第六話 さらに奥へ…
暗い遺跡の中を、気配に気を配り警戒しながら進む。
だがかなり奥まで進んできたにも関わらず、賊や魔物が隠れている気配は感じない。
ここにいた賊はさっきの連中で全員だったのか、それとも息を殺して奇襲の機会を伺っているのか…。
アルはしばし立ち止まって考えると、
「…。やるか」
その場で片膝立ちになると冷たい床に右手をつき、探知の魔法を放った。
これは周囲に魔力の波を放ち、自身を中心に周囲の魔力反応を探知する中級魔法だ。
便利な魔法ではあるが、探知対象にはほぼ確実に気づかれることになる上、相手が高位の魔導士だった場合にはこちらの正確な位置を逆探知される恐れもある。
奇襲を仕掛けたい場合などには不向きだが、逆に奇襲を防ぎたい場合や、残敵掃討時などには有効な手段だ。
かくして、放たれた魔力はアルを中心に波紋のように広がり、辺りを探っていく。
片膝で立ち右手を床についた姿勢のまま、しばらく目を閉じて沈黙していたアルだったが、
……検知無し。
自身と先程の賊たちの他に主だった反応はなく、彼は立ち上がると再び先へと進み始める。
「…む」
やがて、しばらく後。
そんな彼の前に現れたのは、巨大な壁であった。
高さはアルの身長の数倍はあろうか。
触れた感じ、材質は何らかの金属製。目の前に聳え立つ岩壁に埋め込まれるようにして立っている。
軽く拳で叩いてみると…何となくだが、壁の向こう側には空間があることが分かる。
よく見れば壁の中心には隙間があり、押したり左右に引いたりすれば動きそうにも見えた。
……こいつは、扉か?
試しに押したり、隙間に指を入れて開こうとしたりしてみるが、錆びついている上に壁自体が凄まじく分厚く重い為かビクともしない。
これ以上は奥に進む道も無いようだし、ここで探索を終えても良いようにも思えるが、この壁の向こうに一億Gのお宝が眠っている可能性を考えればそうもいくまい。
……これぐらいなら、いけるな。
アルは何度か扉を手で押した後、魔導銃を負い紐で背負うと胸に手を当てて目を閉じ、沈黙する。神経を集中し、微細な血管一本一本まで意識して体中に魔力を巡らせる。
そしてやがてカッと目を開けると壁の間の隙間へと指を差し込み、
「ふ、ぐ…うおぉ…!」
全力で左右に引き始めた。
アルの体躯は冒険者としては小さいほうで、膂力もそこまであるわけではない。ゆえに当然、本来ならばそれで壁がどうにかなるはずもない。
だが目の前にある巨大な金属の壁は、ずっ、ずっ、と音を立てて左右に開き始めていた。
身体強化―…戦士職の人間がよく使う初級の魔法の効果である。
強化の度合いは使用者の魔力操作能力や使用できる魔力量によってピンキリだが、筋力、反応速度、持久力などを飛躍的に高めることが可能だ。
「ぐ、お…お!」
だがそれでも、金属の壁は中々動かない。
時間にして数十秒をかけて、アルはどうにかして人一人分が通れる程度に壁…いや、壁と思われていた扉を開けることができた。
「…よし」
しばしその場で荒れた息を整え、軽く顔を出して扉の奥を覗いてみる。
今いる場所は部分的に崩れた天井や窓から陽光がさしていることもあり明るいが、扉の中は薄暗く、見通しがきかない。
人一人分程度とはいえ扉を開けたことで中に光が差し込み、ある程度の明るさは確保されているが…何の光源もなしに探索するのは厳しいかも知れない。
……灯火が要るか。
薄暗がりの中に敵がいた場合、灯りは格好の的になってしまうが…あまりに暗ければ探索のしようがない。
光源を確保するため灯火の魔法の使用を考えつつ、扉の中へと踏み入る。
周囲の気配に気を配り、魔導銃を構えたまま前進。
一歩、二歩、三歩と進んだ…その時である。
ぱちん、と何かが弾けるような音とともに、唐突に周囲が明るくなった。
「!!」
……しまった、罠か!
