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13.裏切り

「やあ、ニア。調子はどうだい」

 エステルの研究室に行くと、僕はいつもニアに声をかける。それは秘密の暗号だ。エステルの行動や、研究状況を集計してまとめるためのプロンプトだった。そうすることで僕専用のデバイスに秘密裏にデータが送られるのだ。

 付き合い始めて半年たったころ、僕はニアを彼女の助手としてセッティングを整え、プレゼントした。その際に、彼女には内緒で、エステルの研究データを僕と共有するようにプログラミングし、行動についても監視するようにしておいた。だから彼女が研究で手が離せないと言って、アイオンを訪ねていることも知っていた。

「エステル、少しは休んだらどうだい?たまには旅行に行かないか?」

 デスクに向かって黙々とモニタ画面とにらめっこしているエステルを後ろから抱きすくめると、耳元で尋ねた。

「大丈夫よ、適度に休憩もしているし、今週はプロジェクトの報告会もあるから資料をまとめなくちゃならないの」

 振り向きもせず、答えるエステルの絹のように輝く金色の髪に口づけながら僕は、胸の奥にしまい込んだ不満が首をもたげるのを感じた。

「報告会が終わったら少し休暇を取らないか?あまり根を詰めるといいアイディアも浮かばないよ」

 そっとエステルの首筋に顔をうずめながら言うと、エステルはいきなりチェアを回転させ、僕の腕から逃れるように体勢を変え、にこりともせずに答えた。

「リュウ、申し訳ないけど、そんな暇はないの。1日も早く研究を進めたいの」

 抑えていた感情が、その一言で我慢できなくなった。

「確かに、国家プロジェクトの一員として研究をしている君と、ただの民間の企業で研究をしている僕とではその役割は比べ物にならないだろうね」

「リュウ、違うの、そういう意味で言ったんじゃ…」

 エステルは慌てて僕に言った。僕の怒りは収まらなかったが、深呼吸をすると笑顔を作ってエステルに向きなおり言った。

「いや、いいんだ。研究の邪魔をして悪かったよ。報告会、頑張ってくれ。僕はしばらくここには来ないから、安心して準備を進めるといいよ」

 エステルの額にキスをして、僕は研究室を後にした。


 自分の研究所に着くと、僕はニアから送られてきたデータの確認をした。予想通り、今週エステルはトレム庭園を訪れていた。この数週間の研究データは目新しいものはなく、エステルが内心焦っているのも無理はないように思えた。現状、彼女の研究目的は、自身の不老不死を叶えることにあった。細胞は若ければ若いほどその研究成果は得やすいだろう。現在では一般的になってきたアンチエイジング処置を受けて老化スピードを落としていたエステルだったが、そのことで自身の細胞が加工されてしまった。それにより、本来の不老不死を叶えることが難しくなっているのだ。もうしばらくしたら、彼女は自分自身を永遠に生かすことを諦め、自分の遺伝子を使って、あの化け物を生み出すことになるだろう。

 僕は、エステルには内緒で、こっそりトレム庭園に向かった。


「覚えていますか?」

 果たしてアイオンは、50年前と変わらず、僕を迎えた。

「覚えています。まさか、あなたは、私と同じなのですか…?」

 50年前と変わらないのは僕も同じだった。アイオンが疑問に思うのも不思議ではなかった。

「いえ、私は未来から過去へ行き、時を止めて再びやってきたのです」

 アイオンは僕の言葉を理解しきれない困惑の表情を浮かべたままだったが、静かに僕を招き入れた。

「50年前の約束を覚えていますか?」

 僕が言うと、アイオンは表情を曇らせた。

「僕にはあなたの願いを叶えることができると思います。気持ちは変わっていないですか?」

 アイオンは答えなかった。

「僕には大切な人がいます。その人はあなたのことをとても大切に思っている。だから僕があなたの願いを叶えることはその人を裏切ることになります」

「大切な人…?」

 アイオンは目を見開いて僕を見つめた。

「もしも、50年前の約束を叶えても良いと言うのなら、僕に協力してください」

「私は…」

 アイオンは苦しそうな表情でうつむいた。

「僕に、彼女を返してほしいんだ。頼む!」

 僕はアイオンの両腕をつかんで、叫んでいた。そして、知らぬ間に涙を流していた。僕はエステルが思うよりも、そして、自分自身が思うよりも、エステルのことを愛していた。

「君は亡霊に過ぎないんだ!頼むから、僕にエステルを返してほしいんだ!」

 アイオンはそれでも答えなかった。しばらく駄々をこねる子供のように泣き続けて、僕は観念した。

「わかりました…50年前の約束はなかったことにしましょう…それならば、僕は彼女の願いを叶えましょう」

 アイオンは悲しげな表情のままそっとうつむくと言った。

「すまない」


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