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里の風 2

 明石藩に大高睦が赴任して一月が過ぎようとしていた、唐馬と健吾も小姓として上役の補佐に当たる毎日だが、至ってヒマであり彼らが想像していた通りの楽なお勤めであった。 だが、唐馬は先日の大高との件がこのまま済まされるとは思っておらず、いつでも腹を切る覚悟だけは持ち続けていた。

 大高は明石藩の公儀目付け役と言う位置づけで、従者は最初諏訪から派遣された十数名であったが、最近は元の家臣だった者が各地から集まり、勿論明石藩士ではないがその勢力は数十名となっていた。この中には本多佐渡(佐渡役人の経歴から大高がそう呼んでいた)、岩下十朗も加わっていたのである。

 そしてもう一人、倉吉重蔵とはどの様な役割なのか。

 ある日、唐馬の上役から大高が呼んでいると告げられた。唐馬はいよいよかと肝を据えた。大高は本丸とは別の隅櫓に部屋を構え、従者十数名とそこにいた。 唐馬が部屋まで案内され、声をかけた。

「片桐唐馬にございます」

「おお、入れ」

 大高の部屋は広く四十畳ほどあった、藩主でもないのに上段の間があり、刀掛けには大小が掛けられていた、唐馬は城内なので脇差のみである。

 大高は鋭い目で唐馬を見ていたが、急に笑顔になった。

「片桐唐馬と申すのか中々よい名じゃ、ささもっと近うに」

「……」

「いやいや、そう固うならずとも良い、先日の件はわしが悪いのじゃ」

 固まる唐馬に、大高の方が近寄って来た。

「お主の度胸に甚だ感服してのう、聞くと腕前も藩随一と言うではないか」

「……」

「どうじゃ、わしに力を貸してはくれぬか、むろん藩を裏切るような事ではない、お主が考えて無理なコトはせずとも良いのじゃ、難しいことではないぞ、お主の思うようにやれて、その後ろ盾にわしがなろうと言うのじゃ」

