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14.亀裂

 その日を境に、僕はエステルのすきを窺ってはアイオンのもとを訪ねた。アイオンの血液や細胞を採取して、不老不死の謎を解こうとした。そんなことはもうとっくにソフィアもエステルも調べているのはわかっていたが、僕の知識や研究と照らし合わせてもう一度調べなおしたかったからだ。

 僕がニアだったころは、エステルにアイオンを紹介してもらってから研究を始めていたが、今回はエステルを介さず、直接アイオンと接触した。それは僕がこの先、長く生きることができるか分からなかったからだ。もし以前と同じ運命をたどるなら、僕はあと数年で変異ウィルスに感染し、この世を去ることになってしまう。些細なことでエステルと言い争うなんて無駄な時間は作りたくなかった。僕がこの世を去るのなら、その前に、僕はエステルに永遠の命をプレゼントしたいと思った。


「やあ、ニア。調子はどうだい」

 いつものようにエステルの研究室に着くと、僕はニアに声をかけた。ニアはいつも通り、

「キリシマ博士、順調です」

 と答える。部屋の奥に目をやると、エステルは机に突っ伏して眠っていた。

「エステル、こんなところで寝たら風邪をひくよ」

 そっと髪を撫でながら、声をかけると、エステルは寝ぼけて寝言を言った。

「ん…アイオン…」

 僕はその瞬間、心臓をえぐられたように、胸が痛んだ。そうだ。最初から、エステルの中には僕という存在などなかったのだ。こんなにも憎くて、こんなにも愛しく思っている僕のことなど、ただの研究のための手段のひとつでしかないのだ。せっかく人間に生まれ変わっても、彼女にとって僕の存在は、AIロボットのニアと何ら変わらないのだろう。ロボットのほうがマシだったかもしれない。

 なぜなら、それは機械だから。

 人間ではないから。

 感情を持ち合わせていないから。

 本当に傷つくことなどないのだから。

「んん…あ、リュウ…私寝ちゃってたのね。いつからそこに?」

 目覚めたエステルが驚いた顔をして僕を見る。

「ついさっきだよ。こんなところで寝たら風邪をひいてしまうよ。少し仮眠をとったらどう?」

 僕は何事もなかったような顔で、微笑むと言った。それはまるで、僕自身が人間ではなく、ロボットになってしまったかのようだった。

「ありがとう。そうするわ。せっかく来てくれたのに、ごめんなさい」

 先日の一件以来、エステルは僕を気遣うそぶりを見せるようになった。素直に受け取ればよいのかもしれないが、僕には隠し事をするために、ご機嫌を窺っているように感じられて、そんなエステルを見るとますますイライラするようになっていた。僕の中で残酷な気持ちが芽生えた。

「さっき、寝言を言っていたよ」

「え?」

「アイオン、て誰?」

 エステルの顔がみるみる青ざめる。

 知っている。エステルとアイオンの間には、男女間の関係など一切ないことも。今は純然たる友人としての関係であることも。だから、そんなに動揺する必要はないじゃないか。

「え、と。昔おばあさまに聞いた物語に出てきた妖精の名前だったかしら…やだわ、寝ぼけてたのね」

 ここまで来ても、エステルは僕に本当のことを話す気がないのだ。僕は失望した。

「ふーん、昔話の妖精か」

 僕は何気ない風を装って、激しく動揺しているエステルの肩を抱いた。

「随分震えてるじゃないか。暖かくして、今日は休んだらどう?」

「え…ええ、そうするわ。ありがとう、リュウ」

 エステルは素直に僕の言葉に従うと、研究室の奥にある寝室へ行き、ベッドに横たわった。

「寒くない?眠るまでそばにいようか」

 そっとベッドに腰掛け、エステルを見つめると、彼女は怯えているように見えた。

「大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから」

 僕はそっとエステルの布団の中に潜り込み、後ろから抱きしめた。

「リュウ!やめて!」

 エステルは起き上がると、僕を押しのけた。呆然とする僕を見て、エステルは慌てて言った。

「ご、ごめんなさい。本当に、疲れていて…一人でゆっくり寝させて」

 僕はため息をひとつ吐いて、ベッドを離れた。

「おやすみ、エステル」

 寝室のドアを閉めて、僕は声を殺して泣いた。


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