22.フラッシュバック
トーストとスクランブルエッグの匂いが漂ってくる。急激に空腹を覚えた僕は目を覚ました。
「リュウト、目覚めましたか」
声のする方を見ると、ニアが立っていた。
「おはよう、ニア」
僕はそう言うと、なぜかひどい違和感に見舞われた。
「朝食はできてますよ。飲み物は紅茶でいいですか」
僕はじっと自分の手を見た。
「今日の予定を確認しますか?」
ニアは僕の戸惑いなどまるで気にしていないようだった。テーブルにトーストとスクランブルエッグ、紅茶を並べると僕を見つめた。
「今日の予定ですが、10時からアカデミーで授業があります。午後からは研究所の視察と取材が1件...」
ベッドから起き上がり、立ち上がると、僕は何か忘れているような気がした。
その場に立ち尽くし、考え込む僕を見てニアは小首を傾げる。
「どうかされましたか?」
ニアが尋ねる。
時折こういうことがある。昨日までの記憶が何かチグハグなような、まるで違うパズルのピースを無理やりはめ込んだような感覚がするのだ。
「トーストが冷めてしまいますよ」
ニアに促され、僕はトーストを頬張る。
「体調が優れないようならドクターをお呼びしますか?」
子どもの頃高熱を出してからと言うもの僕の記憶は曖昧なままで、ところどころ薄れた記憶や、記憶が途切れたところがあり、定期的にドクターの診察を受け、カウンセリングを受け続けていた。ドクターに会うと、そのときは落ち着いて違和感も薄れるのだが、しばらくするとリアルな夢を見るようになる。そうすると、微妙に記憶のズレを感じるようになり、今みたいに自分の記憶が危ぶまれるのだ。
「ドクターの面談は来週だったっけ?」
僕が聞くとニアはスケジュールを確認し、頷いた。
「じゃあ、予定を早めてもらおうかな。今日の夕方は空いてるだろうか」
僕が言うと、ニアはすぐさまドクターのスケジュール確認をしてくれた。
「ちょうど17時からの枠が空いています。予約を入れますね」
頭にモヤがかかったような気分のまま、僕は朝食を終えるとアカデミーへと出かけた。
授業の合間に、母から連絡があった。
「リュウト、大丈夫?ドクターの診察を早めたと聞いたけど」
母は僕に対してとても過保護だ。以前は特に疑問に思わなかったが、最近そんな保護ぶりが異常に感じられる。
「大丈夫だよ。季節の変わり目で少し疲れているだけだと思う」
少しけだるげに答えると、母はますます心配そうな顔になる。
「このところ、アカデミーの論文や、取材なんかでスケジュールが詰まっていたからだと思う。今日の取材の後は少し時間に余裕ができるから、久しぶりに母さんのところに顔を出すよ」
僕が言うと、母は少しほっとしたような顔をして微笑む。
「わかったわ。あまり無理しないでね」
「ありがとう、姉さん」
僕の口から、ふいに出た言葉に空気が凍り付いた。それと同時に僕の頭の中は母を姉と呼ぶ幼い自分や、悲しみに打ちひしがれ泣いている僕を慰める母?の姿がフラッシュバックしていた。
「ニア!」
母が短く叫ぶように呼ぶと、ニアは慌てる風もなく、自然に僕のそばに来た。首筋にチクッと痛みが走った。
「え…?」
考える間もなく、その場に崩れ落ちるのをニアが受け止めるのを感じながら、僕は意識を失った。




