17.運命の時
その後、何度かエステルに連絡をしてみたが、エステルからは返事がなかった。僕はロボットだった自分が、彼女に強制終了されたときのことを思い出していた。どんなに自分が尽くしても報われることがない感情、当時はそれが何なのかすらわからず、ただやりきれない思いを抱えていた。僕はあの時すでに、エステルに特別な感情を抱いていたのだ。生まれ変わったことで、今度こそその思いは報われると思っていたが、それは僕の独りよがりに過ぎなかった。そもそも最初から僕の入る隙間など存在しなかったのだ。全ては「アイオンのため」であり、僕の存在は、そのための駒のひとつにすぎなかったのだ。
今までの人生を振り返ると、全て僕は「エステルのために」生きてきた。自分のやりたいことなど考えもせず、エステルとアイオンの未来のために自分のできることを必死でやってきた。そしてそれが僕の生きる意味だった。
エステルに消されたデータを復旧させるのは実はそれほど難しくはなかった。僕の研究のすべては、姉の会社の研究所に秘密裏に共有されている。姉の会社は今では不老不死に対するアプローチをしており、残された実験と治験は姉の協力を得ることで同意していた。もちろん、その後一般に販売するのであれば、それは姉の財産として申請するつもりだ。
エステルを失い、生きる希望を見いだせなくなった僕は、何もかもが嫌になってしまった。研究はもう姉の研究所に後を任せ、一日中ぼんやりと何をするでもなく、酒におぼれる日々を送っていた。
「リュウト、つらいのはわかるけど、このままじゃよくないわ」
姉は僕のもとを訪れては心配してくれるが、僕は自分でもどうすることもできなかった。
「姉さん、僕はもう、生きる意味がないんだ。僕の人生からエステルがいなくなった今、これからどうすればいいのかわからないんだ」
僕を見つめる姉の目が曇っていく。
「エステルは最初から僕のことなんて一人の人間としては必要なかったんだ。彼女が欲しかったのは、僕の研究だけ。僕は使い捨てのロボットと同じだったんだ」
僕の目から涙がとめどなく流れ落ちる。姉はそんな僕のそばにそっと寄り添って、背中を撫でてくれる。
「リュウト…」
僕はワッと泣き崩れ、姉はそんな僕の背中をいつまでもそっと撫でていた。
それからも姉は定期的に僕のもとを訪れては、身の回りの世話をしてくれた。家事ならロボットに任せればいいというのに、自分がそうしたいからと言って聞かなかった。会社は部下に任せてあるから、重要な決定の際だけ自分がいればいいのだ、と言って、僕のそばにいてくれた。そんな姉の優しさが僕には何よりも嬉しかった。やっと、光が見えてきたような気がした。
しかし、そんな矢先、僕はついに運命の時を迎えた。
そう、あの恐ろしい変異ウィルスの登場だった。自暴自棄になっていた僕はその存在をうっかり忘れていた。気づいたときには世界中がパンデミックを起こし、対策は後手後手に回っていた。
そして僕はあっけなく感染し、一気に症状が悪化した。
ああ、もうここまでか、やはり運命には逆らえないのだな。
そう観念し、死を覚悟した。
もう一度、最期にもう一度だけ、エステルに会いたかった。会って、全てを話し、許しを乞いたかった。僕はただ、君の幸せを願っただけなのだと。
遠のいていく意識の片隅で、姉の声が聞こえたような気がした。
「リュウト…待っていて…必ず迎えに行くから…」
そうして僕は冷たく暗い空間に飲み込まれていく。どこか懐かしいような感覚に包まれながら、意識が途切れていった。




