのに、アイオンがニアにすぐ連絡したのも、今となってみればおかしい。
「ニア、正直に教えて。あの日のあと、トレム領で何が起き、エステルがどうなったのか」
ニアは静かに語り始めた。
「あれは10回目の再生の時でした。ようやくミズ・キリシマの望みに叶う状態であなたを覚醒することができました。あなたの肉体は完璧な10歳の少年として生まれ変わることができたのです。ですが、記憶の操作をしたことで、過去の記憶が混在し、新しく埋め込んだ記憶がうまく定着させられませんでした。そこで記憶定着のために何度か睡眠状態にして、不要な記憶を整理していきました」
僕は自分の記憶が時々曖昧になる感覚を思い出していた。
「しかしながら、何度も記憶を操作していくうちに、細かなノイズが発生し、作られた記憶はあなたに負荷をかけるようになっていったのです」
淡々と話すニアの言葉に耳を傾けながら、僕は記憶を手繰り寄せていく。
「私はその日が来るのを予測していました。あなたはいつか、トレム領にたどり着き、忘れさせていた過去を取りもどす。ただそのことが、あなたにどのような影響を及ぼすのか、予測する手がかりが欲しかったのです」
ニアはそこまで話すと、間をあけた。話すべきかどうか考えているのだろうか。
「つまり君は、僕を試したんだね」
僕は言いしれぬ悔しさに唇を噛んだ。
「あなたの正しい記憶には彼らの存在は不可欠であり、あなたの記憶を正すためには、彼らの存在が、どれほどの脅威になるのか知らなくてはならなかったのです」
「だからといって、彼らを巻き込まなくても良かったじゃないか!」
僕は叫んでいた。あの日の不時着で出会った僕の存在を、エステルに無邪気に話すアリシアが思い浮かんだ。それを知ったエステルは何を思ったのだろう。
「...僕の存在を知ったことと、エステルの消滅とは関係があるの?」
「直接的な原因は、ミズ・キリシマとの確執にあります」
「姉さんが?」
「はい。ミズ・キリシマはあなたの死後、私のメモリからあなたの記憶を発見し、あなた達の間にあった不和を知り、とても心を痛めました」
僕は自暴自棄になっていたあの頃の自分を呪った。姉は僕が遺したエステルへの想いと、彼女とのうまくいかなかった結婚生活の原因を知ってしまったのだ。
「姉さんは、彼女に何をしたの?」
ニアは少し小首をかしげると、僕の表情を観察するように目を細め、何か考え込んでいるようだった。
「ミズ・キリシマは最初はただあなたを生き返らせることだけを考えていました。傷ついたあなたに、過去の悲しみを忘れさせ、もう一度新たな人生を歩ませたいという思いで、私にあなたの体の再生を託されました。そんなところへ、エステルさんから連絡があったのです」
『ねえ、ニア、どう思う?リュウトが死んでもあの女は、何一つ後悔することもなく、自分の幸せをつかんで、のうのうと生きている。しかも、リュウトの研究をわが物のように扱おうと、私にビジネスの話を持ち掛けてくるなんて、どんな神経をしているのかしら』
ミズ・キリシマの唇は静かな怒りに震えていました。私は彼女がなぜ怒っているのかわかりませんでした。
『ニア、私はリュウトを傷つけたあの女が許せないわ。リュウトの研究はすべてあの女のためだったというのに、あの女はそんなリュウトの気持ちを考えたことがあるのかしら』
私はミズ・キリシマの質問に答えることはできませんでした。
『あの女の中ではリュウトはただの自分の研究のための道具でしかなかったんだわ。かわいそうなリュウト。ソフィアと一緒で、エステルも悪魔に魂を売ったのよ。永遠の命に魅入られて真実の愛を見失ってしまったんだわ』
それでもミズ・キリシマはあなたを生き返らせ、あなたのために永遠の命を手に入れるために、エステルさんの提案を受け入れるふりをして、その研究成果を盗み続けていきました。私はその研究データをもとにあなたを生まれ変わらせていったのです」