「あなたに後ろ盾にはなって欲しくない」

「な、なに…… 藩で生きて行くには後ろ盾がある方が楽であるぞ?」

「私は殿のために尽くしており、二心は持ち合わせませぬ」

「むろん殿のためじゃ、殿のためじゃ…… よい、まあ良く考えておけ!」

 唐馬は大高のような者が大嫌いだった、ハッキリと断った方が良かったかと思いながら部屋を出た、櫓の外では物陰から一人の侍が出て来て唐馬の前を塞いだ。

「倉吉重蔵と申す、どこかで会ったかな?」

 唐馬がいぶかしげに見るが、記憶にない。

「失礼だが会った覚えはない」

「いや、確かに会っている」

 唐馬は腹立たしくなり脇を抜けようとした時、ハッと思い出した。

「お、お前は! どうしてここにいる!」

「ハハハ、思い出したか、ヤツは手厚く葬ってやれたか」

「なにを小癪な…… あっ! 大高の策略か!」

「ちがう、大高は何も知らん、ヤツはここで身を亡ぼす定めじゃ」

「大高はどちらでもいい、お前だけは許さん! どこで勝負じゃ」

「健気じゃのう、弟子が師匠の敵討ちか、だが大義は? 私闘は許されんぞ」

「何とでも言え、今宵五つ(20時)あの場所で待つ!」

「バカを申すな!わしは行かぬ、立ち会う理由がない」

「来ずば師範代、水奉行の下手人と訴える」

「訴えて誰が信じる? あの夜はお主以外誰にも会っておらぬ、ましてわしは大高の従者じゃ、お主のバカぶりは変わらんのう」

「……ならばここで勝負!」

 唐馬が腰に手をやったが脇差しか無い、一方倉吉は大小二本揃えていた。

 その時本丸側からガヤガヤと大高の従者が帰って来たので、唐馬が手を収める、皆は大高が呼んでいると倉吉を連れて行ってしまった。


 いなみ野の里に寒い北風が吹きだした、小坂村庄屋の息子慎之介と京香の祝言は、里が落ち着くまでと、期限を定めずに延期されたのである。

 田んぼに作られた稲を干すための稲木もとうに片付けられ、殺風景になった里を親子二人が眺めていた。

「覚えておるか慎之介、子供の頃武士になりたいと言っていたのう」

「はい、元服までは真剣にそう思っておりました」

「司馬家も元は武士であったのじゃ、お前はご先祖様の血が濃いのかのう」

「小さい頃から爺さまに勇ましい話で育てられましたゆえ」

「そうじゃの、爺さまは勇ましい方じゃった、わしは学問に逃げたがのう……」

「その学問のおかげで、この高地でも稲作が出来るようになったのでしょう」

「そうじゃな、ただ今の世では学問だけでは平和が維持出来ないのも事実じゃ」

「大高ですか?」

「ふむ、厄介じゃのう、殿に排除できる力があれば良いが……お前が武士になって殿を守ると言ったとき、百姓は誰が守ると答えた、わしは百姓を守っているつもりでいたが、いざとなった時の力の無さよ……」

 北風がいっそう強く吹いた、乾いたワラ屑が勢いよく宙に舞い上げられたが、ワラはフワフワと舞いながら田んぼに落ちてくるのである。

「見よ、自然はどんなに荒れようとも、元あった場所にみんなを返してくれる、それに比べて人間の愚かなコトよ」

「……」

「大高がの、ため池をもっと作り耕作地を広げよと言ってきた……」

「そ、そんな無茶な、何も分かってないのですね」

「藩主の器では無い者じゃ、分かるハズがない」

「殿さまはどうなされたのです」

「大高と言うヤツ、二言目には上様、上様と言われれば殿も逆らう訳に行かぬ、元々が明石藩改易を狙った中での、ヤツの派遣やも知れんからのう」

「それでは大高の言うまま……?」

 風に混じって冷たい雨が頬に当たった。

「慎之介、大和の国、初瀬に長谷寺という観音信仰の寺がある、そこに行け」

「??」

 慎之介は唐突にそう言われても返事のしようがなかった。

「このような所にお前を縛るわけにはいかん……考えた末のことじゃ、わしの話を聞いてお前が決めるがよい」

 話は三日かかった、慎之介の疑問にも答え、及ばぬところは又二人で考えたのである、その結果慎之介は強い意志で初瀬行を決断した。


 片桐唐馬が大高睦を訪ねていた、倉吉重蔵との真剣勝負の許しを請うためだ、大高は理由を聞き唐馬に同情してこれを許した。 ただその勝負は公のものでは無くあくまで私闘とし、斬り捨ての責任を取らせないとの約束だった。

 唐馬は倉吉を討ち、師範代の恨みを晴らしたい一心だった。

「ところで片桐、先日の件、わしの後ろ盾はどう思うておる」

「……その件は……、どうぞお許しを」

「まあ良い、明日夜五つ西光寺でよいのじゃな。ヤツは行かせる、安ずるな」

「はは、ありがたき幸せ」

「だが、お主が勝つとは限らんぞ?」

「ヤツを目標に剣を磨いてきたものにございます、きっと念願は果たしまする」

「よし、良く言った。段取りは任せておけ」

 その夜唐馬は友人の健吾と酒屋で飲んだ、明日は早朝からの登城で一日延ばせと言う健吾を無理やり誘ったのである。 健吾は何か特別の話でもあるのかなと応じたのだが、さして特別な話でもない、のらりくらりの昔話である。

「健吾、慎之介もいると良かったのう」

「何を言うておる、おれに話があるのではないのか」

「おおう、話したいことはいっぱいあるぞ」

「なら早くそれを言え」

「近頃は三人で遊んだ頃のことばかり想い出してのう」

「唐馬、もう酔っているのか、おれは帰るぞ」

「ああ悪かったな、でも悪く思うな、おれはお前に感謝している……」

「感謝? 明日ならゆっくり話も聞ける、おれの話もあるから明晩又会おう!」

 健吾は少し腹立たしく素っ気ない返事で席を立った。

 次の日健吾は、昨夜唐馬の様子がおかしかった事に気を取られ、仕事が手に付かなかった、考えれば考えるほど普通ではなかった、何かある。 唐馬のソレをおれは受け止めてやれなかったのでは……? そう思うといたたまれなくなり下城後すぐに唐馬の宿所を訪ねた。