相手は賊か、魔物か。
敵の攻撃を回避ないしは防御すべく身構える。
だが、彼を待ち受けていたものは、敵の矢玉や刺突斬撃よりも遥かに驚くべきものだった。
「!?」
そこは、広くのっぺりとした部屋であった。
妙に無機質な素材でできた壁と床。奥には用途不明のゲートのような遺物が数台鎮座している。そして周囲を照らす灯りは、天井から降り注いでいた。
……天井にも壁にも、陽の光を通すような空間はない。灯火魔法の類か?
降り注ぐ光の色は白く、どことなく冷たい雰囲気を持つ。灯火魔法が放つ光の多くがオレンジ色であり、どこか温かみがあることを考えると、正反対の存在のようにも思える。
……いや、それよりも…古代遺跡に足を踏み入れてこんな反応があったことは初めてだ。この遺跡は、まだ生きているのか!
よく見れば、周囲の壁も床も、転がっている遺物も、他の遺跡のものに比べてかなり状態が良い。
滅多にないことではあるが、この遺跡は千年以上の時を経てなお一部の設備がまだ生きていて、動いている可能性が高い。
だとすれば、一億Gのお宝発見も夢ではないかも知れない…!
期待と希望に胸が高まる。
……色々と探索してみるか。
手始めにと、アルは部屋の片隅に擱座している古代兵器《オルト=マシーナ》に目を止める。
どこの遺跡でもよく見かける、この場所の外にもあった六つ脚の古代兵器の残骸。虫のような六本の脚に角ばった胴、そこから生える長く立派な角と、その下にある丸い1つ目が特徴的だ。
だがここにあるそれは、やはり他で見てきたものよりかなり状態がよさそうである。
あちこち錆びついており、力なく項垂れ沈黙する姿は哀れではあるが…表面の塗装がまだ残っていて、くすんだ青に塗られた体に古代文字で何かが書いてある様子も見て取れる。
ぴくりとも動かないところを見るに死んでいるようではあるが、探れば何か良質で珍しい部品が回収できるかもしれない。
最低限の警戒はしながらも、アルはいつになく浮ついた気分で古代兵器に近づいた。
そして。
―ヴィィイ!ヴィィイ!ヴィィイ!
「!?」
先程の白い光が灯った時と同じく、それは唐突であった。
古代兵器の残骸へと一歩踏み出した瞬間、遺跡内のどこからかけたたましく耳障りな音が鳴り響き、声が降り注ぐ。
『アラート!アラート!施設内Aブロックにリヴァイアサン級魔導生物の侵入を検知!該当エリアの非戦闘員は退避してください!ジュネーブ本部に緊急連絡、対応指示を請います!』
若い女性の声、おそらくは古代語。
……古代人の生き残りか!?
一瞬、あり得ない想像が頭をかすめ、アルはすぐさまそれを脳内で否定する。
古代文明の滅亡は千年以上前とされる。生きている古代人がいるなどあり得ない。
それに先程、自身で探知魔法を放った際、このあたりに魔力反応はなかった。周囲に自分と賊以外の人間はいないはずなのだ。
だがそんなアルを更に混乱させるがごとく、どこからか声は響き続ける。
『ジュネーブ本部からの返答…なし。これより自律迎撃シーケンスを実行します』
アルも遺跡探索を行う専門家である以上、古代語もある程度は学んでいる。
だがそれは基本的な”読み”がちょっとできるという程度の話で、”聴く”能力はゼロである。
というより、この世界の誰もが古代語の正確な発音など知らないし、聴いたこともない。生きて話している古代人に会ったことがある者など誰もいないのだから、当然だ。
故にアルには、今この場で降り注ぐ声の主が何を言っているのか全く理解できず、見当もつかなかった。
周囲を見回しても、気配を探っても居場所は掴めない。ただ何かを急いで周囲に伝えようとしていて、その結果何事かが起ころうとしていることだけは分かる。
……何が起ころうとしている?
嫌な予感が背筋を走り、冷たい汗がじっとりと体を濡らす。
経験則上、こういう時は大抵ろくな目に合わない。
『AT-MBT、再起動。全ユニット、オール・ウェポンズ・フリー。繰り返します、オール・ウェポンズ・フリー。該当エリアの非戦闘員は退避してください』
次の瞬間、アルは自身の予感の的中を確信することとなる。