23.再生
「ミズ・キリシマ、これ以上の記憶の改ざんは人格に影響を及ぼします」
「わかってる...わかってるわ!でも…」
なんの話だろう。
「でも、私はもう二度とリュウトをあんな目に合わせたくなかったのよ...あんな悪魔たちとはかかわらせたくなかっただけなの」
姉のすすり泣きが聞こえる。
「しかし、もう全て終わったではないですか。彼女は二度と我々の前に現れることはできないのですから」
ニアの声が聞こえる。
彼女って?
全て終わったって?
僕は一気に意識が戻り、飛び起きると思わず口に出していた。
「ニア...一体どういう...」
僕の声にニアが振り向いた。姉は口に手を当て、息をのんだ。
「リュウト、気分はどうですか?」
そう尋ねるニアに、僕は心なし苛立ちを感じた。
僕は不機嫌なままニアをじっと見た。気分も何も、いきなり鎮静剤を打たれて気絶させられたのだ。
そんな僕を見て、姉は怯えたような顔をしていた。
「姉さん、どういうことか説明してもらいたい」
僕の問いかけに応えることもなく、姉はただおろおろとして、その目からは涙が溢れ落ちた。僕がいつも見ていた、自信に満ちた母親としての姿はそこにはなかった。
「ミズ・キリシマ、リュウトと二人にしてくれますか?」
ニアがそういうと、姉は泣きながら部屋を出ていった。
「リュウト、最後の記憶はいつになっていますか?」
ニアに尋ねられ、僕は記憶を手繰り寄せた。
熱に侵され遠のいていく意識の中、泣きながら僕に寄り添う姉の姿。
床に落ちたバースデーケーキの残骸。
ロボット工場で、小首を傾げて僕の様子をうかがってきたニア。
エアカーで森の中に不時着し、そこで出会った美しい父娘。
咲き乱れるバラと、風に舞う桜吹雪。
唐突に浮かんでは消える記憶の欠片に僕は混乱していた。
「どれがいつのことなのかわからない」
そもそも、エアカーで不時着したことは今の今まで記憶から消えていた。
「あの父娘は…アイオンと...あの子は...?」
僕が頭を抱えて考え込んでいると、ニアは優しく答えた。
「トレム侯爵とそのお嬢さんのアリシア嬢です」
「あの事故は本当だったの?…夢じゃなかったってこと?」
「はい、そうです。あなたは10歳でエアカーを作り、その試運転でトレム庭園近くの森に不時着しました。そこで出会ったのがトレム侯爵とアリシア嬢です」
ニアは淡々と答える。
「でも、僕はあれは夢だと…催眠療法でいつもそれは夢だと言われてきた」
「そうですね。それはあなたにとって、その出会いは望ましくないものだったからです」
「望ましくない?ちょっと待って。アイオンと娘って...いったい」
僕の疑問に答える前に、ニアはにわかには信じられない話を始めた。
「順を追って話しましょう。今から300年ほど前のことです。あなたは当時治療法が発見されていなかった変異ウィルスによって命を落としました」
「だったら…」
「ミズ・キリシマが、あなたの残した研究により、あなたの体を冷凍保存し、蘇生と不老不死を試みたのです。そしてあなたは、ミズ・キリシマの息子として再びこの世に生を受けたのです。」
僕の研究内容などまるで理解していないような姉が、一体どうやってそんなことを、と思ったが、その答えは僕の目の前にあった。
「ニア、君が手を貸したんだね」
ニアは、じっと僕の目を見た。
「あなたは忘れてしまったのかもしれませんが、あなたは私に自分の死後についてのプログラミングをしていたのです。それは、自分の死後、自らの肉体を献体として研究に使うようにという内容でした」
そういえば、エステルとの別れで自暴自棄になる前に、そんなプログラミングをしたような記憶がある。
「それで僕は300年かけて生まれ変わり、姉さんの息子として今こうして生きているってことなのか」
ニアはうなずく。
「あなたが眠っている300年の間に、人類は不老不死の問題に取り組んできました。そして人類はついにそれをかなえることができるようになったのです。ただし、今度は、別の問題が発生しました」
「別の問題?」
「はい、ある一定の年齢になるとそこで成長が止まってしまうのです」
ニアはそこで言葉を区切った。
「そんなことより、アイオンの娘って、それは、つまり...」
混乱する頭で考えを巡らせる。
「はい、トレム侯爵とエステルさんのお子さんです」
僕は驚きのあまり声を失う。ふたりが結ばれたのはわかる。だが、子どもが生まれていたとは...。
「でも、アイオンの子どもは生き延びることはできなかったはずじゃなかったのか?」
僕がそう言うと、ニアは小さく頷き、言葉を続けた。
「突然変異が起きたのです。生まれたのが女の子であったことで、トレム侯爵と同じ不老不死の遺伝子が受け継がれ、なおかつ、成人を迎える前に成長が止まってしまうようになっていたのです」
僕はあの日、無邪気な笑顔で笑いかけてきた少女を思い起こした。
「エステルは?彼女は一体…」
僕の問いに答える代わりに、ニアは一通のメールを提示した。




