15.最期のプレゼント
その日以来、エステルはますます僕と距離を置くようになっていた。僕は自分が思っていた以上に彼女を愛していることに気づかされ、打ちのめされていた。僕のこの想いは、人間になったからと言って、叶えられることはなかった。彼女にとっては僕はロボットと大差ない存在なのを思い知らされた。エステル自身は気づいていないが、彼女はアイオンを愛しているのだ。
ロボットだった僕が強制終了される瞬間、心の中に浮かんだのは、
「自分が人間だったらよかったのに」
ということだった。
AIは常に最適解を探して、それに基づいて判断し行動する。それだからこそ、人間と違って迷わず目的に向かった判断を瞬時に下せるのだ。そんな中、人間と同じように、感情を持ってしまったら、もうそれはAIとしての役割を果たすことはできない。それだからこそ、僕は処分されてしまったのだ。
ニアだったころ、僕は常にエステルのための最適解を探し、望み通りの結果を導くために行動してきたはずなのに、観察対象だったエレンの変化に興味を引かれたことが全ての始まりだった。人口羊水の中に浮かんで美しく成長していくエレンは、エステルと生き写しで、そのことが僕の判断を狂わせた。
「私の存在意義はなに?」
エステルがいない研究室で、エレンが尋ねる。
「私がここから出たら私は幸せになれるの?」
切実な瞳で語りかけられ、僕は動揺した。これは危険な兆候なのではないかと。あの時の僕は、感情というものがよく分からなかったから、エレンの想定外の言動に危険信号を感じ取っただけだった。ただ、エステルによく似たエレンの悲しげな瞳は、僕の判断を狂わせるのに十分だった。
今にして思えば、僕はエレンとエステルとを混同し始めていたのだろう。守らなければならない存在が、重複しているような錯覚に陥ってしまった。エステルの指示も、エレンの懇願も、僕には等しい命令に感じられてしまったのだ。
エステルがエレンを生み出す前に、僕はエステルの体を不老不死にしようと思った。
最期は暴走してしまったエレンだったが、彼女の中に芽生えた人としての感情を考えれば、同情を禁じ得ない部分もある。もう二度とあんな悲劇は繰り返してはならない。エレンがいようといまいと、トレム庭園は変わらず時を刻んでいく。その中心にはアイオンが永遠に変わらぬ姿で存在するのだ。
僕は本当は、アイオンの命を終わらせることを考えていた。彼から採取した細胞から、不老不死の秘密を探り当てていたからだ。細胞に起きている変異を壊してしまえば、おそらく彼も命を落とすことができる。
けれど、エステルの思いを知った今となっては、僕にはできない。アイオンを失ってもエステルを僕のもとに縛り付けることは不可能だ。ならば、僕にできるのは、せめてエステルが幸せに暮らしていけるよう、彼女がアイオンと同じように永遠の命を手に入れることができるようにすることだ。
どうせ僕は、このまま死んでしまうのだから、残された時間で彼女をアイオンのもとへ送り出すことが、僕にできる精いっぱいの愛情表現だと思った。




