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12.再会

 僕は覚醒後も相変わらず研究に明け暮れていた。本来の研究であった再生医療について、50年で進歩した技術もあり、学ぶべきことは山ほどあった。僕が眠りにつく前に大方予想していた通りの進歩だったので、それほど苦労はしなかったが、自分のものとして取り入れ、論文を書き上げなければならない。

 そうこうするうちに、僕のもとに、待っていた便りが届けられた。

「はじめまして。私はエステル・ド・フォークナーと言います。国家プロジェクトとして、不老不死の研究をしております。あなたの研究論文『再生医療から見た不老不死の可能性について』を拝読し、自身の研究と重なる部分があり、大変興味を持ちました。ぜひ一度お話しする機会を頂けたらと思い、不躾ではありますが、連絡をさせていただきました。御多忙中とは思いますが、ご検討いただけると幸いです」

 待ち望んでいた便りだった。僕はすぐにスケジュールを確認すると、1週間後の予定を空けエステルに連絡をした。

 1週間、僕はそわそわと落ち着かなかった。以前の僕はエステルの助手として、エステルの研究を手伝うためにプログラミングされていた。彼女の生活を管理して、彼女が研究に没頭できるよう環境を整えることも含まれていた。リュウ・キリシマとの関係についても彼女の研究の妨げになるのなら排除することも視野に入れていたほどだった。だが、今度は、ニアには僕の分身として働いてもらわねばならない。エステルの研究を手伝うように見せかけて、僕の計画を秘密裏に実行していくための助手になってもらうのだ。少し罪悪感めいたものも感じたが、僕はそっと蓋をした。


 そして、ついに約束の日が来た。待ち合わせ場所に現れたエステルは、記憶のままに美しく、僕は心が震えるのを感じた。きっと、これが「愛」という感情なのだろう。どこか絵空事で聞いてきた、アイオンとエレンの物語だったが、その瞬間、僕はエレンに再会したアイオンの気持ちがわかるような気がした。

「はじめまして。ご連絡いただきまして、ありがとうございます」

 内心の緊張を隠しながら僕が言うと、エステルも緊張した面持ちでぎこちなく微笑みながら挨拶をした。

「こちらこそ、突然お会いしたいと申しましたのに、快くこうしてお時間を作ってくださって、ありがとうございます」

 金色に輝く髪、淡いブルーの瞳…こうしてみると、エレンにそっくりだった。僕が見とれていると、エステルはおずおずと論文についての感想を述べ始めた。

「博士の論文を読ませていただいて、私の今研究しているプロジェクトとかなり重なる部分があり、とても興味をひかれたのです」

 知的好奇心の影に、野心を秘めた瞳の輝きも含め、改めて見るエステルは美しかった。

「もしよかったら、僕の研究を手伝ってくれませんか?」

 僕はその日、やっとリュウ・キリシマがエステルの人生に関わっていく第一歩を踏み出した。それは本当の意味で、僕自身が人間として生まれなおした瞬間でもあったのかもしれない。

 それからの日々は僕の人生の中で一番幸せな時だったと思う。エステルは疑うことを知らず、僕の研究に関わることでアイオンを救う未来を信じていた。僕はそんなエステルを見ているだけで幸せだったし、本当ならそれを応援するべきなのかもしれないとも思った。けれど、僕にはそんなエステルを憎む気持ちも残っていた。エステルのためにすべてを捧げた僕、ニアを何のためらいもなく強制終了したエステルを、心のどこかで許せずにいた。人間として生まれ変わった今ならわかる。あの時、エステルに感じていた感情は、エステルを愛しているという感情だったのだ。一方的な想いであったとしても、彼女を思う気持ちは本当だったのに、彼女は僕をただのAIロボットとして、エラーを起こした機械として葬り去った。僕が人間に生まれ変わって、エステルを思い出したときに流した涙は、まぎれもなく悲しみと悔しさだったのだ。

 対等な存在として、僕の気持ちを受け入れてほしかった。ただそれだけだったのだ。


 そうしてエステルと再会して、数年が過ぎていた。彼女はやはり、アイオンについて隠していた。どうしてそんなに不老不死にこだわるのか尋ねても、祖母の研究を完成させたいのだと言った。定期的に通っていると思われる、祖母から譲り受けた研究所についても、僕はなかなか訪れることを許してもらえなかった。どんなに心を開いているように見えても、こと、アイオンのことについては口が堅かった。それもまた僕の中の黒い気持ちを大きくさせた。

 僕はエステルにプロポーズをした。研究者としても、一人の女性としても尊敬していたし、彼女と一生を共にしたいと強く感じ始めていた。彼女はごく自然にプロポーズを受け入れてくれたが、彼女が僕に対して抱いている感情は、僕が彼女に抱いているような愛情とは違うものだった。彼女は僕を異性としては全く意識していなかった。彼女は僕を同じ研究をする理解者としての同志としてパートナーになったに過ぎなかった。


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