10.不安と希望
研究所に戻ると、僕はさっそくこれからの計画を最終チェックしていた。現段階で、僕の研究はほぼ完成していたので、ここから先は他の研究員やニアたちに任せても何ら問題はないだろう。
「姉さん、僕は今から50年、コールドスリープに入る」
他ならぬ姉には伝えておかなければならないと、僕は姉に計画を打ち明けた。
「え?だって、それはまだ完成していないんじゃなかったの?」
僕は姉にもコールドスリープについての進捗状況は話してこなかった。実用化にはまだまだ問題があるし、普及させるには莫大な資金が必要だったのもあるが、現状、この技術は誰にも渡したくなかったからだ。
「理論上、可能ではあるところまでは来ているんだ。だけど、実際に長期間実施して人体にどのような影響があるか、また、きちんと蘇生できるかという面については、実証できていない」
嘘ではなかった。今まで秘密裏に実験して来たが、当初姉の思い描いていたコールドスリープのように長期間ー50年以上ーのものは実現していない。
「まさか、あなた自身が実験台になるっていうの?」
姉の目は怯えていたが、半分好奇心が覗いていた。
「うん。50年、不凍液の中で過ごしてくる」
「でも、その間、今やってる研究はもちろん、あなたのその…管理はどうするの?」
「心配いらないよ。研究に関しては今いる研究員たちに引き継ぐ。僕の生命維持管理については、ニアにプログラミングしていく。目覚めさせるタイミングもニアにセッティングしていくから心配はいらない」
姉は不安そうな表情で僕を見つめた。
「ただし、対外的には僕は死んだことにしてもらえないだろうか。万が一、僕が眠っている装置が発見されても、それは研究のために僕が献体したと言うことにしておいてほしい。だからこれからのことは姉さんとニア以外は知らせないでほしい」
「私やニアに万が一のことがあったら?」
姉の表情はどんどん硬くなっていく。
「姉さんの健康管理についてもニアに頼んでおくから、定期的にニアに検査してもらって問題があるなら組織や器官の交換をしてよ。ニアについては理論上、50年間故障することはないようメンテナンスしておくし、自分で故障個所があれば対処できるようになっているから心配ないよ」
姉を安心させようと言葉を連ねれば連ねるほど、僕自身が内心不安になっていく。
「一か八かだ。もし、50年の間に、何らかの異常事態が起きたとしたら、その時はその時で、姉さんに判断を任せるよ」
できるだけ明るく笑顔を作りながら言うと、姉はほんの少し微笑みながら言った。
「責任重大ね」
「そうさ。だから姉さんはそれまで健康で長生きしてもらわないと困るんだ」
僕がおどけた調子でウィンクをしながら言うと、姉は意を決したように、真顔になり、僕を見据えた。
「わかった。研究のほうは私はさっぱりだから、きちんと引き継げるようにしておいてね」
「わかった」
「50年後か…実年齢なら私はおばあちゃんだわ。あなたは今と変わらない姿でいるってことよね?」
「そうだね。僕は今のままの姿で目覚めることになる」
姉は口をとがらせ、鼻にしわを寄せながら言った。
「そんなの悔しいから、私も今と変わらない姿であなたを迎えるわ」
僕は思わず笑った。姉もつられて笑った。
「50年後、無事会えることを祈ってるわ」
そう言って姉は僕を抱きしめた。僕も姉を抱きしめながら、待ち受ける未来への不安と希望で胸がいっぱいになっていた。




