1.目覚め
何だろう。この不快な感じは。
全身が熱く、思うように動けない。動かそうとすると、関節がきしんで衝撃が走り、静止せざるを得ない。どの回路が故障しているのだろう。自分の手を見てぎょっとした。
これは、人間そのものではないか。人口の皮膚ではなく、人間の皮膚。
おかしい。目のピントを合わせようとして、それが頭部から発せられる電気信号で伝えられる命令でごく自然に行われることに気づいた。
「よかった。気が付きましたか?」
体を動かすことができないので、目だけ動かして周囲を見る。清潔なシーツ、薬品の匂い、体につながれたコードやチューブ…どうやらここは病院らしい。
起き上がろうとするが、衝撃で思わず声が漏れる。
「駄目よ、まだ動かないで。ひどい怪我をしているんだから、安静にしていないと」
声の主を見ると、看護師のようだ。
「ここは、どこですか?」
声を出してみると、奇妙なことに合成音声ではなかった。若い男の声だ。分析しようとしたが、体内にチップもないようだった。
「ここは病院よ。あなたは事故で全身に大けがを負って1週間意識を失っていたのよ」
「病院…?ドッグではなくて?」
病院は人間が行くところだ。なぜ、自分がいるのだろう。これじゃまるで人間じゃないか。看護師は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに微笑んで言った。
「ちょうどご家族が来る頃だわ。気が付いたのを知ったら喜ばれるでしょうね」
混乱する頭で考える。記憶を呼びだそうとして見たが、思い出せない。最後の記憶は、AI倫理に違反したとキリシマ博士から通告を受け、回路のスイッチを切られるところだった。
まさか、生まれ変わったのだろうか。それも人間に。
「今日は何年の何月何日ですか?」
「20××年6月8日よ」
それは自分が生活していた時代から遠い昔だった。
一体どういうことなのだろう。何がどうしてこうなったのかはわからないが、AIロボットとして強制終了をされたあと、過去の人間として生まれ変わったようだ。ロボットだったころは性別はなかったのだが、今の状態から見るに、男性のようだった。
混乱しながらも、現在持っている情報をつなぎ合わせて推測していると、部屋のドアがノックされた。
「リュウト!気が付いたのね!」
部屋に入ってきたのは中年の女性だった。
「お母様、ちょうどいま意識が戻ったところです。でもまだ意識が回復したばかりですし、怪我の状態もありますので、しばらくは安静にしていただくようにお願いします。いま先生を呼んできますので」
この世界では、怪我をしたらその部分を取り替えればいいのではないのか。少なくとも、自分がロボットとして生きていた頃はそうだった。人間は体中のありとあらゆる器官を、ダメになったら取り替えるという方法でほぼ永遠に生きられるようになっていた。自然治癒に頼る時代とは。なんでよりによってこんなことになってしまったのか。
「良かったわ。ひどい怪我で、もう目を覚まさないかと思ったら心配で心配で」
目の前の母親らしき女性が言う。
「どうしてこんなことに?」
僕が尋ねると、母は取り乱し始めた。
「リュウト!あなたまさか記憶が...」
そうしてワッと泣き崩れた。看護師に呼ばれて来た医師が、憐れむような眼差しで僕たちを見つめると言った。
「キリシマさん、落ち着いてください。まだ目覚めたばかりですし、事故の後遺症で一時的に記憶が戻っていないのかもしれません」
事故による記憶喪失。そんなことよりも、僕は自分の手首に巻かれたタグに記された名前を見て驚いた。
キリシマリュウト。それが僕の名前だった。