 唐馬は非番の日だったが宿所にはいなかった、時間があれば道場で竹刀を振ると聞いていたので道場へも行く、やはりいない。 誰に聞いても行方は分からなかった、夜になり酒屋で待つが昨夜の時間になっても来なかった、再び宿所を訪ねるが、やはりいなかった。

 唐馬は西光寺裏の竹藪の前にいた、約束の五つにはまだ早いが、そに佇み自分を可愛がってくれた西島師範代を偲ぶのだった。

 やがて、五つの鐘が鳴った、ヤツはまだ現れないがあの時も先生のほかは気配も分からず、闇からスーっと現れたのである。全神経を辺りに巡らした。

(来たか……、いや二人、三人……もっといる)

 唐馬は愕然とした、大高に謀られたのである、ヤツを信じた自分が悪いのか?四方を囲まれて、もはや逃げるのは不可能であった。

(こうなれば一人でも多く斬る、事が大きくなれば大高もタダではおられまい)と思った。 身を低くして竹藪に身を隠そうと急いだが、竹藪の正面に弓を構えた者がいた。


 健吾が宿所の世話人に頼み唐馬の部屋を確認すると、きちんと整頓された机の上に三通の書簡があった。親と慎之介、健吾に宛てたモノであった。

 あわてて健吾が封を切ると、西島師範代の敵を討つこと、叶わぬ時は遺体をいなみ野に埋めてくれと記してあった。 時が経つに連れ不安がよぎってはいたが、それ以上に驚いた、一瞬考えた後、周りにいた数名に一緒に来てくれと頼み西光寺に急いだ。

 健吾と仲間がそこに着いた時、ピュッ!と弓が放たれる音がした。

「唐馬ー!」「唐馬ー!!」

 皆が叫んだが唐馬の返事はなかった、弓音の方に走れば竹藪の中や土塀の方から複数の者が立ち去る様子が伺えた。 仲間の一人が唐馬を見つけた。

「おーい、いたぞー!」

 健吾が駆けつけた、見ると外傷は無さそうだ、大丈夫だと思い、うつ伏せに倒れている唐馬を抱き起した。

「唐馬! しっかりせい!」

「け、けんご……おまえは…… ひとあしおそい」

 少し微笑み、ゴボっと血を吐いた、胸に刺さった矢を自分で引き抜いていたのである、健吾は驚いた、胸の中心を射抜かれており、助からないかもと思った。

「誰にやられた!」

「いなみの、に……う、め、て、く、れ」

「分かったもう喋るな、絶対助ける!」

「さ、さとの…か、ぜ、に…ふ、か、れ、た、い」

 言い終わると今まで突っ張っていた全身の力が抜けた。

(想像して欲しい、血を分けたほどの親友が腕の中で死んでゆくのである)

「唐馬ーー! だれか助けてくれー!!」


 いなみ野の里山に小高くなった丘がある、昔皆が遊んだ場所だ、その一角に昔の仲間で唐馬を埋めた、京香もすっかり大きくなったカナも来ていた。

「唐馬は一人で背負ったのだな、健吾に何も話さなかったのは、お前を巻き込まないためだ、祝言の時もお前を巻き込まなくて良かったと話していたぞ」

 慎之介が健吾を慰めるように言った。

「でも、おれたち何時も一緒だと言ったのは口先だけのことだったのか」

「ずーっと一緒だよ、里にこの風が吹く限りおれたちはずーっと一緒なんだ」

「……そうか、唐馬も最後に言ったのはこの風にいつも吹かれていたいと……」

 その後皆に言葉はなかった、優しい風にふかれながら思い出す色々な出来事は、昨日のコトのように鮮明によみがえるのである。

 もう花のない季節であったが、どこで摘んできたのか美しい花の輪を、カナが唐馬の墓にそーっと飾った。





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