18.目覚めのとき
「リュウト、起きて。いつまで寝ているの」
聞き覚えのある声が僕を起こす。
「ほら、早く。今日は工場見学に行く日よ。楽しみにしてたでしょう」
そっと髪を撫でる温かくて柔らかな手はいったい誰のものだろう。
僕はそっと目を開けると、声のするほうを見た。
「おはよう。ねぼすけさん。朝ごはんもできてるわ。食べたら支度して出かけるわよ」
声の主を見たが、僕にはそれがだれなのか、わからなかった。
「ええと…その、あなたはいったい…」
僕が尋ねると、その人はさびしそうに笑って、答えた。
「私はメグミよ。あなたは...私の息子よ」
その瞬間、僕の頭の中にいくつもの記憶のかけらが押し寄せてきた。
この世のものとは思えないほど美しい青年。バラ園の中、美しい銀色の長い髪が風に舞い、こちらをじっと見つめている澄んだエメラルドグリーンの瞳。
その人のそばで微笑む金色に輝く髪と淡いブルーの瞳の女性。
そしてその女性が僕を罵る姿。
足元で崩れたバースデーケーキ。
「ニア、AI倫理法第3条に基づいて、あなたを強制終了し、初期化します。永い間、ありがとう」
無機質な声が告げる最期の言葉とともに失われる僕の意識。
「リュウト…待っていて…必ず迎えに行くから…」
そういったのは、今目の前にいるこの人だ。
「え…待って、僕はいったい…」
混乱して頭を抱える僕をメグミは悲しそうに見つめて言った。
「リュウト、もう悪い夢は終わったのよ。あなたは長い長い夢を見ていたのよ」
こみ上げてくる吐き気に思わず口を押えながら体を丸めると、どこからかやってきたドクターが僕に鎮静剤を打つ。
「どうやらまだ記憶が定着していないようです」
ドクターが言うとメグミはため息をついた。そして優しさのこもった目で僕を見つめると、ささやくように、それでいて力強く言った。
「リュウト、安心して。もう何もあなたを苦しめることはないわ。安心して新しい人生を生きるのよ」
「さっきのは夢?」
僕の問いにメグミは頷くと、微笑んだ。
「そうよ。だから安心して。もう誰も、何も、あなたから奪うことはないから」
言いながらメグミはぼくの額に手を当てる。
「お出かけはまた今度にしましょう。工場は逃げたりしないから」
僕の意識はまた遠のいていった。そして、今頭に浮かんだすべての記憶がどこか遠くに消えていくのを感じながら、意識を失った。




