25.代償
「そうして、ミズ・キリシマはエステルさんの提案を受け、不老不死に関する方法を開発することにしました。もともと生前のあなたの研究でほぼ完成していたため、研究そのものはスムーズに進んでいきました。そして、先ほどもお話ししたように、人類は不老不死を手に入れることができたのです。ただし、それは現人類が遺伝子を操作することで得られる結果であって、アリシア嬢のように、生まれつき不老不死である特性を持っているものは、やはり突然変異の類であったのです」
ニアが説明する。僕は不老不死をかなえた人類が、直面している問題に思いをはせた。科学的に誕生した不老不死と、遺伝子そのものが不老不死である者とで、その命の重みは異なってくるはずだ。
「生まれつき、不老不死であること、それは命そのものに対する概念が、現人類とは異なっており、そのことで、両者の間には摩擦が生じていきました。現人類は、ある一定の条件を満たしていなければ、完全な不老不死になることはできず、体そのものよりも脳の機能が低下し、その結果、ある一定の年数を過ぎると、体と意識の乖離が始まり、ついには『生ける屍』と呼ばれる状態のものが増えていきました。その反対に、生まれつき不老不死である者たちは『永遠の子ども』と呼ばれ、ある一定の年齢になると成長を止める代わりに、長期的な記憶の蓄積に脳が耐え切れず、定期的にその記憶を消去しなければ、精神に異常をきたす危険性があることがわかりました」
そこまで聞いて僕は、ふと、疑念がわく。
「ねえ、ニア。エステルはどうなったの?」
ニアは、僕の目をじっと見て、それから少し視線を落とすと、また僕の目を見て話し始めた。
「エステルさんは、消滅しました」
「消滅だって?一体、どういうことなんだ?」
僕はニアの言葉の意味を理解することができなかった。
「エステルさんは、この不老不死の技術が完成するまでに、幾度か人工臓器移植を繰り返していて、その結果、開発された不老不死技術には適合できず、『生ける屍』状態になったのです」
僕は、目の前が真っ暗になった。そして、ニアのその言葉を聞いて、この期に及んでまだ、エステルとの再会を心のどこかで望んでいたことを思い知った。
「それじゃあ、もう、彼女は…」
僕の目から涙が零れ落ちた。
「リュウト、泣かないでください。あなたがそんな風に傷つくのを恐れて、ミズ・キリシマはあなたの記憶を改ざんし続けていたのですから」
僕を慰めるようにニアが言う。
「あなたを生き返らせることがミズ・キリシマの願いであり、私はその願いを叶えるべく、あなたを蘇生させようと尽力しました。そして、それには生前のあなたの研究が役に立ったことは言うまでもありません。あなたを生き返らせるに当たって、ミズ・キリシマはあなたを自分の息子として育てたいと言いました。そのためにはあなたを子どもに戻す必要がありました。実はそれも不老不死と深く関係する遺伝子操作を行うことに繋がって行きました。そのために、ミズ・キリシマはエステルさんには秘密裏に不老不死と若返りの研究をしていたのです」
僕の死後の姉の行動は、ある意味常軌を逸していた。だが、個人的な感傷と、事業拡大の野望が姉の計画を後押ししたことは想像に固くなかった。
「エステルは僕の存在について知らなかったの?」
「はい。あなたがエアカーでトレム領に不時着するまでは」




